手紙
絞り出すような声で、アリは唸った。
「どうして、素直に憎ませてくれないんだ。彼女はユダヤ人、イスラエルのユダヤ人。僕の父さんを殺した。僕たちから土地を奪い、祖国を奪った。そのくせ、リンクの上では、ずっと被害者の演技をする。だから腹が立った。どうしても勝ちたいと思った。彼女に勝たなければ、また一つ、パレスチナはイスラエルに負けると、そう思ってさえいたのに。どうして、僕の同胞たちも!」
頭を抱えて、悲鳴を上げるように、彼は言った。
「どうして、彼女は加害者なのに、被害者なんだ」
わからない、と言うように、彼は首を振った。
「彼女がリンクの上で、僕を傷つける。それは、僕の同胞たちが、彼女から両親を奪ったから。でも彼らはきっと、彼女の両親やその同胞たちに、やっぱり家族を奪われたんだ。それなのに……」
悪いのは、ユダヤ人たちを迫害したヨーロッパ? それとも、溶けこもうとしなかったユダヤ人? でも、溶けこもうとしたユダヤ人たちもいた。彼らを受け入れなかったのはヨーロッパ。
戦犯を捜し出そうとしても、永遠に闇の中。
誰が悪いのか分からないまま、被害者が加害者になり、加害者を被害者にして、報復の連鎖を繰り返している。そして、相互不信は日に日に積み重なって、それが何年も何十年も積み重なって、重い、あまりにも重い悲劇を、今日に伝えている。
その悲劇の連鎖の中にいるのは、アリも、エステルも、同じなのだ。
テーブルに肘をつき、両手で頭を抱え込んだアリに、私は改めて訊ねてみた。
「『ロレンス』で、ロレンスを演じられるかい?」
そう問うと、アリは、燃えるような決意を秘めた目で、ほとんど睨むように私を見つめた。
「演れます。僕は『ロレンス』にしかなれないから」
たとえアラブの血を引いていても、あの大地から遠く離れて育つことになったアリは、やはり、その内側へ入りきれない葛藤を抱く、「ロレンス」なのだ。
このスクラップファイル、借りていって良いですか、と、アリは言ってきた。私は承諾した。ありがとう、と礼を述べて、彼は帰っていった。
数日後、アリはファイルと、例の、私のイスラエルにいる知人への手紙とを持って、私の家にやって来た。
「ありがとうございました。これ、お願いします」
そう言って差し出された手紙を受け取って、私は一瞬、目を通そうかどうしようか、逡巡した。
その逡巡を見抜いて、アリは、読んでも構いませんよ、と言った。
しかし、私は結局、横に首を振った。
ラウルは言っていたではないか。
訊かなくったって、答えは演技で見せてくれるだろう? それこそが、私たちの息子だ。イスマーイールとヤスミーンと、レーナと私の息子、アリなんだと、私は思っている。
だから、私はアリの演技を見つめ続ければいい。
彼は、リンクで答えを見せてくれる男だ。
二週間ほどして、切り抜きだらけの、いつも通りの手紙が、イスラエルから届けられてきた。だが、その中に、いつもとは違うものが、二つ見つかった。
一つは、知人の手紙だ。いつもよりも、文面が長い。
もう一つは、まさに見覚えのない、淡いピンク色の封筒だった。宛名には、アリ・スヴェンソンの名前がある。その少女趣味なデザインに、もしや、という予感が襲ってくる。激しくうち鳴らされる鼓動に震える手で、私は、そっとその封筒を裏返した。
Ester Kohen
まず、知人からの手紙に目を通す。何のことはない。私と向こうとは、どうやら、ほとんど同様の経緯で、エステルもしくはアリに興味を持ち、そうして調べていたのだ。ただ、向こうが先にばれたらしい。
私は、再び受話器を手にとって、アリに電話をした。
「アリ……君に、エステルから、手紙が来ている」
そう言うと、一も二もない即答で、彼は言った。
「すぐに、そっちに行きます」
数分も経たないうちに、肩で息をしたアリが、私の家の玄関先に現れる。
それから私たちは、どきどきしながら、ピンク色の封筒の端に、ハサミを入れた。




