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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十四章《祈りのあわいに》

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第89話《統治者の選択》

伝達ユニットが中央区へと帰還したのは、夕刻だった。

要人の一人がそれを抱え、ノエルの前に跪く。


「ノエル様。アストレアより、伝達ユニットが戻りました」


「そうか。皆を集めろ。緊急議会を開く」


「御意」


――数時間後。

昨日に引き続き、評議会本部には要人と議員たちが集められていた。

重苦しい空気が、室内を満たしている。


ノエルが静かに口を開く。


「アストレアからの返信は、記録されていたのか」


「はい。録画データが確認されております。イエル様を人質に交渉を要求しています」


議会内が騒めきが広がる。


「卑怯な祈念種どもめ!」

「……しかしイエル殿はアストレアと繋がっているという噂も」


「黙れ。まずは――再生しろ」


そのときだった。

会議室の扉が開く。

ゆっくりと中へ入ってきたのは、車椅子に乗ったラグスだった。

失われた右腕と両膝から下には、すでに機構が組み込まれている。


「ラグス……無理はするな。まだ休んでいろ」


ノエルが低く声をかける。


ラグスは穏やかに微笑んだ。


「お心遣い、痛み入ります。しかし今は、ルミエルの命運が揺れる局面。ただ眠っているわけには参りません」


そのまま車椅子を滑らせ、ノエルの横へと並ぶ。


「それにしても――ルミエルの医療技術は見事です」


ラグスは機構化された右手を持ち上げ、指を滑らかに動かしてみせた。


「失った部位も、すでに私の一部となっております。違和感はほとんどありません」


その口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「それは……何よりだ」


ノエルは短く応じた。


だが、その視線は決してラグスから離れない。

ラグスはイエルに刃を向けた男だ。

ノエルの意識は、無意識のうちにラグスの腰元へと向けられていた。


そこにある短剣。

わずかな動きすら見逃すことはできない。

空気が静かに張り詰めていく。


「さぁ、アストレアの要望とやらを私にも見せてくださいませ」


ラグスの一言でホログラムが浮かび上がり、マリアスの声が議会に響く。

イエルの首元に当てられた刃に、ノエルは唇を噛んだ。


一方ラグスは、静かにほくそ笑む。


――小賢しい芝居ですね。……理解しているようだ。ノエル様が“人質同然”であることを


再生が続く。


『――君も理解しているはずだ。先日の七区でのあの一閃……あれはアネシアによるものだ。

アネシアは、我々との対話を求めている。それは同時に、ルミエルを守るための選択でもある』


再び議会が騒めく。


「アネシアは眠っているはずでは?」

「祈念種の戯言など鵜呑みにしてはなりませぬ!」


ノエルの鋭い視線が場を貫き、再び静寂が戻る。


『――そして、ノエル。君は、私との対話を検討しているそうだな。私も君と話したい。この条件が満たされるのであれば、イエルは無事に返還する――』


ホログラムの再生が終わり、ラグスが口を開く。


「ノエル様、向こうは対話を望んでいるようですが、いかがなさいましょうか」


ノエルはラグスに視線を向けるが、その疑念は隠しきれなかった。

やがて正面に向き直り、告げる。


「まずはお前の意見を聞こう、ラグス」


「ご安心ください、ノエル様。アストレアに軍備などほぼありません。叩き潰せば済む話です。マリアスはイエル様を殺しなどしません。交渉材料を失えば――あの小国は、滅びるだけです」


議会がラグスの言葉に沸き立つ。


「さすがラグス殿!」

「今こそ潰すべきだ!」


ノエルが静かに立ち上がり、正面を見据える。

その眼差しに、場は一瞬で静まり返った。


「そんな単純な話ではない。アネシアが目覚めている。この都市の中枢が意思を持ち、ネオスの排除を最適解と導き出しているのだ!」


ノエルは再び席に着く。


「……問題は、アストレアではない」


静かに、だが確信をもって言い切る。


「真に対処すべきは――アネシアだ」


議会にざわめきが広がる。


「アネシアが……我らを排除するなどと」

「たかが制御機構が……!」


ノエルの視線が鋭く突き刺さる。


「たかが、ではない」


低く押し殺した声。


「七区でのあの一閃はアネシアが撃った。あれが都市の中枢に向けられていたら――ルミエルは終わっていた」


誰も言葉を返せない。


ノエルはわずかに目を伏せ、続ける。


「アネシアは、すでに“判断している”。我々ネオスを排除すべき存在だと」


空気が凍りつく。


「……ならば即刻、アネシアを停止すれば!」


誰かの声が上がる。


ノエルは首を横に振った。


「違う。排除の判断を下した相手に強行手段で応じれば、“最適解”として即座に都市を破壊されるだけだ」


「エリカは何をしているのです……エリカはアネシアを制御できないのですか!」


ノエルの視線が鋭くなる。


「エリカはこの都市を守ってきた。そのエリカがあの一閃の後、アネシアの前で力尽きていた。都市管理の主導はアネシアだ」


議会に沈黙が落ちる。

その意味を、全員が理解した。


ノエルはゆっくりと視線を上げる。


「アネシアが奴らとの対話を望んでいるのだ」


その言葉に、ラグスの瞳がわずかに細まる。


「つまり――奴らは、我々よりもアネシアに近い位置にいる」


「そうだ。この都市は、奴らとアネシアの対話次第だ」


空気が変わる。

恐怖と理解が、静かに混じり始める。


「理解したか、ラグス。きっかけは奴らであっても、少なくともお前のその怪我の直接要因はアネシアだ。そしてこの都市が祈念波の依存から脱却できていない今、ここは奴らに頼るしかない」


ノエルは静かに結論を下す。


「対話する」


その一言が、場を支配した。


「アストレアとの交渉に応じる。条件は精査するが、このまま武力で進めばルミエルは滅ぶ」


ラグスの横顔が、わずかに歪む。

だが、ノエルはそれを見ない。


「ラグス。準備を進めろ。交渉の場を設ける。――二週間後だ。祈りの塔に奴らを呼ぶ」


「御意」


ラグスは頭を下げ、そのまま視線だけを上げてノエルを見上げる。

だがノエルは、一度もその視線を受けなかった。


――まぁ良い機会です。多少予定よりも早まりましたが……いずれ来るべき時です。――さて……想定外は、アネシアか

 

ラグスは静かに表情を整えた。

 

「では早速、準備にかかります」


ラグスが車椅子を後ろへ滑らせる。


「ラグス……」


ノエルは振り向かないまま、静かに呼び止めた。


「病み上がりだ。無理はするな……それでも、お前に任せる」

 

ラグスはゆっくりと視線を上げた。

 

「身に余るお言葉にございます。……必ずや、ご期待にお応えいたします」

 

ラグスが応じるのを、ノエルは振り向かずに聞いていた。

胸の奥に残る違和感は、消えない。

それでもノエルは、ラグスを切り捨てることができなかった。

父を失って以降、常に傍にいたのはあの男だ。

疑念と同じだけ、信頼もまた消えなかった。


だが、扉の向こうへ消える直前、ラグスの口元にはごく僅かな笑みが浮かんでいた。


やがて扉が閉まり、室内に残るのは張り詰めた静寂だけだった。


その夜の議会は、静かに解散した。

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