アリの記者会見
エステル・コーヘンという華を欠いて、そして、事情を知る私には、奇跡のように素晴らしいものになるはずだったプログラムを欠いて、エキジビションが終わった。
終了後、アリは報道陣の前に立った。
真っ直ぐに、カメラの向こうを見つめて、その向こうに語りかけるように、彼は口を開いた。
《昨日、痛ましい事件が起きました。彼女の、エステル・コーヘンの姿が、ここにないことを、僕は悲しみます。僕たちは友人であり、今日のエキジビションを、ともに滑ろうと計画していたのです。それを奪われたことについて、僕は憤ります。
彼女を狙撃した人々の声明に対し、僕は反論します。彼女は、シオニストのプロパガンダではありません。たしかに彼女は、民族主義的ととられても仕方のないプログラムを組みました。でも、彼女にとっての昨季のプログラムは、殺された両親への弔い、その運命に生まれたことの悲しみを訴えるものだったのです。
エステルはエステルです。ただ彼女は、ユダヤ人でもある。ただそれだけのことです。子が親の死を悲しむことに、罪がありますか?
ただ、もちろんそこには、政治的な問題が絡んでいます。彼女に配慮が足りなかったと言えば、たしかにそうでしょう。実際、あの時、僕はあのプログラムを不愉快に思いました。
けれども、と、僕は思うのです。
僕はヨルダンに生まれた、パレスチナ難民の子どもです。そして、スウェーデンに来ました。祖国を奪われ、両親も亡くしましたが、新しい両親と、そして、もう一つの祖国を得ることができました。
でも、僕がパレスチナ人として生まれたこと、スウェーデンに来たことは、僕が僕の意志で行ったことではなく、それとは関係のないところで起きたことです。
それと同じように、彼女はイスラエルのユダヤ人ですが、それは彼女が自分の意志で、そう生まれたわけではありません。
僕の父祖は、ユダヤ人に土地を奪われ、僕の父は、イスラエル軍に命を奪われました。そのことに対して、僕の中に憤りがないといえば、それは嘘です。
しかしエステルも、パレスチナ人によって、眼前で両親を殺されているのです。それは五歳の誕生日のことでした。それから十年以上、彼女は、誕生日のたびに、両親の死の日を、同時に迎えているのです。
五歳だったエステルが、何の罪を犯していたというのでしょう? ユダヤ人であることが、イスラエルに住むことが罪だったというのでしょうか?
僕が彼女に同情することで、今現在、イスラエルがパレスチナ人たちに行っていることに対して、僕が憤っていないと思う人がいれば、それは間違いです。
けれども、僕は、イスラエルが行う暴力を憎むのであって、イスラエルとユダヤ人を憎むわけではありません。僕が憎むのは、すべての暴力です。
平和な北欧で育った僕に、何が解るのかという人もあるでしょう。僕の想像を絶する苦しみを味わっている人も、きっととても大いに違いない。でも、僕は僕自身のルーツを、パレスチナに感じていますし、一度も足を踏み入れたことがなくても、パレスチナは僕の祖国なのです。僕はパレスチナを愛しています。
生まれることは、理不尽なことです。決して自らの意志で選び取ることができないのに、一生の枷となるからです。一生、背負い続けなければなりません。
僕と彼女は、互いに互いの父祖が重ねてきた、さまざまのものの中に生み落とされました。僕たちの意志とは関係なく。
けれども、僕たちは、僕たちの背負わされた運命を、すべて受け入れて生きると決めたのです。
生まれは選べません。過去は変えられません。
けれども、どう生きるかは、まったく選べないわけではありません。そして、どんな未来を描き出すかは、僕たちにかかっているのです。
僕は僕の運命の中で、彼女は彼女の運命の中で生きます。僕はパレスチナを背負ってスウェーデンに生き、彼女はユダヤを背負ってイスラエルに生きる。何故ならそれらはすべて、僕たちそれぞれの一部で、そして僕たちは、それらを愛しているからです。
僕たちはスケーターです。でも、僕たちは、技術で観客を魅了するだけのスケーターには、きっと、なってはいけないのです。
僕たちは、きっと、リンクの上で物語を語るために、機会と才能とを与えられたのだと思うのです。僕たちの物語、僕たちと彼女たちの物語を語るために。
そして僕たちは、僕たち自身を構成する世界すべてを背負って、向き合うために出会ったのです。
互いに向き合い、互いの傷を見つめ合い、そうして僕たちは、互いに敬意を抱くに到った。変えられない過去の故に憎むのではなく、築き得る未来のために、互いを理解し合おうと、そう誓ったのです。
対話の歩みは遅い。目に見えないほどに遅い。でも暴力に訴えることは、目に見える禍根を残す。感情を持っていることは、人間の素晴らしさです。けれども、それをこんな方向に使っても、悪循環を繰り返すだけです。その環を断ち切るためには、対話しかない。
悲しみではなく喜びを、分かち合えるようになるために、僕たちは向かい合うのです。
殺される者の悲しみと、殺す者との罪とを背負う、僕たち自身のそれぞれのルーツを、それでもなお愛しながら、僕は生き、そして滑るでしょう。
そして、エステル・コーヘンも。》




