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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十五章《崩壊の継承》

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第99話《神の問い》

祈りの塔、一階層広間。


ヨウルの前脚から血が滴り、呼吸は荒い。

それでもなお、ラグスを睨み据え、低く唸り続けていた。


「ヨウル、退がれ!」


マリアスの声が響く。


ヨウルは視線を外さぬまま、足を引き摺って距離を取る。


「ほう……賢い犬ですな」


ラグスは剣を振り、付着した血を払った。


オルガは負傷した太ももを押さえながら立ち上がる。

その視線は、ラグスを真っ直ぐに捉えていた。


「マリアス、ヨウルを診てやれ。……オレはラグスを殺る」


「わかった。無理はするなオルガ。危なかったらすぐに引け」


マリアスはすぐさまヨウルのもとへ駆け寄り、傷口へ祈念波をあてる。


「ヨウル……気休めにしかならないだろうが、痛みは少し和らぐはずだ」


ヨウルは低く息を吐き、マリアスの腿に頭を預けた。

その呼吸はなお荒い。


オルガはその様子を横目に見て、口を開く。


「ヨウル……悪かったな。ずっと嫌われてると思ってた」


一瞬だけ、視線を落とす。


「だが違ったみてぇだな。……お前を傷つけたあいつは、絶対に許さねぇ」


その瞬間、オルガの全身から赤黒い祈念波が噴き上がる。


呼応するように、ラグスも黒い祈念を纏った。


次の瞬間、オルガが踏み込む。


剣と剣が激突し、火花が散る。


打ち合うたび、オルガの太ももから血が滴る。

だが、その足は一歩も退かない。


むしろ――押している。


ラグスの足が、わずかに後退した。


そしてついに、オルガの刃がラグスの左肩を掠める。


「――うぉらぁッ!」


怒号とともに振り抜かれた一撃。

血が弧を描いて宙に散った。


「ほう……やりますね、オルガ」


ラグスは肩口を押さえながら、口元を歪める。


「テメェ、何笑ってやがる!」


オルガが吐き捨てる。


ラグスはわずかに目を細めた。


「先ほど、地下に爆薬を仕掛けたと言いましたね」


軽く肩をすくめる。


「あれは……手動でも起動できるのです」


地下を指すようにラグスは剣で床を突く。


「あなたの大切なエリカ様――今すぐにでも、殺せますよ。……私が」


オルガの目が細くなり、ラグスを射抜く。


「……貴様はとことん汚い野郎だ。そんな真似をしてみろ。次の瞬間――その首、飛ばす」


低く吐き捨てる。


ラグスは肩の傷を気にも留めず、薄く笑った。


「ええ、そのときはご遠慮なく。……ですが今は、エリカ様はこちらの“人質”です」


言葉に、わずかな愉悦が混じる。


「爆破など……私にそんなことをさせないようにしていただけますか?」


次の瞬間、ラグスが踏み込む。


鋭い斬撃が連続して襲いかかる。

オルガはそれを受け、捌き、退く。


攻めきれない。


一瞬でも踏み込みを誤れば、その瞬間に起爆される。


歯を食いしばる。


ラグスは、一撃で倒せる相手ではない。

だが、今はそれ以上に斬れない。


刃を振るう自由すら、奪われている。

攻めれば終わる。

だが、その一歩が踏み込めない。


「チッ……!」


押し込まれる。

その隙に、オルガは叫んだ。


「マリアス! 地下へ行け! エリカを助けろ――オレが時間を稼ぐ!」


「……だが、オルガ。お前が……」


言いかけた言葉を、剣戟が断ち切る。

オルガはラグスの刃を弾き、強引に間合いを切った。


「いいから行け! マリアス!」


荒い息のまま、怒鳴る。


「オレの嫁に何かあったら……マリアス、お前でも許さねぇ」


その一言に、覚悟が滲む。

ラグスは肩を揺らし、血に濡れた息を吐いた。


「……マリアス。アネシアとの対話に、オレは必要ない。行ってこい」


低く、しかしはっきりと続ける。


「カイとナギを連れて――使命を果たせ、マリアス。オレは……オレのやるべきことを、今している」


オルガは剣先をラグスへ向ける。


「今、この瞬間のために……オレはこの地に降りた」


その瞳が、赤く輝く。

祈念波が再び全身を覆い、空気を震わせる。


「来い、ラグス。……オレを殺してみろ」


「はい、お望み通りに」


ラグスは笑う。


「防戦一方で、どこまで耐えられるか……興味深い」


次の瞬間、刃が降り注ぐ。

激しい蓮撃が降り注ぐ。

だがオルガは、それを一つ残らず受け、弾き返す。

退かない。

その背に、守るべきものがあるからだ。


そのとき。

ヨウルが、ゆっくりと立ち上がった。

傷ついた前脚を引きずりながらも、マリアスの方へと顔を向ける。


――乗れ。


そう言うように、背を低くした。


「ヨウル……まだ傷が……」


マリアスの言葉を遮るように、ヨウルが低く唸る。

それは威嚇ではない。

決意だった。


マリアスは目を見開き、そして小さく笑う。


「……わかったよ。お前、オルガの気持ちを汲んだんだな」


ヨウルの背に跨る。

すぐさま身を翻し、出口へと駆け出す。

その直前、マリアスは一度だけ振り返る。


「オルガ……持ち堪えてくれ。すぐに戻る」


返事はない。

ただ、剣戟の音だけが響いていた。


ヨウルは塔の出口へと駆ける。

大扉を抜け、外の光が見えたその瞬間だった。


空気が変わる。


風も、音も、すべてが一度止まったかのような違和感。

祈念波をも越えて場を支配する、圧倒的な神々しさ。


マリアスは息を呑む。


そこに――エリカが立っていた。


十七年ぶりの再会。

互いに成長はしている。

だが、その差を埋めるように、エリカの存在だけが場を満たしていた。


ただ“いる”だけで、世界の均衡が揺らぐ。


「……エリカ。どうしてここに」


かすれた声だった。


「マリアス!」


カイとナギ、そしてルカが駆け寄る。


ヨウルは足を止め、低く息を吐いた。

その瞳は、エリカから逸らさない。


エリカはゆっくりと視線を向ける。


「マリアス。私が守ってきたこの国で……何をしている」


静かな声。

だが、その一言一言が重く沈む。


「そして、この塔は始祖マリーが創り上げた神聖な場所だ」


責めているわけではない。

それでも、逆らえぬ圧がそこにあった。


言葉ではない“理”が、場を支配している。


マリアスの喉がわずかに動く。


「……ルミエルの神……エリカ……」


その名を呼んだ瞬間、目の前の存在が、かつての友ではないことを思い知らされる。


エリカが一歩、また一歩とマリアスへ近づく。

その足取りに、場のざわめきが押し潰されていく。


マリアスは、自然と膝をついていた。


エリカはその前に立ち、そっと肩に手を置く。

触れられた瞬間、重く張り詰めていた圧が、すっとほどけた。


「……マリアス」


囁くような声だった。


「ノエルが死んだ。私は救わなかった。……お前が大切にしている信仰とは、何だ」


指先に、わずかな震え。


「この地の理とは、何だ。……アネシアは言った。この地は、神が理を犯して生まれた世界だと……。その贖罪は……何をもって償えるのだ……」


言葉が、細くなる。

最後の問いは、ほとんど息に近かった。

エリカの瞳から、静かに涙がこぼれる。

神と呼ばれていた存在は、いまはただ、ひとりの少女のように脆かった。

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