第92話《神域への歩み》
宮殿を出発し、街を抜け、森を越え――
マリアスたちは西側の国境へと辿り着いた。
そこに広がっていたのは、荒野。
そして――無数の残骸だった。
敵味方のユニットが、区別もつかぬほどに折り重なり、あちこちに散らばっている。
焼け焦げた装甲と、砕けた機構。
戦いの爪痕が、まだ生々しく残っていた。
マリアスはその光景を、静かに見据える。
「……オルガ。ここでの戦いは、これほどだったのだな」
オルガが低く応じる。
「あぁ。何百って数のユニットが、国境を越えて雪崩れ込んできやがった」
その声には、わずかな苛立ちと現実を知る重さが混じっている。
ルカが小さく胸を張る。
「ルカモ、戦ッタ」
オルガがふっと口元を緩めた。
「そうだな。ルカがいなきゃ、こっちがヤバかった。ありがとな、ルカ」
「アイ!」
短い返事が、妙に頼もしく響く。
一行は残骸を跨ぎながら、ゆっくりと歩を進める。
踏みしめるたびに、かつての戦いの名残が足元で軋んだ。
やがて――
視界の先に、整然と並ぶ影が現れる。
ルミエルの大型国境警備ユニット。
そして、その後方には、黒光りする中型の警備ユニットが十機。
無言のまま、こちらを待ち構えていた。
イエルがその光景を見据え、静かに口を開く。
「……彼らが案内役だな」
黒光りする中型ユニットが、音もなく左右に分かれる。
そのまま一行を囲うように陣形を組み、無言のまま前進を始めた。
ついてこい、とでも言うように走り出す。
遅れをとらぬよう、マリアスたちも速度を上げた。
オルガの手が、反射的に剣の柄へとかかる。
だが――
「オルガ」
マリアスが軽く手を上げ、それを制した。
「大丈夫だ。イエルも“人質”という形でここにいる。それに……アネシアを止められる可能性があるのは、私たちだけだ。向こうも、それは理解しているはずだ」
オルガは警戒しつつも静かに応じる。
「……そうだな」
オルガはゆっくりと柄から手を離した。
「それに……」
マリアスの視線が、さらに後方へと向けられる。
そこには、国境警戒用の大型ユニットが四機。
まるで中型ユニットを監視するかのように、一定の距離を保って追従していた。
「……私たちを守っている。ルミエルの女神――エリカが」
その名を聞いた瞬間、オルガの視線が空へと上がる。
「エリカ……オレのために……」
こぼれるように言葉が落ち、同時に涙が頬を伝った。
マリアスが横目でそれを見る。
「オルガ……お前は……」
一瞬、言葉を飲み込み――
「……まぁいい。お前のためにも、エリカは必ず救い出す。その後どうなるかは……知らんがな」
ナギが首を傾げる。
「オルガとエリカは、結婚するの?」
マリアスは小さく息をついた。
「オルガが勝手に言っているだけだ」
「ちょっ――」
抗議しかけたオルガの声は、途中でかき消えた。
そのとき、ルカが不思議そうに周囲を見回す。
「デモ……オカシイ。ルカ、エリカト同期シテイルノニ……国境越エテモ、エリカノ祈念波ヲ感ジナイ」
イエルが即座に反応する。
「……恐らく、この中型ユニットだ。今、僕たちを囲うように隊列を組んでいる。祈念波を遮断する電磁波を発しているんだろう」
カイも頷きながら口を開く。
「そうだ。俺が都市にいた頃、指令用に使っていた通信機は使えるのか?」
ポケットから小型の通信機を取り出す。
「ただ……エリカ側から接続してこない限り、こちらからはコンタクトできない」
軽く操作し、顔をしかめた。
「……やっぱりダメだ。完全に遮断されてる」
マリアスは小さく頷く。
「なるほどな。向こうも警戒は怠っていない……ということか」
その言葉の裏には、わずかな緊張が滲んでいた。
隊列はそのまま、無言のまま進み続ける。
囲まれながら導かれるように、彼らはルミエルの奥へと足を踏み入れていった。
やがて、一行は都市の外殻へと辿り着いた。
それまで走行していたユニットたちは動きを緩め、速度を落とす。
やがて歩みへと変わり、そのまま中央へと進み始めた。
背後では、護衛していた大型ユニットが静かに停止する。
まるで見送るように、無言のままその場に佇んでいた。
都市外殻には、多くの祈念種たちが並んでいた。
労働に従事させられているのだろう。
その瞳には、かつてあったはずの輝きがない。
彼らは一行へと視線を向ける。
だが、それが誰であるのかを認識している様子はなかった。
マリアスが、そっと口を開く。
「……すまない、同胞たち」
かすかな声。
「長く待たせてしまった。本当は今すぐ祈念を届けたい。だが……遮られている。もう少しだけ、待っていてくれ……必ず、届く」
その言葉は、静かに地へと落ちる。
それでも一行は、歩みを止めない。
視線の先――
遠くに、祈りの塔が聳えている。
白く、神々しく、すべてを見下ろすように。
ナギがマリアスに振り向き声を上げた。
「祈りの塔……!」
瞳が輝く。
「マリー様に、祈らなきゃ」
リュックから聖記書を取り出し、胸に抱きしめる。
そのまま静かに目を閉じ、両手を重ねた。
マリアスが、わずかに微笑む。
「ナギは本当に――」
言いかけた、その瞬間だった。
ふわりと温かな祈念波が、ナギの小さな身体から溢れ出す。
それは遮断されていたはずの空間をすり抜けた。
まるで、壁そのものが存在しないかのように。
「……!」
マリアスの視線が、周囲へと向く。
気配が変わっていた。
先ほどまで虚ろだった祈念種たちの視線が、すべて一斉にこちらへと向けられた。
オリジンたちは祈念核を淡く灯し、ミデアたちは、祈るように手を合わせていた。
そして、わずかに微笑んでいる。
「……ナギ」
マリアスの声が、静かに震える。
「君は……すごいな。皆が受け取ってくれた。私たちの祈りを……」
その瞳に確かな光が宿り、ゆっくりと、ナギを見つめる。
「ありがとう、ナギ」
マリアスはナギの小さな身体を、そっと後ろから抱きしめた。
その温もりは、確かにここに在るものだった。
ナギは振り返り、小さく笑う。
「みんな、ちゃんと聞いてくれてるよ」
その言葉に、マリアスは静かに頷いた。
やがて一行は都市部へと足を踏み入れる。
整然と並ぶ建造物。
磨き上げられた街路。
外殻とはまるで別世界だった。
だが、向けられる視線は明らかに違っていた。
冷たく、拒絶と警戒を隠そうともしないネオスたちの目。
「……歓迎、って感じじゃねぇな」
オルガが低く呟く。
それに応じるように、周囲の警備ユニットの数が増えていく。
左右、前後。
隙間なく囲い込むように。
「完全に監視されてるね」
カイが小声で言う。
イエルは前を見据えたまま、静かに答えた。
「これが……ルミエルだ」
やがて、視界が開ける。
その先に、祈りの塔が圧倒的な存在感でそびえ立っていた。
白く輝くその巨塔の麓。
広間の入口に、数人の人影が見える。
中央に立つのは、ノエル。
その傍らには、車椅子に座るラグス。
そして数名の要人たちが控えていた。
一行の歩みが、自然と止まる。
静寂が落ちる中、先に口を開いたのはノエルだった。
「……よく来たな、マリアス」
その声は低く、だが確かに届く。
マリアスは一歩前に出る。
「久しぶりだな、ノエル」
その言葉に、わずかな緊張が空気を震わせた。
ラグスが、ゆっくりと口元を歪める。
「これはこれは……随分と大勢でのお越しですね」
その声音は穏やかだが、どこか底知れぬものを含んでいた。
オルガの手が、再び剣の柄に触れる。
その一触即発の空気の中でも、ナギだけはまっすぐに塔を見つめていた。
まるで、そこに誰かを感じているかのように。




