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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十四章《祈りのあわいに》

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第86話《赦しきれぬ心》

アストレア宮殿の客間。

ベッドの上で、イエルは静かに眠っていた。


傍らにはマリアス。

そしてカイとナギ。


ナギは不安そうに、イエルの顔を覗き込んだ。

マリアスはイエルの肩の傷口に手を当て、微弱な祈念波を送り続けている。


カイがその様子を見つめながら、ふと口を開いた。


「マリアス……ネオスの怪我も、祈念で治せるの?」


「いや、気休め程度だ。回復がわずかに早まる程度だな。ただ――イエルの母はミデアだ。普通のネオスよりは、回復も見込める」


カイは一瞬言葉を失い、思わず声を荒げた。


「えっ……? だってイエルの父親は、次期最高指導者だったルシエだよね? 祈念種を迫害してる国の後取りの妻が、ミデアだったなんて……」

 

マリアスはわずかに視線を落とす。


「あぁ……。ルシエが生きていれば、あの国はもう少し違っていたかもしれない。それもあって、ルシエは中央から遠ざけられたのだろう。イエルとノエルの母は、二人を産んだあと行方知れずだ」


「……そんな」


カイは言葉を失い、眠るイエルの横顔を見つめる。その表情には、いたたまれない感情が滲んでいた。


「祈念種はネオスに迫害され続けてきた。それでもイエルが僕たちと共に戦ってくれたのは……そういう事情もあってなのか。マリアス、最初は疑ってすまなかった」


「気にするな、カイ。こちらにも伝えきれていないことが多すぎた」


そのとき、わずかに気配が揺れた。


視線を向けると、イエルが薄く目を開けてこちらを見ている。


「イエル……聞いていたのか」


マリアスが安堵を滲ませながら声をかける。


「あぁ……。まずマリアス、助けてもらったこと、礼を言う。ありがとう。君がいなければ、今頃この世にはいない」


「イエル。お前は無茶をしすぎだ」


「……すまない。作戦は失敗だな」


「あぁ。動きを読まれたというより、向こうも同時に仕掛けてきたようだ。それに――ラグス。奴は厄介だ」


その名を聞いた瞬間、イエルの顔が歪む。


「……ラグス。奴だけは許さん」


拳に力がこもり、怒りが滲む。


そのとき、ナギがそっとイエルの胸元に手を置いた。

マリアスの仕草をなぞるように、小さな掌から柔らかな祈念が流れ込む。


「イエル……今は忘れて。怒っちゃダメだよ」


ナギのその言葉とともに、張り詰めていた感情がゆっくりとほどけていく。


怒りは形を変え、沈んでいく。

代わりに浮かび上がったのは――深い悲しみだった。


「……父さん……」


イエルの瞳から、大粒の涙がこぼれた。


マリアスが静かに口を開く。


「イエル。それが、祈念種の心の在り方なんだ。お前にもミデアの血が流れている。ルシエも言っていたはずだ。憎しみではなく、赦しで未来を見据えろと」


イエルの表情がわずかに和らいだのを見て、マリアスは静かに続けた。

 

「そのために……また、共に戦おう」


「……そうだな」


震えの残る声で、イエルは頷く。


「今はまだ、休め」


「あぁ……」


イエルは静かに目を閉じた。


その呼吸が落ち着いていくのを見届けながら、マリアスはナギを優しく抱き上げる。


「ナギ……ありがとう。ナギの祈念は、この世界を救う」


ナギは照れたように微笑み、マリアスの胸に顔を埋めた。



宮殿の外では、オルガがルカの頭を抱え上げ、必死に叫んでいた。


「エリカー! オルガだ! 聞こえるか、エリカーー!」


「オルガ……ダカラ、ソレワ、エリカニ聞コエナイ」


「ふん! でもお前、伝わるって言ったよな?」


「ココカラワ、サスガニ届カナイ」


「……そうか」


オルガはそのままルカを抱え、地面にどさりと腰を下ろす。


「早く伝えたい。この思いを……。マリアスは次の作戦、決めたのか?」


「ワカラナイ。デモ、オルガノ思イ……ルカノログニ記録。国境越エタラ、エリカヘ放テル」


「何だと……! よし、ルカ。今からオレの思いを全部記録しろ!」


「ウウ……」


それからしばらくの間、オルガは一方的に思いの丈を語り続けていた。


そのときだった。

オルガの背後に、ぞわりとした気配が走る。


――ルカを、こっちへよこせ


言葉ではない。

だが確かに、オルガの祈念核へと直接届いた。


「……!」


反射的に振り向く。

そこにいたのは、低く唸るヨウルだった。


「ヨウルか? ……今のは」


ヨウルの全身を覆う甲装が、バチバチと祈念波を放出している。


「……ただ受信を強めただけじゃねぇな。ヨウルの感情そのものを波形にして飛ばしてるのか……。カイ……やるじゃねぇか」


その隙に、ルカはオルガの腕からするりと抜け出し、ヨウルの元へと駆け寄っていく。

ヨウルは大きく身体を倒し、腹を見せる。

ルカはその周りをくるくると回り、じゃれつくように触れていく。

ひとしきり戯れたあと、ヨウルはそのまま立ち上がり、ルカとともに山の方へと駆けていった。


オルガは、祈りの塔の方角へと視線を向ける。


「まだ遠いな、エリカ。でももうすぐだ。必ずそこから助ける」


宮殿の階段に腰を下ろし、風を受ける。


背後から、足音が近づいてきた。

振り返るまでもなく、それが誰かはわかる。


「残念だった、オルガ。私の作戦ミスだ。すまない」


マリアスだった。


「いや……カイが戻ったとき、追ってきた敵ユニットを必要以上にぶち壊したのはオレだ。その直後だ。もっと警戒すべきだった。オレこそすまない」


マリアスはそのまま、オルガの隣に腰を下ろした。

わずかな沈黙ののち、静かに口を開く。


「オルガ……リゼルは死んだ」


「……そっか。殺ったのはラグスか」


拳を握りしめながらも、声は低く抑えられていた。


「いや……ノエルだ」


「ノエルが……」


オルガの視線が揺れる。


「まさか……リゼルは、ノエルも、オレたちも、みんな可愛がってくれてたのに」


「ラグスが、エリオ殺しの罪をリゼルになすりつけた。ノエルはそれを信じたんだ」


マリアスはわずかに視線を伏せ、続ける。


「エリオを殺したのもラグスだ。奴は身体に機構を纏っていた。現場に残っていたという油染みは奴の機構のものだろう」


「クッ……」


オルガの歯が軋む。


「マリアス……オレはどうやら、普通の祈念種とは違うらしい。胸が、やけに熱い……。これが……怒りか」


「……わかるよ、オルガ」


マリアスもまた、静かに目を閉じる。


「私の中にも、悲しみとは別のざわめきがある。押し込めても消えない……強い衝動だ。だが、それに呑まれてはいけない」


ゆっくりと目を開く。


「いずれにせよ、エリカを早く助けなければならない。ラグスは何をするかわからない。ノエルも……殺すと言っていた」

 

「……ノエルも? ラグス、奴の目的はなんだ」

 

その言葉が、重く落ちる。


「いずれにせよ、ノエルも救うことになる。いいな、オルガ」


オルガはしばらく何も言わなかった。

やがて、小さく息を吐く。


「……あぁ。わかってる」


「それと、塔から放たれたあの一閃。やったのはアネシアだ」


「アネシア? 目覚めているのか?」


「恐らく。エリカなら街ごと巻き込むようなやり方はしない。それに、完全にラグスを狙っていた。エリカは誰であろうと殺そうとはしない」


「……そうか」


二人はそれ以上言葉は交わさなかった。

遠く国境の向こう、エリカがいる祈り塔の方角を見つめる。


マリアスも赤い夕陽に照らされながら、静かに自身の傷を再生させていた。

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