二人でスケートを
いよいよ、本番の当日となった。
関係者の一人として、私はリンクの舞台裏の方へと入った。モニターで見ると、客席は満員で、立ち見まで出ているような状態だった。
エキジビションということで、競技会の時のような、ピリピリした雰囲気はない。エステルも、緊張はしているようだったが、かつてのように、近づく気も起きないほどに、神経をとがらせてはいなかった。
出演者は、日程調整の都合か、欧州からの参加者が多かったが、アメリカや、日本からの参加者もいた。
ショーが始まった。
優美な演技、力強い演技、あるいは、コミカルな演技と、皆、それぞれの色を出して、のびやかに踊る。
私たちは、拍手を送り、時に声を立てて笑った。
そして、最後の演技がやってくる。
アリとエステルの、ペアの演技だ。
客席が、期待に満ちた沈黙に包まれる。
舞台裏の私たちも、固唾をのんで、見守った。
曲が始まった。
離れたところで、ばらばらに踊り始める二人。けれども、その距離は徐々に狭まっていく。
同時に踏み切って、ダブルアクセル。
まだまだ、これからだ。
ステップ。手を取り合って。
息を合わせて、今度は、三回転、三回転、二回転の、コンビネーションのペアジャンプ。
ペアスピン。
わずかでもタイミングがずれれば、大怪我は免れないような近距離で、二人は、完全にぴったりと息を合わせて回る。
通常のペアとは違い、確保できた練習時間量の都合から、リフトなどの、ペア特有の技は見られない。
だから正確には、ペアの演技と言うよりは、シングル同士の、コンビの演技と呼んだ方が、適切だったろう。
手を繋ぎ、リンクの長径の、ほぼ端から端までを、互いに見つめ合いながら滑っていく。
端が近づいたところで、二人は左右に分かれた。
そして、加速する。
踏み切って、ジャンプ。
客席から、どよめくように歓声がわいた。
四回転の、ペアジャンプ。
おそらく世界で、この二人にしかできない技だ。
くるくると、円を描くように、二人は再び近づく。
そして、手を繋ぎ合って、ワルツを踊るように回る。
曲が止み、二人の動きが止まり、演技が終了した。
その一瞬、時間までもが止まったように思ったのは、きっと、私だけではないはずだ。
我に返ったように、拍手が湧いた。
客席から降り注ぐ、歓声と祝福の雨に応える二人の、その時の笑顔は、二人の人生の中で、最高に輝いていたに違いないと、私は確信している。
参加者全員が、リンクに集結して、フィナーレだ。
みんなが一人ずつ、ジャンプやスピンなどの得意技を披露しながら、リンクの上に並んでいく。
最後に登場したアリとエステルは、今度は、トリプルアクセルのペアジャンプを披露した。
大盛況のうちに、ショーは幕を閉じた。
この日集まった、多額の募金や寄付金は、すべて、世界の恵まれない子どもたちのために用いられることを、ラウルが発表し、そして完全にお開きとなった。
終了後、参加者たちが宿泊するホテルにほど近い、私も何度か通ったことのあるレストランを借り切って、慰労の打ち上げパーティーが行われた。
パーティーの開始にあたって、アリがスピーチをした。手厚い礼を述べた後、皆でグラスを掲げた。
「世界の平和のために! そして、子どもたちの笑顔のために!」
アリの言葉を、皆が唱和した。
和やかに、穏やかに、時が流れていった。
私も、何人かの選手や、その関係者と、楽しい歓談の時を持った。
ふと気づくと、アリとエステルが、二人で窓辺に立っているのが、見えた。二人は、何事かを話し合っている様子だった。
私の視線に気づいたか、アリがこちらを向いた。
私は、二人の方へ近寄っていった。
「何を話していたんだい?」
私の問いに、アリは、微笑しながらも、真剣な眼差しで、言った。
「エステルとね、一緒に、ノルウェーへ行こう、と話していたんです」
ノルウェーとは、また唐突なと、私は首を傾げた。
その様子に、ほら、と、エステルは、もどかしげに手を振りながら、付け加えるように言った。
「オスロに、二人で行こう、って」
その言葉で、私はようやく、合点した。
ノルウェーの首都オスロは、イスラエルとパレスチナの和平案について、初めて、正式な合意が達成された場所だ。そしてオスロは、ノーベル平和賞が授与される場所としても、知られている。
古いオスロ合意は、結局、イスラエルとパレスチナの、相互不信の中で崩壊した。
二人は、その場所にあえて二人で向かうことで、新しい「オスロ合意」を、世界にアピールしようと、そう考えたのだった。




