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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十五章《崩壊の継承》

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第98話《赦しの選択》

再び、イエルはナギに視線を送る。


「……ナギ、早く!」


叫ぶような声に、ナギの肩がびくりと震えた。


カイが静かに口を挟む。


「イエル……ナギを、これ以上怖がらせないでくれ」


膝をつき、ナギと視線を合わせる。


「ナギ、できるか?」


ナギは大粒の涙をこぼしながら、カイを見上げた。


「……わからないの。私に、この人を救えるかなんて……」


カイは一度だけ目を閉じ、そしてイエルへ視線を向ける。


「イエル。祈念波は万能じゃない。祈念は“祈り”だ」


言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。


「ノエルは……祈念種を迫害してきた張本人だ。ナギが本当にこの人を救いたいと願えるかは、別の問題だ」


その言葉に、イエルは何も言い返せなかった。


そのときだった。

ざわめきが、不意に途切れる。


誰かが振り返り、やがて次々と人の視線が一方向へ吸い寄せられていく。


石畳を打つ、静かな足音。


黒い機構の身体を持つ一人の少女が、群衆の間を歩いていた。


誰も、その進路を遮れない。

この場に現れたものが、ただの少女ではないと、誰もが肌で悟っていた。


その瞳には、神性と――わずかな怒りが宿っていた。


「十七年だ。……十七年ぶりに地上に出られたと思えば、何という様だ……ノエル」


空気が変わる。


イエルの目が見開かれた。


「……エリカ! どうしてここに……」


ナギはその姿を見て息を呑み、カイの腕にしがみつく。

ルカもわずかに後退る。


カイは目を細めた。


「違う……あの日、塔の下層で会ったエリカとは……何かが違う……」


あの時のエリカは、静かに塔を支えながらも、どこか寂しさを滲ませていた。

最下層で共に過ごし、クレープを食べ笑い合ったあの少女は、別人のようだった。


エリカは倒れたノエルの前に立つ。


イエルが縋るように声を上げる。


「エリカ! 兄さんを助けてくれ! 頼む、もう息が浅い……!」


エリカはゆっくりと膝をつき、ノエルへと視線を落とした。


そのとき、ノエルの瞼がわずかに開く。


「……エリカ。すまなかった……オレは……怖かった。この国の立場も、この国の行く末も……」


呼吸は浅く、それでも言葉を絞り出す。


「母を知らず、父上も死に……イエルも遠ざかった。お祖父様も殺され……この怒りをどこへ向ければいいのか、わからなかった……」


激しく咳き込み、血が溢れる。


「……エリカ。この十七年、この国を守ったのは……オレじゃない。お前だ……。お前は……この国の誰よりも、長く、深く……見ていた。オレは……何も見えていなかった」


視線が揺らぐ。


「……エリカ。お前が、この国の神だ。……ルミエルの神、エリカよ……お前の心に添えず……申し訳……なかった。エリカ……オレを赦して……」


言葉は最後まで紡がれなかった。

だがその断片には、この国が忘れかけていた祈りが、確かに残っていた。

ノエルの身体から力が抜け、瞳の淡い光が、今にも消えそうに揺らいでいる。

 

「兄さん!」


イエルがその手を強く握る。


「エリカ! 兄を救えぬのか! 頼む……まだ、何も話せていない……!」


エリカはしばし黙したままノエルを見つめ、やがて静かにその手を伸ばした。

だが、その指先はわずかに止まる。


「……イエル。これは、もう戻せない」


一瞬の沈黙のあと、静かに言葉が落ちる。


「私が触れれば、命は繋げられるかもしれない……でも、それは赦しじゃない」


その声には、わずかな揺らぎがあった。

エリカの瞳から、一筋の涙がこぼれる。


「救わない。イエル、逝かせてやれ」


その瞬間、ノエルの瞳に宿っていた淡い光が、静かに消えていった。


「兄さん! ダメだ……!」


イエルの叫びが響く。


周囲が再びざわめき始める。


「何が神だ! 見捨てるのか!」

「所詮祈念種とはこんなものだ!」


怒号が広場を満たしていく。


だが、その中心でエリカだけが動かなかった。

ただ静かに、一つの命の終わりを見届けていた。


イエルはノエルの亡骸を抱いたまま、静かにエリカへと目を向けた。


「……何故だ、エリカ。兄さんはラグスに騙されていたんだ……何故、救えない。赦しとは……何だ」


掠れた問いが、地面に落ちる。


エリカはその視線を受け止め、わずかにまぶたを伏せた。


「イエル。私はもう、この地の理には触れない」


静かな声だった。


「ノエルの死は、ここで受け止めなければならない。アネシアは言っていた。この地は二千年前、神が理を犯して再生した世界だと……それでも今、人は同じ過ちを繰り返している。……イエル。その運命を、受け入れろ」


その言葉を残し、エリカはゆっくりと立ち上がる。


「イエル。ノエルを大切に思うのであれば、彼の贖罪を背負え。そして――お前が、この国を作り直せ」


視線が、まっすぐに突き刺さる。


「その覚悟はあるか。……イエル」


イエルはしばらく黙したまま、腕の中のノエルを見つめていた。

やがて、小さく息を吐く。


「……わかったよ。エリカ」


その声は、どこか静かだった。

イエルはゆっくりとノエルを地に横たえ、立ち上がる。

俯いたまま、拳を強く握りしめる。

わずかに震えていた。

やがて、静かに涙を拭う。

一度だけ空を見上げた。


そして――振り返り、群衆へ向き直った。

 

「私は、先代エリオの孫であり、ノエルの弟――イエルだ!」


広場に、緊張が走る。


「この国の要人は、この場にいないか……誰でもいい!」


ざわめきの中から、一人の議員が進み出た。

人権派として知られる男だった。

そのままイエルの前で跪く。


イエルは視線を落とし、短く告げた。


「兄を……丁重に弔え。兄さんの亡骸を――頼む」


「御意」


低く、確かな声だった。


エリカは、ゆっくりとカイとナギへ視線を向けた。


「マリアスは塔の中だな。……カイ、ナギ、行くぞ」


その声に、カイとナギは小さく頷く。

互いに顔を見合わせ、そしてエリカの背を追った。


エリカはふと足を止め、振り返る。


「イエル。この民衆を静めろ。それがお前の役目だ」


短い言葉だった。

だが、その一言には抗えぬ重みがあった。


「……わかった」


イエルは静かに応じる。

その瞳には、先ほどまでとは違う決意が宿っていた。


エリカはもう何も言わず、再び歩き出す。


カイとナギがその後に続き、少し遅れて、ルカも大型ユニットの影から離れ、足早に追いかけた。


三人と一機は、祈りの塔へと歩みを進めていく。


その背を、ざわめく民衆と、ひとつの時代を終えた広場が見送っていた。

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