「ヴェニスの商人」
ほとんど最悪だったらしい、アリのエステルに対する第一印象は、この手紙でずいぶん改善されたらしい。
文面は、十五歳の少女にしては、やや幼い印象を感じさせた。通常、女子は男子よりも、早く大人びるものだと思っていたのだが、手紙の中のエステルは、演技の時の異様な落ち着きようが嘘のように、おどおどと落ち着きがなく、遠慮がちで、臆病という言葉すら連想させるほどだった。
私はふと、この手紙を仲介した知人の言っていた言葉を思い出していた。
曰く、イスラエル生まれの人間のことを、「サブラ」と呼ぶのだという。それは、すなわち「サボテン」という意味だ。つまり、イスラエル生まれの人間は、サボテンのように近づきがたいが、一度心を許し、棘の中に入ることができると、その内側の果肉が甘いように、とても人懐っこくなるのだ、と。
どうやらエステルは、ずいぶん能動的なサボテン娘であるらしい。
手紙の内容は、手紙を出そうと思った経緯の説明、それから、来るシーズンで自分が滑ろうと計画しているプログラムについての説明だった。
彼女が演じる題材を見て、アリが眉をひそめた。
「『ヴェニスの商人』……シェークスピアの?」
エステルたちの側に肩入れするように解説すれば、ユダヤ人の高利貸し、シャイロックの破滅を描く、悲劇……ではなく、喜劇だ。それで、この作品には、シェークスピアの反ユダヤ主義が出ていると言う人もいる。
私は個人的には、偏見から免れてはいなくとも、単純にユダヤ人を憎悪するだけの内容ではない、と思う。シェークスピアが反ユダヤ主義だというなら、ジュール・ヴェルヌは、反ユダヤ主義どころでは済まないだろう。
しかし、それにしても「ヴェニスの商人」が、エステルたちユダヤ教徒にとって、笑うに笑えない重たい作品であることには違いない。
「まさか、ポーシアを演じることはないだろうね?」
借金に関する証文の文書の解釈で、シャイロックに引導を渡す、キリスト教徒の女である。
アリは案の定、首を左右に振った。
「シャイロックの娘、だそうです」
私は一瞬、考え込んだ。
そんな人物、出ていただろうか?
「原作にはほとんど登場しないようですが、一応、いるにはいる人物のようです」
それから、その続きを、アリは読み上げてくれた。
その内容を要約すると、次のようになる。
生まれは選べない。親も選べない。けれども、その選べないもののために、人生は制限される。シャイロックの娘は、キリスト教徒の男に恋をした。けれども、想いは叶わない。望んだわけではなくとも、彼女はユダヤ人だから。自分の人生を制限する、親が疎ましい。憎い。けれども、それでも、捨てられない。どれほど見捨てたいと思っても、シャイロックは彼女の父で、彼女が生まれてきたのは、彼が生きていたから、だから。憎くて、愛しくて、だから、悲しい。そんな姿を演じたい。
そう、エステルは手紙で述べていた。
難しい役だ、と、私は思った。
台詞のある劇ですら、難しい役だ。それを、台詞もなく、しかも時間も表現方法も制限された中で演じるというのだ。
しかし、それをわざわざ伝えてくるということは、演じきれる自信があるのだろう。
「とんでもない挑戦状を叩きつけられたな」
思わずそう呟くと、アリは重い表情で頷いた。
「嫌なヤツだ」
言葉の響きの割には、憎悪の感じられない声で、アリはぼそりと呟いた。
「僕はパレスチナに入ろうとしているのに、彼女はユダヤから抜け出そうとしてるんだ」
「抜け出しきれてはいないだろう」
そう私が言えば、もちろん、とアリは間髪入れずに言った。
「もちろん、抜け出すつもりなんて、ないと思う。ただ彼女は、どうして抜け出せないのだろうかと、そんな残酷なことを、無邪気に問うてるんだ」
そう言って、彼はうめいた。
「スウェーデン人になりきれない僕が、アラブを、パレスチナを捨てたら、いったい何が残るんだ?」
私は、逆に訊ねてみた。
「じゃあ、彼女がユダヤ人であることを捨てたら、何が残ると、君は思うね?」
アリは黙って、何も答えなかった。
しばらくの沈黙の後、彼はようやく口を開いた。
「この手紙、もらっていって、いいですか?」
もちろん、と私は答えた。




