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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十五章《崩壊の継承》

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第100話《揺らぐ信仰》

マリアスはゆっくりと立ち上がった。


「エリカ、その答えは私にはわからない」


そう言いながら、わずかに視線を逸らす。


「ただ……アネシアのネオスの排除という選択を止めるため、そして、あなたを解放するために私たちはここに来た。だが……今、あなたはここにいる」


エリカは静かに頷いた。


「そう。アネシアは私を解放した。贖罪は――私たち自身の手で果たせと」


その声音には、かすかな揺らぎがあった。


「マリアス。お前は魂の系譜が見えるのだろう。であれば……誰が何をすべきか、見えているはずだ」


マリアスは短く息を吐いた。


「……エリカ。たとえ魂の系譜を辿れたとしても、未来まではわからない。だが――だからこそ私は選ぶ。大切な人を守る。大切な街を守る。大切な国を守る。皆が幸せに暮らせる世界を夢見ている」


ほんのわずかに、口元が緩む。


「今、この状況も……その過程にすぎない」


マリアスはナギとカイへと視線をやった。

怯えた小さな手と、守るように寄り添う影。


その光景を確かめてから、エリカを見据える。


「エリカ。信仰とは……正しく導くことだ。この子たちが、そしてネオスの子たちも、同じ空の下で生きていける未来を残すことだ」


「ルカモ!」


ルカが戸惑うエリカの足に寄り添う。


「そう、ルカもだ。二千年前の贖罪などと言われても……私たちには、思い出すことすらできない。だが――それでも、今を生きる者として、選ぶことはできる」


エリカは目を伏せた。


「……それでも、カルマは付き纏う。マリアス。それを断ち切るには、どうすればいい」


マリアスは一瞬だけ黙り、そして答えた。


「……今は、守るために戦う。これまでの歴史や、十七年前の復讐ではない。私たち祈念種は、過去ではなく――未来を見る種族だ」


そう言って一歩踏み出し、エリカを真っ直ぐ見据える。


「エリカ、行こう。オルガが、ラグスと……あなたを守るために、まだ塔で戦っている」


エリカは頷いた。

 


祈りの塔、一階層の広間。


オルガとラグスの刃が、激しく打ち合わされていた。

火花が散り、石床に傷が刻まれていく。


だが、オルガは攻めきれない。


踏み込めば勝てる。

そうわかっている。

その一歩が踏み出せない。


地下に仕掛けられた起爆装置。

エリカの命が、その先にある。


攻めを殺された剣は、守りに回るしかない。


受け、捌き、退く。

その繰り返しの中で、確実に体力が削られていく。


ラグスの声が、刃の隙間に滑り込んだ。


「オルガ……これはもう時間の問題ですよ」


愉悦を含んだ声音。


「動きが鈍くなってきている」


オルガの足が、わずかに揺れる。

太ももの傷が、踏ん張りを奪っていた。


荒い呼吸を押し殺しながら、なお剣を構える。


「……ラグス。お前こそ、遅くなってる。本来なら……とっくに斬れてる相手だ。こんなものか、“ルミエル最強の騎士”ってのは」


ラグスは小さく肩をすくめた。


「ええ、好きに言いなさい。ですが――戦略は、実力を上回る」


その目は笑っていない。

一歩、間合いを外す。


「そろそろ、お遊びは終わりにしましょう」


そう言って、ラグスはゆっくりと胸へ手を当てた。

指先が、何かをなぞるように止まる。


「ここですよ。起爆装置は」


静かな声で、わずかに唇が歪める。


「私が起動させてもよし……あなたが私を追い込み、起動させるのもよし」


刃を構え直す。


「あなたは一撃で私を仕留めることはできない。ならば――死の間際に、私は必ず起動させます」


その確信が、空気を冷やした。


ラグスはゆっくりと息を吐き、口元を歪める。


「さて、どうします?」


わずかに首を傾けた。


「そういえば……マリアスとあの子供たちを、あなたは地下へ向かわせましたね」


声に、愉悦が混じる。


「オルガ。あなた自ら、新たな人質を差し出してくれた。アストレアの守護神ともあろう者が……国を滅ぼす愚策を」


胸に手を当てる。


「そろそろ地下に到着した頃でしょうか。ここであなたを斬り、そのまま起動すれば――アストレアは……終わりです」


オルガは小さく笑った。

乾いた、勝ち誇るような笑みで、剣を肩に担ぐ。


「……やれよ」


静かな一言。


ラグスの眉がわずかに動く。


「はぁ? 何を言っているのですか。アストレアの女王も、ルミエルの女神エリカも――殺せと?」


声に苛立ちが混じる。


オルガはラグスを睨む。


「ラグス。機構に祈念核を埋め込もうが……お前は所詮ネオスだ」


一歩、踏み込む。


「祈念種を舐めるな」


ラグスの目が細まる。


「……何が言いたい」


オルガは、低く言い切った。


「地下にはいねぇよ。エリカも、マリアスも、カイもナギもな」


ラグスの声が、低く揺れる。


「……どういうことですか」


オルガは笑みを崩さない。


「ルカはエリカと同期している。ルミエルに入る前――ルカに伝えてある。エリカの祈念を拾ったら、オレに流せってな」


わずかに肩をすくめる。


「……まぁ、愛する女を監視してるみてぇで気分は悪いがな。今回は事情が事情だ」


ほんのわずか、顎を上げる。


「さっきからずっと、ルカから祈念が来てる。エリカは――もう地下にはいねぇ。今は塔の外に出た」


静かな断言。


ラグスの瞳が、初めて揺れた。


ラグスの瞳に走った揺らぎは、すぐに消えた。

代わりに、乾いた笑みが戻る。


「……なるほど。地下にはいない、と。ですが――まだ終わりではない。アネシアは、まだ私の手中にある」


剣を構え直し、わずかに重心を落としたラグスが、低く確信めいた声で告げる。


「そもそも祈念種は、あの存在を崇めていたはずだ。神を失えば――あなた方の信仰も、同時に崩れる」


オルガは鼻で笑い、一歩踏み込む。


「ふん、アネシアは知ったこっちゃねぇ。オレから見りゃ、エリカを縛りつけてたのはあいつだ。敵と変わらねぇんだよ」


刃が、わずかに前へ出る。

その瞬間だった。


――流れ込む。


ルカからの祈念が、脳裏に触れる。

鮮明ではない。

だが、はっきりと伝わる。


――エリカは……アネシアを、“母”と認識している。


「……は?」


オルガの思考が、一瞬だけ止まる。


――母? あのシステムを?


視界が、わずかに揺らいだ。


ラグスの足が動く。

そのわずかな空白を逃さない。


「迷いましたね、守護神」


低い声と同時に、間合いが詰まる。


気づいたときには、刃が迫っていた。

オルガは反射的に受ける。


火花が散る。

だが踏み込みが遅い。


「チッ――!」


次の一撃を受けきれない。

刃が、胸の奥の祈念核に深く食い込んだ。

血が弾け、オルガの身体がわずかに後方へ流れる。


ラグスはそのまま間合いを保ち、静かに息を吐いた。


「惜しいですね」


その声に、温度はなかった。

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