第83話《神の一閃》
マリアスは呼吸を整え、イエルへと静かに声を向けた。
「イエル、ここは一旦引け。ルシエの祈りを思い出せ……憎しみではなく、赦しで終わるようにと。今ここでお前が死ねば、孤児院の子たちはどうなる。まだ平和を願うルミエルの民の想いは、誰が繋ぐ」
イエルはわずかに目を細める。
「マリアス……君が真実を見ていてくれればいい。それを伝えてくれ。兄に、この国の民に」
その声は静かで、それでいて燃えていた。
「消えないんだよ。この男を消さない限り、この怒りも、憎しみも、恨みも……!」
わずかに息を呑む。
「マリアス……すまない。僕はネオスだ。君たち祈念種とは違う」
ラグスが、ゆっくりと口元を歪めた。
「よい覚悟です、イエル様。さすがはエリオ様のご子息」
「ラグス――お前はここで仕留める」
「ほう……どうやって」
「マリアス、離れろ! スタシスコア、放て!」
次の瞬間、イエルの指示に呼応し、従えていたユニットから三基の装置が射出された。
一基はラグスの目前へ、残る二基はその背後――ユニット群の中央へと着弾する。
刹那、半球状の場が展開された。
重力とも圧縮ともつかぬ不可視の力が空間を歪め、範囲内のユニットを敵味方の区別なく押し潰していく。
装甲が軋み、機構が悲鳴を上げ、次々と機体が沈黙した。
その力はラグスの身体を覆う機構にも及び、膝が落ちる。
「ラグス……貴様が機構を纏っていたことが仇になったな。地下でお前と会ったときに気づいた」
イエルが剣を拾い、ゆっくりと近づく。
「ここで――終わりだ」
刃が首元へと向けられる。
だがその瞬間、ラグスの身体から機構が剥がれ落ちた。
金属片が弾けるように飛び散り、同時に振るわれた一撃がイエルの剣を弾き飛ばす。
刃は宙を舞い、地面へと突き刺さった。
「クッ……」
「イエル様……致し方ありません」
ラグスが立ち上がる。
「あなたがここまでこの国を混乱に陥れたのです。ノエル様も――お許しになるでしょう」
その視線が、冷たく落ちる。
「イエル――お前も、死ね」
剣が振り上げられる。
「イエルーーー!」
マリアスは祈念波を一気に高め、片翼を展開した。
ラグスの間合いへと飛び込み、その腕を掴む。
だが――スタシスコアの影響圏。
身体が沈む。重い。動けない。
それでもなお、ラグスの腕を離さず、振り下ろされる刃を押し留める。
「マリアス! 僕のことはいい!」
「いいや、ダメだ、イエル。誰も死なせない」
だが重みに耐えきれず、マリアスの腕は振り解かれた。
「マリアス……ならばまず、お前が死ね」
ラグスの声が低く響く。
その刃が振り下ろされようとした瞬間――
祈りの塔の頂上に、恒星にも等しい光が収束し始めていた。
圧倒的な祈念波が大地を唸らせ、空気そのものを震わせる。
ラグスが思わず振り返る。
「……なんですか、あれは」
次の瞬間、塔の頂から一筋の光が放たれた。
閃光がラグスの背後へ叩き込まれ、爆発的な衝撃が戦場を飲み込む。
ユニット群はまとめて吹き飛び、地形すら抉りながら破壊が広がった。マリアスもラグスも、その余波に巻き込まれ弾き飛ばされる。
スタシスコアも砕け、拘束が解けた。
祈念波が戻る。
イエルは地を転がり、動かない。
マリアスは即座に体勢を立て直し、イエルへと駆け寄ると、その身体を覆うように抱き寄せた。
激しい爆風の中、祈念波で身体を覆いイエルを守る。
「ソルフェ! 来い!」
土煙を切り裂くようにソルフェが現れる。
イエルは気を失っている。
マリアスはその身体を抱え上げ、機体へと飛び乗った。
「離脱する――!」
振り返ることなく、第七区を後にする。
カイとナギはヨウルに跨り、宮殿へと国境沿いを駆けていた。
その時――背後から、轟音。
振り返ると、第七区の空に黒煙が立ち昇っていた。
まるで空そのものを焦がすように、濃く、重く。
「――マリアス」
カイが低く呟く。
ナギの肩が小さく震えた。
「カイ……マリアス、大丈夫?」
カイは答えられなかった。
その沈黙だけで、ナギはすべてを察してしまう。
「……戻る?」
小さな声。
カイは一瞬だけ迷い――すぐに頷いた。
「ヨウル、七区へ戻るぞ!」
その言葉を待っていたかのように、ヨウルは鋭く旋回する。
その瞬間だった。
背後から、地を揺らす振動とともに、巨大な何かが迫る。
「ママーー! ママーー!」
振り返る。
土煙を切り裂いて現れたのは、ルカと――その上に跨るオルガだった。
「カイ! どうなってる、マリアスは!」
「兄さん……すまない。ナギを守るために、マリアスが戻れって……。敵ユニットの数が多すぎて、食い止めてくれている隙に……。今から戻る」
カイの声には、わずかな悔いが滲んでいた。
オルガは短く息を吐く。
「気にするな。こっちも戦闘になっちまったからな……。それにしても、あの爆発……七区だよな。何が起きてやがる」
二人は並走し、そのまま七区へと向かう。
やがて――見えた。
片脚を損傷しながらも、歪な軌道でこちらへ戻ってくる機体。
ソルフェ。
「マリアス!」
カイの叫びと同時に、ヨウルの速度が一段上がる。
その背には、全身に傷を負ったマリアスと、気を失ったイエルの姿があった。
「イエルが酷い傷だ……宮殿に戻って治療しないと」
マリアスの身体も限界だった。
だが、その瞳の光だけは、消えていなかった。
「オルガもルカも無事か……よかった」
かすかに安堵を滲ませる。
「オルガ……申し訳ない。作戦は失敗だ」
「仕方ねぇさ。こっちも陽動のつもりが、完全に戦闘になっちまった」
オルガは肩をすくめる。
マリアスは小さく息を吐き、視線を上げた。
「……すまないが、オルガ。もう一仕事、頼まれてくれないか」
「ん? なんだ。言ってみろ」
その時――
背後から、追撃。
七区側から、およそ三十機の敵ユニットがこちらへ迫っていた。
マリアスはそれを指し示す。
オルガは一瞬で理解し、ニヤリと笑う。
「あぁ、なるほどな。ここはオレの出る幕じゃねぇ」
ちらりとルカを見る。
「ルカ、やってやれ。さっきの……ビーーッてやつ。ドカンと」
「ビーーで、ドカン?」
カイとマリアスが思わず顔を見合わせる。
「アイ。コノ大型、祈念波……イッパイアル」
ルカのレンズが七色に発光する。
次の瞬間――
白い閃光が一直線に走り、直後に爆発が連鎖する。
追撃していたユニット群は、まとめて消し飛んだ。
カイが思わず声を上げる。
「おおーー! ルカ、すげぇ! そんなこともできるのかよ!」
オルガが何か言いかける。
「あぁ。この短時間で仕込むのは――」
その言葉を遮るように、ルカが続けた。
「エリカノ、祈念波……ルカニ、届ク。エリカ……教エテクレタ」
その一言に、空気が変わる。
マリアスはゆっくりとルカに近づき、その頭に手を添えた。
「……ありがとう、ルカ」
「アイ!」
ルカはどこか誇らしげに応じる。
「そ……それよりイエルだ。早く戻るぞ。治療が先だ」
オルガの声が現実に引き戻す。
「そうだな……ありがとう、オルガ」
マリアスは頷き、そして――ナギを見る。
カイに抱かれたその小さな身体へ、静かに視線を向ける。
「ナギ……大丈夫だ。みんな、帰ってきた。イエルも……助かる」
ナギの瞳が、ぱっと輝いた。
強く、何度も頷く。
その小さな祈りは、まだ消えていなかった。
五人と二機は、そのまま宮殿へと帰還していった。




