エステルSP 「罪と向かい合う道」
エステルは、ショートプログラム、フリースケーティングとも、西岸地区の音楽院に頼んで作曲してもらった曲を用いる。
人に知られていない曲で踊ることは、ストーリーにその分、自力で説明を加えなければならないハンデを負うわけだが、彼女は表現力でも定評がある。
曲開始時の打楽器の連打は、戦争のショックだ。
シオンへ。シオンの丘へ。二千年憧れた大地へ。
戻ろう。帰ろう。
二度と殺されないために、自分たちの国を。
トリプルアクセル。
着氷から、エッジを切り替えて、スピン。
即座に、三回転、三回転、二回転の、コンビネーションジャンプ。
鬼気迫る、殺気を帯びたと形容しても良いほどだったエステルの表情が、ふと、何かに気づいたように困惑に塗りつぶされる。
殺されないために国を作ろうと言ったのに、だから殺されないために、殺すしかないと、言うの?
それでは、自分たちも同じ、虐殺者だ。
ステップから、スピンへ。
自分の罪に気づく困惑。そして、それを受け入れていく苦痛。けれども、覚悟を抱きしめて。
三回転ジャンプ。
向き合おう。自分の抱える傷の痛みに、ただ悲鳴を上げ続けるだけではなく。自分が他者に与えた痛みに対して、誠実に、向き合おう。
スパイラル・シークエンスから、上下に激しい動きを加えた、ステップ。
エステルの表情の変化は、平坦とは言えない道のりを示すかのように揺れ動く。
コンビネーションスピン。様々にポジションを変え、最後は伸び上がるようなビールマン・スピン。
この道を歩くことは苦しい。自分の罪と向かい合う道だから。
けれども、向き合わないで生きることの方が、きっと、もっと、罪深いはず。
三回転、二回転のジャンプ。
だから、歩き続けなければ、いけない。
ラストは得意の高速スピンだ。そして、決意を秘めた目とともに、フィニッシュポーズを取る。
ミスなし。
続いて滑ったアメリカの選手が、今までのエステルと比べると、かなり近い点差で二位に付けてきたが、エステルも、ショートプログラムを一位で通過した。
彼女も、アリと同様に、一瞬の微笑みの後に、すぐに表情を引き締めた。
誰が近づいてこようと、引き離さなければ。
目標は、金メダル。
それはアリと一緒に、取らなければならない。
そして、フリーの演技の日がやってくる。
同じ作曲者たちが、一つのテーマの中で、二人のために作った、対の曲。
それを背景に、二人は滑るのだ。
パレスチナと、イスラエルと。
二つの国の、二つの民族の、すべての子どもたちが、悲しみの涙を流すことなく成長できることを願って。
きっとそのために、二人は才能を与えられ、そして出会ったのだと、私は今でも思っている。




