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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十四章《祈りのあわいに》

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第87話《均衡の書簡》

ルミエル評議会本部。


緊急招集された議会には、ルミエルの要人と議員たちが顔を揃えていた。

重苦しい空気の中、ノエルの鋭い視線が場を貫き、誰もが言葉を失っている。


「ラグスは、先日の第七区での戦闘により重傷を負った。現在は治療中だが、命に別状はない」


低く抑えた声が響く。


一人の大臣が、焦りを隠せぬまま口を開いた。


「ノエル様……第七区で、いったい何が起きたのですか。西の国境でも衝突があったと聞いております。国民の動揺が広がっております」


ノエルは一瞬の迷いもなく答える。


「祈念種の暴動だ。ラグスが鎮圧した」


その一言で、場の空気が一気に崩れた。


「まさか……十七年前の再来では」

「アストレアは肥大化しすぎた。早急に潰すべきですぞ!」

「いや、それでは全面戦争になります! 国民が黙ってはおりませぬ!」

「こちらはラグス様がやられているのだぞ!」


声が重なり、収拾がつかない。


その喧騒を、たった一言が断ち切った。


「――黙れ」


静寂が落ちる。

張り詰めた空気の中、ノエルはゆっくりと口を開いた。


「アストレアに、イエルが囚われている」


再び、ざわめきが広がる。


「イエル様が……!? 卑劣な祈念種どもめが!」

「直ちに救出部隊を編成すべきです!」


「いや――」


ノエルの声が、再び場を押さえ込む。


「アストレアに書簡を送る」


その言葉に、場の温度が変わった。


「書簡……? ノエル様、祈念種どもは話の通じる相手ではございません。十七年前の第七区の暴動、さらにはエリオ様にまで手をかけた連中です。この機に潰すべきかと」


別の議員が、食い下がる。


「イエル様が囚われているのですぞ! それで身に何かあれば、どう責任を取られるおつもりですか!」


さらに、低い声が続いた。


「……お言葉ですが、ノエル様。イエル様は人権派を率い、アストレアとも通じていたとの情報もございます」


その一言に、空気がわずかに歪む。

ノエルの瞳が鋭く細められた。


「だからどうした」


抑えきれぬ怒気が、言葉の奥に滲む。


「今、俺の肉親はイエルしかいない。まずは交渉だ」


押し返すように言い切る。


一人の議員が、慎重に問いかけた。


「……ラグス様のご意向は、いかがなされますか」


一瞬だけ、沈黙が落ちる。

ノエルは視線を逸らさず、答えた。


「ラグスは今、療養中だ。余計な負担はかけない。この件は――俺の独断で進める」


その夜、ルミエルから一機の小型ユニットが、アストレアの国境へと向かった。

 


――翌早朝。

宮殿の広間を、ルカが忙しなく走り回っていた。


「マリアス! ヨウルガ、何カ拾ッテキタ!」


その声に反応し、マリアスとカイが姿を現す。

ナギも眠たげに目を擦りながら、ふらりと広間へとやって来た。


そこには、小型ユニットを咥え、嬉しそうに尻尾を振るヨウルの姿があった。


カイが目を見開く。


「ヨウル、それ敵ユニットだよ! どうしたんだ?」


ヨウルは低く唸り、祈念を通じてカイへとイメージを送り込む。


「……ふむ。国境沿いを散歩してたら、こいつが国境を越えるか迷ってて……越えた瞬間に捕まえた、ってことか」


ヨウルは「グルル」と得意げに喉を鳴らした。


マリアスがカイに視線を向ける。


「カイ、それは何だ」


「これは恐らく……ホログラムメッセージだ。ルミエルからの。ただ……誰かの亡命支援の要請かもしれない」


「いや――違う」


静かな声が割り込む。


振り向くと、足を引きずりながらイエルが立っていた。

胸を押さえながらも、その視線ははっきりとユニットを捉えている。


ナギが駆け寄る。


「イエル、大丈夫? 無理しないで」


イエルはナギの頭にそっと手を置き、柔らかく微笑んだ。


「あぁ……君のおかげで、だいぶ楽になったよ」


ナギは嬉しそうに頬を緩め、マリアスの後ろへと身を隠しながら、そっとイエルを見つめる。


イエルはゆっくりとマリアスへ向き直った。


「それは、ルミエルが中央の要人間で使われる伝達ユニットだ。一般のものじゃない」


わずかに息を整え、続ける。


「……書簡だな。先日の戦いを受けて、何かしらの意思表示をしてきたんだろう」


マリアスは短く息を吐く。


「……そうか」


視線をユニットへと落とし、わずかに考え込む。


「オルガも呼んだ方がいいな。カイ、呼んできてくれるか」


「わかった、すぐに呼んでくる!」


カイはそのまま踵を返し、宮殿の外へと駆け出していった。

 

しばらくして、大きな足音が駆け寄ってくる。

息を切らしながら、オルガが声を上げた。


「もしかしたら……エリカから、オレへのメッセージじゃ……」


マリアスはわずかに笑みを浮かべる。


「だったらいいな。カイ、起動できるか?」


「うん、やってみる」


カイはユニットの外殻装甲を開き、内部のスイッチを操作する。

次の瞬間、ユニットの上方にホログラムが展開された。

浮かび上がったのは――ノエルの姿。


「……ノエル」


その場にいた全員が、息を呑む。

やがて、ノエルが静かに語り始めた。


《ルミエル統治者ノエルより、アストレアを統べる者へ。


本書簡は、戦闘継続の意思確認および、事態収束に向けた通達である。


現在、貴殿らが捕えているイエルの身柄を、速やかにルミエルへ引き渡せ。イエルは我が国における重要人物であり、その処遇は本来、我々が決定すべきものである。


なお、イエルの状態については正確な報告を求める。不当な負傷が確認された場合、それ相応の対応を取る。


本要請に応じるのであれば、ルミエル側の軍事行動は一時停止とする。対話の場を設けることも検討しよう。


だが――応じぬ場合、あるいは虚偽が認められた場合、攻撃は直ちに再開される。その際の責はすべて、貴殿らに帰するものとする。


付言しておく。本件において先に武力衝突を誘発したのは、そちら側である。我々はそれに対し、必要な応答を行ったに過ぎない。


以上が、現時点における我が意思だ。判断は、速やかに示せ》


再生が終わると同時に、ホログラムは音もなく消えた。


オルガが拳を強く握る。


「……調子のいいことばかり言いやがって。あの日、国境を越えてきたのは向こうからなんだぞ」


カイが静かに応じる。


「でも……第七区には、僕たちが侵入した」


「……まぁな。そこは、お互い様か」


オルガは短く息を吐いた。


イエルが一歩前に出る。


「僕が囚われている、か……。この傷だって、ラグスがやったようなものだ……」


マリアスがその言葉を受ける。


「それよりも、対話の場を設けると言っている。ノエルは真実を知らない。……これは、機会かもしれない」


「罠かもしれないぞ、マリアス。ラグスは信用ならねぇ」


オルガは腕を組み、低く唸る。


「そうだな、オルガ。しかし……恐らくラグスは、あの日かなりの傷を負っているはずだ。私たちは祈念で守れたが、あの状況で無傷とは考えにくい。屈強な男だ、命までは落としていないだろうが……。ノエルの独断である可能性は高い」


マリアスは静かに結論を下した。


「……返答を送ろう」


その言葉に、反対する者はいなかった。

全員が、同じ方向を見据えたまま、静かに頷く。

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