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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十五章《崩壊の継承》

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第93話《仕組まれた未来》

静寂の中、マリアスは一歩前へと進み出た。

その動きに呼応するように、周囲の空気がわずかに張り詰める。


「……ノエル。今回は対話の場を設けてくれてありがとう」


呼びかけは、静かだった。

だがその一言には、十七年という歳月が滲んでいる。


ノエルは視線を逸らさない。


「特例だ、マリアス」


短い応答。

それだけで、互いの距離が測れる。


その間に、ラグスがゆっくりと口元を歪めた。


「こうして顔を合わせるのは……実に興味深いものですね」


柔らかな声音。

だが、場の空気にわずかな歪みを混ぜる。


オルガの手が、わずかに動く。


それを視界の端で捉えながら、マリアスは続けた。


「まず確認させてもらう。この場は、対話の場として成立していると考えていいのか」


ノエルは一瞬だけ、ラグスへ視線をやる。

ほんのわずかな迷い。

だがすぐに、正面へと戻した。


「あぁ。この場は、対話のために設けられた」


その言葉に嘘はない。

だが、すべてが真実とも限らない。


マリアスは小さく頷いた。


「オルガ、柄から手を離せ」


オルガは周囲を警戒しながら、ゆっくりと手を下ろす。

だがその間合い、目の前にはイエルがいる。

いつでも仕留められる距離だけは保ち、その緊張を演じ続けていた。


マリアスは視線を戻す。


「そちらは随分と厳重だな。警備ユニットに加え、要人たちも武器を携えている。こちらも、武装は許可してもらう」


ノエルは即座に応じた。


「構わぬ。ただし――」


その視線が、イエルへと向く。


「イエルに手を出さぬと約束しろ」


わずかに、空気が揺れる。

兄としての感情と、統治者としての判断。

兄弟の十七年ぶりの再会だった。


マリアスは静かに頷く。


「了承した。――では、話を始めよう」


その一言で、場の温度が変わる。


戦いではない。

だが、誰一人として油断はしていなかった。


ノエルが短く命じる。


「広間へ案内しろ」


無言のまま、ユニットが動き出す。

一行は、祈りの塔の内部へと通された。


マリアス、オルガ、イエルにとっては懐かしい場所。

だがその空気は、かつてとは明らかに違っていた。

ナギとカイは、最下層しか知らない。

 

二千年の祈りが積み重なった空間。

その奥へと進むほどに、空気は濃密になっていく圧倒的な神域。

張り詰めた緊張の中でさえ、祈念核がわずかに熱を帯びる。


広間の中央には、長卓が据えられていた。

磨き上げられたその天板は、まるで鏡のように光を反射している。


マリアスは、迷いなくその中央の席へと歩み寄り、静かに腰を下ろした。

その動きに続くように、カイ、ナギ、オルガ、イエルも横一列に並び、席へと着く。

その背後では、ヨウルが静かに腰を落とし、床へと身を伏せた。

大型ユニットと連結したままのルカも、その隣に並び、じっと場を見据えている。

 

対する側――


ノエルもまた、正面の席へとゆっくりと腰を下ろした。

その隣には車椅子のラグス。

そして左右には、十名ほどの要人と議員たちが整然と並ぶ。


誰一人として、余計な動きはない。

ただ、視線だけが交錯する。


長卓を挟み、向かい合う両陣営。

その距離は決して遠くはない。

だが、埋めようのない隔たりが確かに存在していた。


この場に置かれているのは、言葉だけ。

それでも一つの選択が、世界の形を変える。


静かに、対話の舞台は整った。

 

広間に満ちていた静寂を、ノエルの一言が切り裂いた。


「ラグス、始めろ」


短く、余計な感情を削ぎ落とした命令。

その声音には、揺らぎを許さぬ統治者としての重みがあった。


「御意。では始めます。まずは……マリアス様、先日の七区ではお世話になりました。お陰で私もこんな様でございます」


ラグスは穏やかに頭を下げる。

だがその言葉には、明らかな棘が含まれていた。


マリアスは表情を変えない。


「あぁ、だが悪いとは思わぬ。目的はアネシアとの対話だった。それは同時にこの都市を救うことにもなった。それにその怪我……。私が負わせたものではないだろ」


言葉は静か。

だが一切の退きはない。


「はい、この塔からのあの一閃、あれは強烈でしたなぁ」


ラグスの機構化された右腕が、ゆっくりと卓の上に置かれる。

その指が、軋むように閉じていく。


握り締められた拳。

そこに宿るのは、痛みか――それとも。


「ラグス……話を進めろ」


ノエルの声が、わずかに低くなる。

感情を抑え込むように。


ラグスはすぐに顔を上げた。


「失礼いたしました。ついつい恨み節を。では、そちらの要望ですが、アネシアとの対話についてですが……。あの神気取りの機械の暴走をあなたたちが止められるとか……」


その瞬間、空気がわずかに軋んだ。

マリアスの視線が、真っ直ぐにラグスを射抜く。


「ラグス。言葉に気をつけろ。アネシアは二千年もの間、この都市を守ってきた。今やこの世界の理だ。アネシアは始祖マリーに次ぐ神同然の存在だ」


静かな声。

そこには、否定を許さぬ確信があった。


ラグスは、わずかに頭を下げる。


「失礼いたしました。祈念種にとっては、アネシアは神――そして、エリカ様もまた」


その名が発せられた瞬間、オルガの視線が鋭くラグスを射抜いた。


「第七区の一件以降、エリカとアネシアは地下に幽閉されたと聞いている」


低く、押し殺した声。


「エリカはどうしている。……無事なんだろうな」


ラグスは肩をすくめるように、わずかに笑う。


「ええ。忌まわしき祈念種が引き起こした、第七区の暴動の後に……地下へ移しましたが。無事ですよ。――そこの子供たちが、すでに確認しているはずでは?」


その言葉に、空気がわずかに軋む。

ナギとカイの存在を、あえて突きつけるような物言いだった。


「ラグス――いい加減にしろ」


ノエルの声が、低く落ちる。

感情を抑えながらも、明確な制止。


「ここは対話の場だ。この都市の未来がかかっている。まずは――アネシアをどうするかだ。それが先決だ」


ラグスは、わずかに口元を緩めた。


「ご心配には及びません、ノエル様。アネシアが放ったあの一閃――確かに、都市へ向けられれば首都ユナガーデン……そしてこのルミエルは終わります。しかし、アネシアには、すでに“対策”を講じておりますゆえ」


その言葉が落ちた瞬間、場の空気が凍りついた。


ノエルの視線が鋭くなる。


「……どういうことだ」


ラグスは肩をすくめるように続ける。


「現在、この都市における祈念波脱却率は、三十五パーセントをようやく上回りました。まだまだ十分とは言えませぬが――都市機能を最低限維持するには、どうにか足りる数値でございます」


淡々とした口調。

だが、その一語一語が、何かを削っていく。


マリアスの視線が、鋭くラグスを捉える。


「ラグス……何を言いたいのだ」


ラグスは、ゆっくりと右手を持ち上げた。

機構化された指が、ひとつずつ握られていく。


「今後――最下層において、アネシアおよびエリカ様が、都市の維持に必要以上の祈念波を集中させた場合……」


わずかに、笑みが深まる。

広げた五指を、そのまま空中で止め――


「ボーン、です」


指が、軽く開く。


「爆発します」


その一言は脅しではなく、確定させうる未来だった。

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