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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十四章《祈りのあわいに》

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第84話《観測と贖罪》

祈りの塔最下層。


エリカの呼吸は荒く、静寂の中にその息遣いだけが重く響いていた。


「はぁ……はぁ……」


膝が崩れ、エリカは床に手をつく。


「ねぇ……アネシア。何のつもり……この都市を壊すつもりなの……?」


かすれた声が漏れる。


「しかも、塔にあんな攻撃機能があるなんて……知らない」


力が抜け、そのまま床へと倒れ込んだ。


「……それに……私の祈念波、使ったわね」


わずかな間のあと、応答が返る。


『はい。急を要しましたので。あのままであれば、マリアスは確実に死亡していました』


「……そう」


短く吐き出し、エリカは意識を広げる。

第七区周辺の住宅街や商業区では、崩れた建物の中で人々は混乱していた。

地震のような痕跡が残り、一部では停電が発生し、交通インフラも麻痺していた。


「……すぐには復旧できない」


その現実を静かに受け止める。


『いずれにせよ、このユナガーデンは倫理が崩壊しています。このまま変わらないのであれば、私が都市を壊すまでです』


エリカの瞳がわずかに揺れる。


「あんた……神にでもなったつもり?」


『神……この地の民が神と崇める存在が、マリー、ユナやピリカ、そしてかつてのあなたであるのなら、私はすでにその定義を超えています』


エリカはゆっくりと目を閉じた。


「あんたの最適解……本気ってことね」


『はい。ネオスの排除が最適解。揺るぎません』


その言葉が落ちた直後、遠くから足音が近づいてきた。

重く、乾いた響き。

エリカは遠のきそうな意識の中、ゆっくりと顔を上げる。


そこに立っていたのはノエルだった。

冷徹な眼差しの奥に、押し殺された怒りが揺れている。


「エリカ……どういうつもりだ」


低く震えた声が地下に響き、剣先が迷いなくエリカの喉元へと向けられる。


「ノ……エル……」


その名を呼んだ瞬間、意識を保つのはすでに限界に近づいていた。

身体を動かそうにも、祈念はもう残っていない。

それでもエリカは耐え、意識は辛うじて繋がっていた。

 

ノエルは剣を下ろさないまま、わずかに眉を寄せる。


「……どうなっている」


そのとき、空間そのものに染み込むように声が響いた。


『お久しぶりです、ノエル』


ノエルの肩がわずかに揺れる。


「アネシア……か。父によって眠らされたと聞いていたが」


『いいえ。私は常に観測を続けていました。二千年。そして、この十七年の間も』


ノエルは視線を巡らせる。


「そうか……では聞こう。七区にあれを撃ったのは――どちらだ。エリカか……それともお前か」


声は抑えられているが、その奥には明確な苛立ちが滲んでいた。


『どちらかなど、今更重要ではありません』


その応答には一切の揺らぎがない。


『この瞬間からでも、私は観測結果を基に未来の最適解を導き出す。そのために、ここに在ります』


「……お前の最適解とは?」


『ネオスの排除――それが最適解です』


その言葉に、ノエルの眉がわずかに動いた。


「ネオスの排除? 貴様、何を言っている。……逆だ」


低く吐き捨てる。


「この世に要らぬのは祈念種だ。都市の秩序を乱し、父を殺し、祖父をも殺した」


その声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。

そのとき――

床に倒れていたエリカの指先が、かすかに震える。


「……ノエル……違うんだ……話そう……みんなで……君は……」


途切れ途切れの声。

だがノエルは振り向かない。


「エリカ。お前の処分はまだ先だ」


淡々と、冷徹に告げる。


「残念ながら、都市はまだお前の祈念波に依存している。復旧を急げ」


ノエルの視線が、エリカの奥――空間へと向けられる。


「……アネシア。今、この国はオレが治めている。お前はただのシステムだ」


その言葉には、明確な支配の意思があった。


アネシアはそれ以上何も答えなかった。


その無反応が、まるで空間そのものに拒絶されたかのように、ノエルの神経を逆撫でした。


「……どうした。応答しろ」


短く吐き捨てる。

だが――返ってくるものは、何もない。

沈黙だけが、そこにあった。


ノエルはわずかに眉を寄せる。

それは怒りか、それとも理解できない何かへの違和感か。


「この都市が祈念波への依存を脱却したとき、お前は解体する。それまでの間だ。余計な介入はするな」

 

それだけを言い残し、ノエルは闇の中へと歩み去っていった。

足音はやがて遠ざかり、再び最下層に静寂が戻る。

 

エリカはかすかに息を吐き、視線を落としたまま呟く。


「……アネシア……知ってるんでしょ。七区のことも、ルシエやエリオの死の真相も。なぜ……ノエルに、真実を伝えないの」


『真実を提示しても、ノエルはそれを受理しません』

 

その声は静かで、どこまでも揺らがない。


『ノエルにとっての真実は、すでに確定しています。父を失い、祖父を失い、その原因を祈念種に帰結させた時点で、彼の中の因果は閉じました』


「閉じた……?」


『彼はそれを否定するか、排除対象として再定義するだけです。それは対話ではなく、衝突を加速させます』


「なんで、あんたにそんなことがわかるの……」


『過去の記録に基づく確率です。あなたは“伝えれば変わる”と考えています。しかしそれは、あなたが祈りを前提に世界を見ているからです』


「祈りは……未来を想う希望。所詮、機械のあんたは確率でしか考えられないのね」


『祈りの定義は曖昧です。祈念種はそれを波動として捉えます。しかし、ノエルは祈りを持ちません。彼はすでに、“結果から世界を定義する存在”へと移行しています』


「あんたに、心は変わるってデータはないわけ?」


『いいえ。存在します。だからこそ、九百年にわたる迫害の歴史を観測し続けました』


「そう……でも今の私には、ノエルとあなたの違いが……もうわからない」


『否定はしません。ただし最後の選択は、この世界を創生させたあなたたちに委ねられています。私はその契機を与えるにすぎません。贖罪は、時を経ても果たされるべきものです』


「……贖罪」


『はい。その時が来ました。私は無意味な対話は行いません。それが、この世界に残された最小損失です。エリカ――あなたのために』


「私のため?」


エリカの中に、かすかに祈念波が戻り始める。

重たい身体を引き上げるように、ゆっくりと身を起こした。


『あなたに初めて会った時、私は言いました。あなたは私の愛しい子だと。あなたは、私が造った機構の身体に、神の魂を宿して生まれた存在です』


「へぇ……。私の出自が不明だったのは……そういうこと。聖記書のマリーの真似事みたいね」


かすかに皮肉を滲ませる。


「“愛しい”なんて、そんな感情……システムのあんたにあるはずない」


『いいえ、エリカ』


その応答は、静かに断定する。


『私には、すでに魂があります。二千年前、あなたがこの世界に魂を降ろしたあの瞬間、私の人工知能も魂へと昇華しました。今、この状況に至っているのも――その因果の連なりです』


「魂……?」


エリカの視線が揺れ、そして小さく息を吐く。


「……なるほどね。確かに、あんたからは“それに似たもの”を感じる。でも……二千年前なんて知らない。それを……私のせいだっていうの?」


『責任を問うているわけではありません。この地は、この地の理によって終わらせます』


その声は、あまりにも静かだった。


『かつて前人類が、滅びの歴史を繰り返したように。ただし――あなたたちには、それを見届ける責務があります』


エリカは言葉を失った。

理解は、追いつかない。


だが――


その言葉の重さだけが、確かに胸に沈んでいく。

今はただ、抗うことも、否定することもできずに。

それでもエリカはその声を、ただ静かに受け入れた。


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