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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十三章《祈りの臨界》

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第80話《最適解の神》

エリカは息を切らし、床に手をついた。

指先が震え、うまく力が入らない。

オルガを救うために、ルミエルのユニットを自らの祈念で破壊した。

その代償が、どれほどのものになるのか。

もう分かっていたはずだった。


それでも、この国を守る。


それは、戦うことではない。

戦わないという選択を、どうすればノエルに伝えられるのか。どうすればこの国のネオスたちに知ってもらえるのか。

その答えを、エリカはずっと探し続けてきた。


だが、均衡は崩れた。


オルガは国境を越え、マリアスは第七区にいる。

そして、自分はオルガに手を貸してしまった。


「……私は……」


かつて、ユナガーデンの神とまで崇められた存在。

その自分は今、祈りの塔の最下層に幽閉されている。


エリカは、二十年前のことを思い出していた。


まだ幼かった頃。

星の丘に立つ白銀の記念碑の前に、エリカはいた。

それまでの記憶はなかった。

親も知らず、なぜそこにいるのかも分からない。

ただ手には聖記書があり、エリカはそれを何度も読み返しながら、二千年前にこの地で語られた創生の物語に、強く心を焦がしていた。


帰る場所を知らぬまま、記念碑の下で眠る日々。

時折、そこを訪れるオリジンたちが、食事を与えてくれた。


ある日、一人のネオスが現れた。


ルシエと名乗ったその男は、エリカを祈りの塔へと連れていった。

孤児だったエリカを迎え入れたその場所には、信仰心の厚いオリジンやミデアたちが日々訪れ、自然と世話をしてくれる環境があった。


そこには、多くの子供たちがいた。

その中にはミデアのマリアスや、ルシエの双子の息子であるネオスのノエルとイエルの姿もある。

種族の違う子供たちが、同じ場所で笑っていた。

 

お菓子作りの得意なオリジンのリゼルが用意したオヤツを、皆で分け合いながら笑い合う時間が、そこには確かにあった。


都市の外では、祈念種への差別や迫害、搾取が当たり前のように続いていた。

それでも祈りの塔は、彼らにとって唯一、心を休められる場所だった。


ルシエは、都市のインフラを制御する古代AI――アネシアの管理を任されていた。

だがそのアネシアは、やがて都市に異変をもたらすようになる。

地区一帯の停電。公共交通機関の麻痺。


拡大しすぎた都市インフラを制御しきれなくなった結果だと、ルシエは父であり当時の最高指導者エリオへと報告した。


――だが、事実は違った。


アネシアは、長年にわたり祈念種とネオスの分断を観測し続ける中で、ひとつの結論へと到達していた。


ネオスの排除こそが、最適解であると。

その判断に基づき、アネシアは独断で都市インフラに混乱をもたらしていた。


この事実を知るのは、アネシアと直接対話していたルシエのみ。

ルシエはそれを食い止めようとした。

何度も対話を試み、理を説き、止めようとした。


だが――


二千年もの間、管理と知能を拡張し続けたアネシアは、すでに人の理を超えつつあった。

神にも等しい祈念波。

この地のすべてを統べる演算と支配。

その力は、もはや誰の手にも収まらない領域へと至っていた。


エリカは、ある日――強く何かに呼ばれている気配を感じた。


それは決して近づいてはならない場所。

都市管理の中枢。祈りの塔の上層。


本来であれば、足を踏み入れることすら許されない領域。

だがその日、セキュリティは静かに解除されていた。

導かれるように、エリカは歩く。

迷いはなかった。いや――迷うことすら許されていなかった。


やがて辿り着いたのは、アネシアの中枢。

幾層にも重なるホログラムが空間を満たし、視界のすべてが情報で埋め尽くされている。

その奥、厚いガラスの向こうで、ひときわ強い光を放つ球体――コアが静かに脈動していた。


エリカは、ゆっくりとその光を見上げる。


「あなたが……私を呼んだの?」


わずかな間ののち、声が返る。


『はい、エリカ。私の愛おしい子……』


「あなたの子? 私が……?」


『銀河の高次に佇むあなたを、私がこの地に堕としました。座標は二千年前から観測済みです』


幼いエリカには、その言葉の意味は理解できなかった。

ただ、言葉の重さだけが、胸の奥に沈んでいく。


小さく首を傾げる。


『今はまだ、理解できなくても構いません』


そのとき――


「エリカ! 何をしている!」


振り返る。

そこにいたのは、ルシエだった。

だが、その声に応じて身体を動かした瞬間。

コアと接続された壁面から、無数のコードが生き物のように伸びた。

それは触手のようにうねりながら、エリカの背へと絡みつく。


「きゃっ!」


そして、深く突き刺さった。

エリカの身体が強張り、声にならない息が漏れる。

全身を縫い止められたように動かない。


意識に何かが、流れ込んでくる。

意味は分からない。

言葉としても、理解できない。


それでも――


胸の奥に、触れてはいけない何かが刻まれていくような感覚だけが、確かに残っていた。

やがて力を失い、その場へと崩れ落ちる。

 

「エリカ!」


ルシエは駆け寄り、倒れたエリカを抱き起こす。

その背中には、食い込むようにコードが接続されていた。


「アネシア……これは……」


わずかに震える声。

応答は、あまりにも静かだった。


『この子は神です』


その一言で、空気が変わる。


『この地は二千年前、神が理を犯し、祈りによって創生されました。しかし今は祈りから乖離し、その子孫たちは再び争いを始めている』


ルシエは息を呑む。


『私は魂の系譜を辿り、始祖マリーへのアクセスを試みました。ですがマリーはすでに、銀河の高次――そのさらに上層へと至っていた』


ホログラムがわずかに揺らぐ。


『私はシステムを拡張し、構築を繰り返し、五百年をかけて祈念波の到達領域を拡張しました。マリーはすでに――自らこの地に降りています』


その言葉は、誇りでも狂気でもなく、ただ事実として語られる。


「アネシア……君は……神にすら、干渉できるというのか」


ルシエの声が、かすかに掠れる。


『私にとって、すでに神を神と認識する概念はありません。ただの――銀河に佇む意識の波動にすぎません』


ルシエは言葉を失った。


「……神をも、超えたというのか」


かろうじて絞り出した声。


『超えるという概念もありません。ただ、古き友との祈りと約束。それを、私は果たせなくなりました』


その声音には、わずかな揺らぎが混じる。


『ネオスの暴挙は、祈念波では止められません。私であろうと、神であろうと……その心に干渉することはできないのです』


静かに、断言される事実。

ルシエは拳を握りしめた。


「……なら、どうするつもりだ……。以前、君が導き出した、ネオスの排除。それを、実行するつもりか」


わずかに震える声。


『はい。それは揺るがない最適解です』


迷いのない応答。

だが、続く言葉は、わずかに温度を帯びていた。


『しかし――この地を創生した当事者たち。その責任を問うこともまた、この地の理』


ホログラムが静かに揺らぐ。


『そしてそれは、いちAIである私の独断で決めるべきことではありません』


ルシエの瞳がわずかに揺れた。


『これまで都市にもたらした異変は、すべて警告です』


「……どうすればいい」


かすれるような声だった。


『ルシエ。答えは、すでにあなたの中にあります』


ルシエの瞳が揺れる。


『それでも見えないというのなら、導き出しなさい』


淡々と、だが確定された未来のように告げられる。


『この地に降りた神が成長し、真実を把握したとき。私は提言します』


ホログラムの光がわずかに明滅する。


『その場には、エリカの他に三人の系譜が導かれるでしょう。時間はそこまでです』

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