第95話《謀反の剣》
一階層の広間では、イエルとノエルがラグスを挟むように剣を構え、張り詰めた睨み合いが続いていた。
長い卓は、もはや対話の場ではなかった。
そこに漂うのは和解の余地ではなく、裁きが下される直前の冷えた沈黙だった。
先に口を開いたのはノエルだった。
「イエル、退がれ」
低く、揺るぎのない声。
「でも……兄さん!」
食い下がる弟を、ノエルは見ようとしなかった。
その眼差しには、兄としての情ではなく、国を背負う者だけが持つ厳しさが宿っている。
「ラグス。これまでの話に相違はないか。お前は父を殺し、お祖父様を殺し、尚且つイエルとオレまでも殺そうとした」
問われたラグスは、微笑みさえ崩さなかった。
「はい、間違いございません」
あまりにも静かな肯定に、空気そのものが軋んだように思えた。
ノエルはさらに問う。
「そしてこの状況も全て……お前が仕組んだことなのだな」
「左様でございます。予定よりはかなり早まりましたが……いずれはノエル様のお命もいただく予定でございました」
そこまで聞いたとき、ノエルの迷いは消えた。
「そうか……ならば、この国の最高指導者として、お前を裁かねばならぬ」
剣を構える。
切っ先が、真っ直ぐラグスを射抜く。
「ラグス……お前は、死ね」
床を蹴る音が弾けた。
ノエルの身体が一気に間合いを詰める。
鋭い斬撃が光を裂いた。
常人なら反応すら許されぬ速度だった。
だが、ラグスはそれを受け止めると、わずか一太刀でノエルを押し返した。
衝撃にノエルの体勢が崩れる。
しかし床に落ちるより先に身を反転させ、着地と同時に再び剣を構え直した。
ラグスの口元が愉快そうに歪む。
「ノエル様、見事でございます。……が」
その時だった。
広間を覆っていた祈念波遮断の電磁波が、不意に途切れた。
空気が変わる。
肌にまとわりついていた圧迫感が剥がれ、代わりに別種の不穏が流れ込む。
オルガが眉をひそめた。
「どういうことだ。ここにはオレたち祈念種がいる。ラグス、お前、不利になるぞ」
剣先を向ける。
だがラグスは静かに首を振った。
「いいえ、逆です」
直後、機構化された右腕と両脚が黒い波動に包まれた。
砕けた祈念核が埋め込まれた部位が、不気味な脈動を始める。
マリアスが息を呑む。
「祈念波か!?」
「いいえ」
ラグスは愉しむように答えた。
「祈念波の模倣……と言いましょうか」
禍々しい波動を見た瞬間、オルガの表情が変わった。
「貴様……その祈念核はどうした」
「これはリゼルのものと、あとはその辺のたくましいオリジンを殺して頂きました」
その言葉で、オルガの中の何かが断ち切れた。
「ラグスーー!」
怒号とともに剣を振り上げ、飛びかかる。
その瞬間だった。
轟音とともに、横合いから飛び込んだ巨大な質量が、オルガをまともに弾き飛ばした。
床を滑る身体。
広間に監視として配されていた中型ユニット群が、牙を剥いていた。
「――兄さん!」
カイが駆け寄る。
オルガは舌打ちしながら立ち上がる。
「大丈夫だ。少し油断した」
ラグスは感心したように呟く。
「興味はありましたが……実に便利ですな、祈念波とは。都市の祈念波脱却を目指しておりましたが……なかなか抜け出せない理由も理解しました」
広間の出入口には、いつの間にか無数のユニットが流れ込んでいた。
金属の脚が石床を打つ音が重なり、退路は静かに塞がれていく。
ルミエル側の要人のひとりが青ざめる。
「ラグス殿、これはどういうことですかな、話が――」
最後まで言わせなかった。
ユニットの前脚が、その胸を貫いていた。
男の身体が崩れ落ちる。
それを合図にしたように、秩序は一気に崩壊した。
刃が閃き、要人たちが次々と倒れていく。
白い石床を赤が走り、断末魔が高い天井に跳ね返る。
マリアスが息を呑む。
「なんてことを……」
ナギは目を伏せ、小さな肩を震わせた。
広間は、もはや完全に戦場と化していた。
ルカとユニット群が激しくぶつかり合い、金属同士の衝突が火花を散らす。
甲高い破砕音が空間に跳ね、白い石床に残骸が転がっていく。
オルガも剣を振るい、迫るユニットを次々と薙ぎ倒していた。
だが数が違う。
一機を断てば二機が迫り、押し返しても波のように次が押し寄せる。
ヨウルは低く唸り、地を転がるように駆けた。
跳ねるように敵へ食らいつき、マリアスを守る盾となる。
白銀の毛並みが閃き、その牙が機構を噛み砕くたび、火花が弾けた。
その中で、マリアスが叫ぶ。
「カイ! ナギを連れて塔を出ろ! ルカ、退路を開き二人を守れ!」
「アイ!」
「ソルフェ! 来い!」
マリアスの呼び声に応えるように、塔の開口部から白金の翼が飛び込んだ。
ソルフェは低空で戦場を駆け抜け、マリアスの前へ滑り込むように着地する。
マリアスは間髪入れずナギをその背に乗せた。
戦闘の最中にいたカイも、息を切らしながらナギのもとへ駆け寄り、マリアスに背を預けた。
「マリアス、この数は抑えきれない……どうすれば」
マリアスは剣を構えたまま振り返らない。
「カイ、お前は使命を果たせ。ナギを守るんだ。ここは私たちで抑える」
「……でも」
ためらいかけた、その瞬間。
一機のユニットがマリアスへ跳びかかる。
だが銀の刃が一閃した。
機体は真っ二つに裂け、火花を散らして崩れ落ちる。
「行け!」
その一喝は、命令であり祈りでもあった。
カイは唇を噛みしめる。
「……わかった。必ず、みんなで帰ってきて。ルカ、頼む!」
「任セテ!」
ルカのレンズが七色に発光した。
次の瞬間、眩い閃光が奔り、出口を塞ぐユニット群を薙ぎ払う。
爆ぜる光の裂け目。
マリアスが叫ぶ。
「今だ!」
カイはソルフェへ飛び乗る。
ルカを先導に、ソルフェは砲火と剣戟の渦を縫うように滑り抜け、広間を脱した。
背後では、なお戦いの轟きが追っていた。
その只中で、ノエルもまたラグスと激しく剣を打ち合わせていた。
刃と刃がぶつかるたび火花が散る。
だが、機構化された身体に祈念を纏うラグスは、あまりにも強い。
ノエルは攻めに転じる隙すら得られず、押し込まれるように防戦を強いられていた。
受ける、捌く、退く。
そのたび、ラグスの剣圧がじわじわとノエルを追い詰めていく。
そのすぐ後方では、イエルがノエルの背を守るようにユニット群と斬り結んでいた。
剣を振るうたび金属火花が散る。
だが、生身のネオスであるイエルの体力は確実に削られていく。
呼吸は荒くなり、腕は重い。
一機を退けても、次が迫る。
波のような攻勢に押され、ついに隙が生まれた。
息を切らしたイエルへ、二機のユニットが同時に飛びかかる。
「くそ、防ぎきれない……!」
その瞬間だった。
白銀の閃き。
片翼を広げたマリアスが戦場を切り裂くように飛び込み、そのまま一閃。
二機のユニットは断ち切られ、火花を噴きながらイエルの足元へ崩れ落ちた。
「イエル、ここは一旦引け!」
マリアスが叫ぶ。
「でも兄さんが!」
イエルが反射的にノエルの方を振り向く。
その瞬間。
世界が止まったように見えた。
ラグスの剣が、ノエルの腹を深く貫いていた。
刃が引き抜かれる。
赤が弧を描く。
ノエルの身体が揺らぐ。
信じられないものを見るように、イエルの瞳が見開かれた。
そしてノエルは、膝からゆっくりと崩れ落ちた。




