エステルの記者会見
アリのスピーチは、世界に大反響を巻き起こした。
賛美する者もあれば、非難する者もあった。
アリは、それからしばらく、沈黙を決め込んだ。
これは、エステルからの返事を待っているのだと、私は理解した。
数日経って、アナスタシアの意識が戻ったというニュースを、私は聞いた。私は心底ほっとした。
アナスタシアの意識が戻った、その翌日、エステルは、イスラエル国内で記者会見を開いた。
《本題に入る前に、少し、昔の話をします。
その日は、私の五歳の誕生日でした。父と母は、私を連れて街に出かけました。誕生日のお祝いのために。
その帰りの街の中、乗ったバスが、爆発しました。
私は火傷を負いましたが、命は取り留めました。母が私を抱きしめて、その体でかばってくれたのです。
爆発の理由は、パレスチナの過激派による自爆です。
親を失った私は、親戚に引き取られ、パレスチナ人への憎しみを抱いて、ずっと育ってきました。
ユダヤ人は二千年、この大地に国をよみがえらせることを夢見てきました。一九四八年、その夢は叶いました。それはパレスチナ人の血の上に咲いたものでしたが、幼い私は、それを当然だと思っていました。
その頃の私は、この大地は当然にユダヤ人のもので、そこに何年住んでいようと、パレスチナ人は単なる不法占拠者であると信じていたのです。
そして、二千年前、ローマに攻められたユダヤ人が、マサダ要塞で玉砕した時に、世界はユダヤ人たちのために悲しまなかった。それなのに、今、ユダヤ人のものであるべき土地を不法に占拠していたパレスチナ人たちが、故郷を追われたといって世界に同情されるのは、何という不公平だろうとすら、思っていたのです。
私は、間違っていました。
その間違いに気づかせてくれたのは、アリです。
先日の会見で、彼は私に好意的な発言をしてくれました。でも、私は私の恥をさらします。
去年のプログラム、私は、私の両親を奪われた悲しみを元に組みました。そして踊りました。それは事実です。けれども、私はそれが、国家のイメージ戦略に利用されるだろうことも、きちんと理解していました。理解していて、わざとやったのです。
あれは、私の、世界に対する復讐でした。どこまでも、ユダヤ人の居場所を奪っていこうとする世界への、私なりの復讐のつもりでした。
でも、私はアリに出会い、私の間違いを知りました。
私は両親を奪われました。私は苦しみました。悲しみました。怒りました。それは紛れもない事実です。
でも、苦しんでいるのは、私だけではない。悲しんでいるのも、憤っているのも、私だけではないのです。
私が望んでユダヤ人に生まれたわけではないように、パレスチナ人の誰一人として、パレスチナ人に生まれたくて生まれたわけではない。私はユダヤ人に生まれましたが、それは私の手柄などではないのです。
人は、生まれを選べない。そんな、人の力ではどうにもできないことを理由に、パレスチナ人を差別していた私は、自分の罪深さを知りました。
そうして、それを教えてくれたアリに興味を持ち、やがて、交流するようになりました。
アリとの話の中で、私は色々のことを学びました。
そして、私たちの力ではどうしようもない過去のことではなく、私たちの力でどうにかできるだろう未来のために、何をするべきかを考えるようになりました。
私たちは、何度も意見を衝突させました。
そもそも、イスラエルが建国されなければ、パレスチナ難民は生まれなかったでしょう。けれども、今、イスラエルをなくしたら、ここにいるユダヤ人はどうなるのでしょうか? 全員、地中海で溺れ死ねとでも言うのでしょうか? 望んでそう生まれたわけではない、子どもたちまでもが?
共存のために、私たちができることは、何なのでしょうか?
アリと私は、まず、お互いを認め合うところから始めました。最初は、互いをつないでいたスケートから。そして、やがて、政治的な問題についても、意見を交わすようになりました。感情的にではなく、お互いに敬意をもって。
どんな環境に生まれるかは、自分の意志では選べません。でも、どんな環境を、自分の子孫のために用意できるかは、自分の力で、どうにかできないわけではないと、私たちは、そう信じます。
アリは言いました。私たちは、リンクの上で語るためのスケーターだと。きっとそうなのだと思います。
彼はパレスチナとスウェーデンを背負って滑り、私はユダヤとイスラエルを背負って滑りましょう。
私はイスラエルを愛しています。私を愛してくれた父と母を愛するように、私を育んだ、ユダヤの文化を愛しています。
そして、愛しているが故に、その罪から目を背けるのではなく、むしろその罪を背負って生きていこうと、そう思っています。
私はユダヤ人に生まれたことを誇りに思っています。けれども、生まれを誇りに思うことは素晴らしいことですが、それと他者を差別することとは違います。
真の誇りとは、そのすべてを丸ごと受け入れてこそ、あり得るものだと私は思っています。
都合の悪いことから目をそらし、耳に聞き良いことばかりで埋められた世界からは、何の真実も、理解も、得られることはないのです。そして、そこから平和が生まれてくることも、また、ありません。
アリがアリの運命を背負って生きるように、私は私の運命を背負って生きましょう。理不尽に背負わされたすべてを、私は愛して、生きていきましょう。
悲しみからは、何も生まれない。憎しみからは、何も生まれない。怒りからは、何も生まれない。
世界は、愛から生まれるべきです。それは過去を忘れるものではなく、受け入れるものでなければ、なりません。過去を克服せずに、未来は築けません。
一人が変わるだけでは、何も変わらないかも知れない。けれども、一人が変わらなければ、何も始まらないのだと、そう信じて、私たちは生きます。
私の誠実な友人にして、良き理解者であり、導き手でもある、アリ・スヴェンソンに。そして、彼を構成するすべての世界に、心からの愛と敬意を表します。》




