オリンピック開幕
ついに、オリンピックが開幕した。
アリはスウェーデン代表として、エステルはイスラエル代表として、大会に参加した。
平和の祭典に、和平推進の歓迎を強調したかった、という、当局の思惑もあったのだろうが、エステルは、イスラエル代表選手団の、旗手を務めていた。
小柄な彼女の体が、大きな国旗を握りしめ、支える姿に、私は、和平と平和を望むと同時に、彼女が祖国を強く愛していることを感じた。
開会のセレモニーを終えた後、選手たちは選手村に入る。私も、アリの関係者として、舞台裏に入ることができたので、その当時のことは、一般の人よりは詳しく知っているのではないか、と思う。
以前の狙撃事件や、もっと古くなるが、ミュンヘン五輪の時のような前例もあるため、エステルを中心とするイスラエル代表選手団の警護は、特に厳重だった。
時々は子どもっぽい振る舞いを見せていたエステルも、この大会の重さを理解しているのか、非常に慎重に行動していた。
スキーやスノーボード、リュージュなどの冬季種目で、熱い戦いが繰り広げられる。スケートも、フィギュアより一足先に、スピードスケートの試合が始まった。
さすがに冬季五輪は、北国が強い。人口が少なく、普段は目立つことの少ない北欧諸国も、冬季五輪では大いに活躍する。
もちろん、選手の質と量で圧倒する、ロシアとアメリカの活躍も見逃せない。他、中国や日本などのアジア勢も、健闘している。
好成績は残せないまでも、雪のほとんど、あるいは全く降らない国から参加している選手たちには、心からのエールを送った。
そうして私が日を過ごすうちにも、アリたちは調整を続け、そしていよいよ、フィギュアスケートの試合、本番の日が迫ってきた。
アイスダンス、ペア、男子シングル、女子シングルと、競技は進行する。
アイスダンスは、ロシア組とフランス組が、僅差で競り合う展開となった。ペアは、中国組がショートプログラムを一位で通過したが、アメリカ組とロシア組とが、逆転を十分狙える位置につけた。
そして、男子シングルの、ショートプログラム。
アリがおおっぴらに見せたテーマは、「種を蒔く人」という話だった。
毎日、毎日、荒野に、百個のどんぐりの実を植え続ける男がいた。旅人はそれを見て、果たしてその行為に意味があるのだろうか、と感じる。しかし、数年後に同じ地を訪れた旅人は、荒涼とした灰色の広がる大地の中に、育ちつつある緑の森を見出す。
旅人は、観客。そして、世界。
アリは荒野に、種を植え続ける男だ。
難しい演技だが、やりきってくれると、私は、いや、私たちは信じていた。
アリは、メダルのためだけに滑るのではない。
メダルの向こう側に、達成すべき夢を見て滑るのだ。
曲が、始まった。まずは、重苦しい風の音。
ショートプログラムは、フリースケーティングと違い、規定がとても多い。しかし、課題を一つ一つクリアしていかねばならないという、ショートの有り様は、一つ一つ、問題に立ち向かって、森を育てていく男の姿に、重ね合わせられる。
荒涼と荒れた灰色の大地。最初は、やがて種を蒔く男の心も、その大地のように荒れ果てていた。
きつく氷を削るように、四回転、四回転、二回転。
下手だからではなく、演出でそうしているのだと分かる、わざと荒っぽいスピンが続く。指の形は粗野さを演出しているが、軸は安定し、ポジションも正確だ。
荒れた大地に暮らす男は、一輪の花が咲いているのを見つけた。そして彼の中に、変化が訪れる。
何かを、しよう。したい、と。
三回転、三回転。
続くのはステップ。注意深く切り替えられるエッジとは裏腹に、悩む男の姿が浮かび上がる。
そして、彼は、種を蒔くことを始めた。
正確に、しかし、誇るではなく訥々と、まるで黙々と種を蒔き続ける男のように、アリは規定に従って、スピンを、ジャンプをこなす。
やがて、埋められた種は芽を出し、木となり、森へと育っていく。
芽を見つけたときの感動。それが育っていく喜び。森の緑が、荒涼たる灰色の大地に輝く、その感動。
愛しさを胸一杯に抱いて、男は森を愛し、しかしてそれで休むではなく、さらに種を蒔き続けていく。
四回転ジャンプ。
ショートプログラムとは言え、最終盤の大ジャンプはきついだろうに、そんな苦しさは欠片も見せず、アリは穏やかに微笑んで、演技を終了した。
客席の歓声に応え、緊張にこわばった面もちで、キス・アンド・クライに入る。出迎えたラウルが、大丈夫だ、と安心させるように、アリの肩を抱いた。
得点が発表される。
先に滑っていたロシアの選手が、相当な高得点を記録していたが、アリはそれを上回った。
アリは、わずかに微笑んで、それから、これはまだ、第一歩だとばかりに、また表情を引き締めた。
次は、エステルの、女子シングルだ。




