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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十四章《祈りのあわいに》

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第88話《祈りの交渉》

カイは伝達ユニットを手に取り、内部構造を確かめるように視線を走らせた。


「マリアス。このユニット、録画返信機能と帰還用の座標が設定されてる」


「そうか……」


マリアスはわずかに思案するように視線を落とす。


「なら、このままこちらの要望をノエルに伝えたいところだが……イエル、これは直接ノエルに届くのか?」


イエルは一度息を整え、静かに首を横に振った。


「いや……必ず要人による検閲が入る。兄さんの元へ届く前に、ラグスが目を通す可能性も高い」


その言葉に、場の空気がわずかに張り詰める。


マリアスはユニットへと視線を向けたまま、静かに口を開いた。


「私たちの目的は変わらない。エリカの解放、そしてアネシアとの対話だ。それが結果的として、塔の奪還にも繋がる」


カイが、その言葉を受けるように続ける。


「そのあとは……ネオスが祈念種への迫害をやめて、ちゃんと平和な世界にするんだよね?」


マリアスは、わずかに微笑んだ。


「そうだ。カイ……そしてナギも。この国に生きるすべての者が、穏やかに暮らせる未来のためだ。そのためにも、アネシアと向き合わなければならない」


祈りの塔から放たれた一閃が脳裏に蘇る。

あの光が中枢へ向けられていたなら。

都市は、ひとたまりもなかった。


ノエルでもない。ラグスでもない。

この都市における真の脅威は――


「……アネシア」


マリアスは、小さくその名を呟く。

あの存在は、裁量一つで、すべてを終わらせることができる。


だからこそ対話が必要だった。


イエルはゆっくりと身体を向き直し、マリアスを真っ直ぐに見据えた。


「僕を使え、マリアス」


その一言に、場の空気がわずかに揺れる。


「どういうことだ、イエル」


マリアスが静かに問い返す。


「僕は今、囚われの身ということになっている。だったら、そのまま交渉材料として使えばいい。兄さんにとって、僕は唯一の肉親だ。それに――これは、兄さんが僕を救うために動いた結果だと……そう信じてみたい」


「……イエル」


マリアスの声がわずかに揺れる。


イエルは小さく肩をすくめた。


「その方が、都合もいいだろう」


オルガが腕を組み、低く唸る。


「だとしても、その後が問題だ。仮に引き渡したところで、奴らが約束を守る保証はねぇ。イエルも危険だ」


「だからだ」


イエルはオルガへと視線を向ける。


「この場の全員での面会を条件にする」


わずかに口元を緩める。


「マリアスたちがエリカに辿り着くまで……オルガは僕の首に刃を当てていればいい。その方が、お前も守りやすいだろ。オレだって、もう捨て身で行くつもりはない」


その言葉に、オルガの眉がわずかに動く。

オルガは一瞬だけ考え込み、やがて小さく笑った。


「……なるほどな」


顔を上げ、マリアスを見る。


「マリアス、イエルはオレに任せろ。必ず守り切る」


マリアスはわずかに目を閉じ、短く息を吐いた。


「あぁ……わかった」


そしてイエルへと視線を向ける。


「イエル……もう無茶はやめてくれ。私たちの未来に、君は欠かせない」


イエルは静かに頷く。


「あぁ……わかってる」


マリアスはゆっくりと立ち上がり、オルガへと向き直った。


「オルガ……イエルを頼む」


オルガは力強く頷く。


「任せろ」


マリアスは小さく頷き、カイへと視線を向ける。


「よし、カイ。返信の準備だ」


「了解」


カイがユニットを操作すると、空間に淡い光が走り、画角の前に立つマリアスの姿がホログラムとして立ち上がる。


その光景に、ナギがぱっと表情を輝かせた。

自分の姿が映し出されているのを見て、楽しそうに身体を揺らし始める。


ヨウルもまた、映し出された“もう一匹の狼”に反応し、低く唸り声を上げた。


「こら、ナギもヨウルも落ち着け」


マリアスが軽く笑いながら手を差し出す。


「これは、ノエルへ届けるためのものだ。皆で映るぞ。ルカもこっちへ来い」


「アイ!」


ルカが小さく応じ、よちよちと近寄ってくる。


マリアスは一度全員を見渡し、静かに指示を出した。


「オルガ……イエルの首に剣を当てろ」


「わかった」


オルガは頷き、イエルの背後に回る。

イエルは抵抗することなく一歩前へ出て、その場に静かに立った。

刃が首元へと添えられる。


緊張が、空間にわずかに走る。


「カイ、録画を始めたら、君もこちらへ来てくれ」


「わかった。……じゃあ、録るよ」


カイが操作パネルに手をかざす。

小さな起動音とともに、記録が開始された。

その場にいる全員の姿が、ひとつの画面に収まる。


マリアスはゆっくりと一歩前に出た。

静かに息を整え、口を開く。


「ノエル、久しぶりだな。十七年ぶりだ。ホログラムとはいえ君の姿を見れて嬉しかったよ。

まずイエルの件だが……見ての通りだ。こちらで捕らえている」

 

その瞬間、オルガがぐいっと前に出る。

 

「イエルを殺ってまうぞゴラァー!」


「黙れオルガ」


マリアスが即座に切り捨てる。


「誤解するな、ノエル。我々は無闇に命を奪うつもりはない。彼はユナガーデンにおいても、祈念種の権利を守るために動いていた。


だが――君たちネオスは今もなお、祈念種への迫害を続けている。十七年前、その報復を受けたはずだ。君たちの父、ルシエはその果てに命を落とした。……それを、忘れたわけではあるまい」


カイの表情がわずかに歪む。

踏み出しかけた足を、イエルが静かな視線で制した。


「イエルの返還について、こちらからも条件を提示する。返答次第ではイエルの命も保証はできない。

まず、我々をエリカの元へ通せ。そして、アネシアとの対話の場を設けろ。

君も理解しているはずだ。先日の七区でのあの一閃……あれはアネシアによるものだ。

アネシアは、我々との対話を求めている。それは同時に、ルミエルを守るための選択でもある」


わずかに間を置き、声を落とす。


「そして、ノエル。君は、私との対話を検討しているそうだな。私も君と話したい。この条件が満たされるのであれば、イエルは無事に返還する。……以上だ。カイ、止めてくれ」


カイは録画を止め、オルガも剣を下ろす。

 

マリアスは小さく息を吐き、視線を落とした。


「……私たちも、対話の前に行動に移してしまったことは、早計だったのかもしれない」


そして、ゆっくりとイエルへ目を向ける。


「イエル。先日の一件を踏まえても、向こうが即座に攻め込んでこないのは……ノエルが動かないのは、きっと君を案じてのことだ」


イエルはわずかに目を細める。


「……そう信じたいね」


短く答えたその声には、どこか苦さが滲んでいた。


マリアスは静かに頷く。


「カイ……それをルミエルへ送ってくれ。あとは……祈るしかない」


「……うん」


カイはユニットの操作パネルに手をかざし、帰還座標を起動させる。


わずかな駆動音。


静かに地面へと降ろされたユニットは、カツカツと乾いた足音を響かせながら、宮殿の外へと走り出した。


誰も言葉を発さない。

ただ、その小さな背中が遠ざかっていくのを、全員が、黙って見送っていた。

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