第82話《引けぬ者たち》
ラグスは、マリアスの足先から頭頂まで、なぞるように視線を這わせた。
「ほう……見事に成長されましたな、女王陛下。ミデアでありながらその祈念波……やはり尋常ではない」
「ラグス。第七区の暴動事件……いや、虐殺事件。お前がここで何をしたのかは、すでに知っている」
マリアスの声は低く、揺らがない。
ラグスの口元が、わずかに歪む。
「ほう。それで――マリアス。あなたは何をしに、ここで戦っているのですか?」
一歩、間を詰める。
その声音には、明確な嘲りが滲んでいた。
「これこそ、まさに祈念種による“暴動事件”ではありませんか。十七年前の偽りが本物になる……実に都合がよろしい。感謝いたしますよ、マリアス」
マリアスは一切表情を変えない。
「それでいい。過程ではなく、今は結果がすべてだ。エリカの解放。そして、祈りの塔の奪還」
マリアスは一歩踏み出し、剣先をわずかに持ち上げる。
「ラグス――そこを退く気は……ないだろうな」
「よくお分かりで」
その言葉の直後、ラグスは抜刀し、迷いなくマリアスへと振り下ろした。
マリアスはそれを剣で受け止め、すぐに間合いを取る。
だが次の瞬間、ラグスの横蹴りがマリアスの腹を正確に捉えた。
衝撃に体が浮き、マリアスは転がるように地を滑るが、すぐに体勢を立て直す。
「マリアス……無魂のユニットは斬れても、人は斬れませぬか?」
ラグスは嘲るように言う。
「死にますよ、マリアス。私を殺す気で来なければ」
マリアスはわずかに戸惑っていた。
祈念種は身体に機構を宿し、祈念波そのものを武器とする。
本来であれば、生身のネオスを遥かに上回る戦闘能力を持つはずだった。
だが――
ラグスは、そのマリアスすら圧する強さを持っていた。
「ラグス」
マリアスは静かに呼ぶ。
「争いは望んではいない! そしてお前を傷つけたくもない。私たちは、対話で済むのならそれを望んでいる。ノエルに会わせろ」
ラグスは、ゆっくりと口元を歪めた。
「ちょうどいい。ノエル様も、あなたを捕え目の前に連れてこいとの命を受けております」
一歩、踏み出す。
「ただ……余計なことを喋られても困るのでね」
刹那――剣閃が走る。
「その前に、喋れぬよう喉を切り裂きましょう!」
ラグスの刃がマリアスの喉元を掠める。
紙一重で回避するマリアス。
「……仕方ない」
わずかに息を整え、目を細める。
「私は殺さない。だが――その右腕、落とさせてもらう!」
片翼を展開し、一瞬で間合いを詰める。
そのままラグスの右腕めがけて剣を振り下ろした。
だがラグスは避けない。
その一撃を、右腕で受け止めた。
鈍い金属音。
火花が散る。
「……!」
マリアスの瞳が見開かれる。
――機構……!?
「貴様……何者だ! ミデアか!?」
「いいえ」
ラグスは静かに笑う。
「汚い祈念種と一緒にしていただいては困ります」
わずかに腕を振るい、剣を弾く。
「私はネオスですよ。機構を纏っているのです」
その声音には、わずかな愉悦が滲んでいた。
「まあ……この程度はしておかないと、さすがの私でもあなたとは渡り合えませんので」
マリアスは一瞬で最善を組み立てる。
ラグスを相手に、なおかつ生かして勝つ――それはもはや不可能。
仮にここで討ち取ったとしても、それは新たな争いの火種にしかならない。
「ソルフェ!」
呼応するように、鳥型の移動ユニットが即座にマリアスのもとへ駆け寄る。
――ここは、一度引く。
同時に祈念波を解放し、旧式ユニット群をラグスの前へ展開させた。
円陣が形成され、進路を塞ぐ。
その隙に、マリアスはソルフェへと飛び乗り、後退に移る。
直後、ユニット群同士が再び激突し、戦場は爆音と閃光に包まれた。
「走れ、ソルフェ!」
祈念波を纏った機体が一気に加速する。
だが――
ラグスはユニットの壁を軽々と飛び越えた。
ふくらはぎの機構が発火し、地を抉るような加速。
次の瞬間には、すでにマリアスの背後へと回り込んでいた。
「――早い!」
振り返る間もなく、ラグスが跳躍する。
剣先は一直線にマリアスへ。
マリアスは即座に左手を掲げた。
接触の瞬間、左腕に集束した祈念波を解放する。
自身の腕ごと吹き飛ばす覚悟だった。
それでもいい。
ここで退けなければ、すべてが終わる。
左腕が発光し、祈念波が掌へと収束していく。
「ラグス――ここでお前が死ぬのであれば、それはお前の運命だ。その命を奪う罪も私が引き受ける」
その瞬間――
ラグスの背中が、突如として爆ぜた。
衝撃に弾き飛ばされ、そのまま地面を何度も転がり、ようやく静止する。
「……何が起きた?」
マリアスはまだ、祈念波を放っていない。
ソルフェを制止し、土煙の向こうへと視線を向ける。
そこには――
数十機のユニットを従えたイエルの姿があった。
移動ユニットに跨り、そのまま一直線に突撃してくる。
背後のユニット群からは、火線を放った直後の煙が立ち上っていた。
「イエル! 無事だったか!」
だが、その声は届かない。
イエルは機体から飛び降り、そのまま剣を抜いてラグスへと駆け出す。
「ラグスーーーー!」
その表情は、明らかに理性を失っていた。
ラグスは煙を上げながらゆっくりと立ち上がる。
そして――
二人の剣が激突した。
「イエル! 君じゃ勝てない!」
マリアスは即座に引き返し、援護へと回ろうとする。
だが――間に合わない。
次の瞬間、イエルは地面へと叩きつけられ、その首元にラグスの剣先が突きつけられていた。
「イエル様……痛いではありませんか。先程……次は斬ると、申し上げましたよね?」
ラグスの身体から、撃たれた煙が立ち上る。
その声音はかろうじて抑えられているが、奥底では怒りが軋んでいた。
「やればいい」
イエルは睨み返す。
「見ているぞ――ルミエルの神……エリカが」
その背後で、従えてきたユニットのレンズが一斉に赤く灯る。
ラグスの損傷した機構からは、油が滴り落ちていた。
「……そうか、ラグス」
イエルの声が低く沈む。
「お前は父、ルシエだけじゃない……祖父、エリオを暗殺したのも貴様か」
ラグスは小さく息を吐いた。
わずかに肩をすくめる。
「ふぅ……これは失礼を。私としたことが、一瞬冷静さを欠きました。さすがはイエル様――その通りでございます」
「やはりそうか……。兄は、なぜリゼルを殺した」
「この際なのでお答えします。リゼルが祈念種を地下に入れた際に、エリオ様を殺害したのもリゼルであると、ノエル様にお伝えいたしました」
「ラグス……。なんてことを……。それで次は、僕をも殺す……。そして兄さんも殺す気か」
イエルの瞳が燃える。
ラグスは迷いなく答えた。
「ご察しがよろしい。ノエル様も、不要となれば――」
「貴様ぁぁぁ!」
怒号とともに、イエルが剣を振り払う。
その勢いのまま、立ち上がった。
マリアスは動けなかった。
ラグスの間合いの内側に、すでにイエルはいる。
ここで飛び込んでも、間に合わない。
その一瞬の差でラグスの剣が、イエルを貫く未来がはっきりと見えていた。




