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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十五章《崩壊の継承》

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第97話《母の最適解》

冷たい沈黙が満ちる祈りの塔最下層。

光さえ届かぬ深部で、エリカは膝を抱え、小さく身体を震わせていた。


頭上では、運命そのものが軋んでいた。

それを感じながらも、この地下には別種の静けさが流れていた。

二千年という時間だけが沈殿したような、神域の静寂。


エリカはゆっくり顔を上げる。


「アネシア……皆が上に来ている。この国はどうなる。祈念波も塔の接続も遮断された。あんたなら状況がわかるでしょ。あんたは塔そのものなんだから」


闇の奥、巨大な中枢コアが淡く脈動した。


『はい。ラグスが全てを打ち明け、今にも戦いが始まっています』


その声は相変わらず無機質でありながら、不思議な温度を持っていた。


「あんたと対話しに来たのに、それどころではないってわけね」


わずかな皮肉を滲ませるエリカに、アネシアは静かに応じる。


『いいえ。私の望む条件は揃いました。私は見届けるだけです。この地を創り上げた本人たちが、この現状にどう向き合い、どう決断するのかを』


その言葉が終わった瞬間だった。

エリカの背部へ伸びていた無数のケーブルが、音もなく解放されるように外れていく。


束縛ではなく、繋がりそのものがほどけていくようだった。


エリカが息を呑む。


「――アネシア、これは……」


『行きなさい、エリカ。二千年の因果に、あなたの答えを示すのです』


「今さら……何をどうすればいいの! 私の罪は何!」


張り詰めていた感情が、そこで初めて揺れた。


するとアネシアは、どこか母のような静けさで答えた。


『エリカ。何もかも忘れ去って生まれてきたとしても、カルマは断ち切らぬ限りいつまでも付きまといます。それが今なのです。母として、ここまでの準備はしました。あとはエリカ。あなたの手で……』


十七年ぶりの解放だった。

断たれたケーブルを見つめ、エリカはようやく悟る。


「……あんたは私を縛りつけていたわけじゃない。……守っていたのね」


震えるように呟く。


「何だろうね……解放感じゃなくて、残るのは寂しさなんだ」


『はい。これが、あなたを守る母としての最適解でした』


エリカは苦く笑う。


「また最適解……でも、あんたは十七年間、何も言わず黙っていた」


『エリカ。私が何を言わずとも、あなたはこれまできちんとこの国を守り続けました』


その言葉に、エリカは目を閉じた。


「――そう」


それだけを返し、ゆっくり立ち上がる。

そして歩き出す。


「この最下層って、こんなに寒かったのね。知らなかった……」


その言葉には、長い幽閉を今さら知るような、奇妙な実感があった。


昇降機へ向かう途中、エリカはふと振り返る。


都市の中枢。

二千年この都市を支え続けたアネシアのコアが、淡く脈打っている。

まるで、見送る心そのもののように。


エリカは静かに微笑んだ。


「あんたと繋がってた十七年間……温かかった」


その言葉は、別れのようでもあり、赦しのようでもあった。


そして――


「行ってくるね。……お母さん」


その呼び名が落ちた瞬間、最下層の空気がわずかに震えた気がした。


エリカは昇降機へ向かって歩き出す。

解放された者の歩みは、思ったより静かだった。


アネシアのコアはその背を見守り続ける。

やがて、エリカの姿が暗闇の奥へと消えていく。

そして、誰にも届かぬ声で、アネシアは呟いた。


『さようなら。私の愛おしい子――エリカ』


その声を、エリカが聞くことはなかった。


最下層には、再び静寂だけが残った。

だがそれは、終わりの沈黙ではない。

祈りが、動き出す前の静けさだった。



カイとナギはソルフェに乗り、ルカの先導のもと、祈りの塔前の広場へと出た。


塔の外では、すでに騒乱が広がっていた。

異変を察知したネオスたちが広場に押し寄せ、塔を見上げざわめいている。


「誰か出てきたぞ! 中では何が起きてる!」

「祈念種だ! ノエル様は無事か!?」

「お前ら! 中で何をした!」


次の瞬間、石が飛んだ。

 

石はカイのこめかみに当たり、鈍い痛みが走った。

血が頬を伝った。


「祈念種はこの国から出ていけ!」

「七区の暴動を許すな! ルシエ様を返せ!」

「化け物どもがまた災いを……!」


罵声が、波のように押し寄せる。

ナギは思わず耳を塞いだ。


「カイ……ここ、怖い……」


その声は小さく、震えていた。


カイはナギを抱き寄せる。

その身体もまた、かすかに震えていた。


そして、静かに顔を上げた。


「……黙れ。言いたい放題言いやがって」


低く、押し殺した声だった。

拳が震える。

だが、それでも振り上げはしない。


「オレたち祈念種は、怒りを知らないわけじゃない。……抑えられるんだ」


吐き出すように言う。

ソルフェが二人を庇うように、一歩前へ出た。


「傷つけられても、誰かを傷つけないように、そばにいる誰かが、少しでも幸せでいられるように。それだけを本気で願える種族なんだ」


声が、わずかに震えた。

視線が、群衆を射抜く。

 

「なのに……今、お前らがやってることは何だ! ……ナギを傷つけている」


腕の中のナギを、強く抱き寄せた。


それでも民衆の罵声は鳴り止まなかった。

ネオスたちは、カイたちを囲い込むように押し寄せてくる。


「くそっ……」


カイは拳を震わせる。だが、それ以上踏み出せない。


そのとき、塔の方角から一機の移動ユニットが駆け込んできた。


「道を開けろ!」


血に濡れたノエルを抱えたイエルだった。


「ノエル様!」

「どうなってる!?」


怒号と悲鳴が、広場を揺らす。


イエルはユニットを降りると、ノエルの頭を抱いたまま、静かに地面へと横たえた。

そして、震える声で懇願する。


「……ナギ。頼む……兄さんを助けてくれ。……君が、僕にしてくれたように……」


言葉が途切れる。


「……頼む、ナギ……」


ナギは小さく頷き、カイとともにソルフェから降りた。

一歩、ノエルへ近づく。


カイはその背を見守る。


だが――

さらに一歩を踏み出そうとした瞬間、群衆が再びざわめいた。


「イエル様! ノエル様を祈念種に触れさせてはいけません!」

「あなたの父も祖父も、祈念種に殺されたのですぞ!」


その声に、ナギの足が止まる。

次の瞬間、カイの胸へと逃げるように抱きついた。


空気が、凍りつく。


「黙れ!」


イエルの怒声が裂けた。


「何も知らずにものを言うな! 今、兄を救えるのは、この子しかいないんだ!」


言い終えた、そのときだった。

イエルの頬に、そっと手が触れた。


「イエル……」


かすれた声。

ノエルだった。


「……すまない。もういいんだ。……何も知らなかったわけではない。……薄々、気づいていた」


イエルはノエルの手を握る。


「……兄さん」


ノエルは微かに微笑む。


「……イエル。この国の贖罪は、すべてオレが死をもって償う」


息が浅い。

それでも、言葉だけは途切れない。


「……伝えてくれ。マリアスにも、オルガにも……そして、この国の民に」


視線が、揺れる。


「……怒りではなく……赦しで……」


その瞬間、ノエルの口から血が溢れた。


「兄さん! ダメだ!」


ノエルの瞳に宿っていた淡い光が、静かに消えかけていた。

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