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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十三章《祈りの臨界》

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第77話《炎の記憶》

祈りの塔の最下層。

エリカは変わらず祈念波を巡らせ、都市を維持していた。だがその瞳の輝きは翳り、いつしか祈りは意志ではなく、ただ繰り返される無心の作業へと変わっていた。


「中央六区、ユニット損傷……また壊された……破壊確認。中央二区、送電システム六番機……受信板損傷。予備に切替……完了」


囁きに近い声が、暗い空間にかすかに反響する。

感情の削げ落ちたその響きは、もはや誰かの声というより、機構の一部のようだった。


その時、国境のユニットから緊急アラートが発せられる。

国境の向こうに、整然と並ぶユニット群の隊列。


「――オルガ? 何をしている」


わずかに揺れた声に、かすかな人の色が戻る。


次の瞬間、奥の闇から足音が近づいてきた。

湿った空気を踏みしめるような静かな音が、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。


エリカは顔を上げた。


目の前に立っていたのは――かつて少年だった面影を残す青年。


「――イエル?……なぜここに」


「エリカ……久しぶりだね。元気……そうではないな」


低く抑えた声だった。

だがそこには、確かにあの頃の温もりが残っていた。


エリカは小さく息を呑む。

長い時の隔たりが、一瞬で胸に押し寄せる。

あの日別れた少年が、もうこんなにも大人になっている。


エリカは手を伸ばしかけ、けれど触れることをためらい、ただ微笑もうとした。


「あぁ……そうだね。君も大きくなった。……無事でよかった」


イエルは短く頷き、視線を伏せる。

言葉にできない時間が、沈黙となってふたりの間に落ちた。


「……すまない。なかなか来れなかった」


「仕方ないさ。君は国の中枢から外されている身だ。ここは危険だ、長居はしちゃダメだ。どうして来た?」


「どうしてって。もう話さなきゃならないことが多すぎて。まず……リゼルがいなくなった。……エリカ、君なら何か知っているかと思って」


エリカの肩がかすかに震える。

瞳が揺れ、言葉を探すように唇が動いた。


「すまない、イエル……リゼルは殺された。ノエルに……私のせいなんだ。本当に……すまない……」


その瞬間、イエルの瞳が大きく見開かれる。

エリカの頬を伝う涙が、静かな光の中でゆっくりと落ちた。


「……殺された? 兄さんが……どうして!」


怒りが、声の奥で燃え上がる。

その瞬間――背後の空気が、わずかに歪んだ。


「――エリカ様が汚らわしい祈念種の子をここに入れたからですよ。リゼルを使って」


低く落ちる声。

振り返ったイエルの目に映ったのは、暗がりから姿を現すラグスだった。


「いけませぬな、イエル様。あなたとてここに足を踏み入れてはいけないはずですよ」


ラグスの姿を見た瞬間、イエルの表情が鬼の形相に歪む。

その奥で、記憶が弾けた。


金属の擦れる音。血の匂い。燃え広がる炎。

崩れ落ちる建物と、途切れぬ悲鳴。闇の中で振り下ろされる刃と、父ルシエの叫び。

血飛沫が夜空に散り、幼いイエルの瞳に焼きついた光景は、今もなお消えてはいない。


「――ラグス! 貴様っ!」


イエルは腰の柄に手をかけ、鋭く剣を抜いた。

研ぎ澄まされた太刀筋が暗がりに白く走る。


ラグスも刃を抜き、間合い一つで衝突する。

刃が火花を散らし、金属の短い悲鳴が壁に跳ね返った。


「ほぅ、イエル様。なかなかの腕前です」


ラグスは皮肉混じりに呟き、そのまま力で押し返す。

勢いに耐えきれず、イエルは弾かれるように飛ばされ、エリカの目前で膝をついた。


「――イエル! 大丈夫か?」


エリカの声は届かない。

怒りに火がついたイエルは、立ち上がると再びラグスめがけて突進した。


「よくも父上を……!」


震える声に、抑えきれない感情が宿る。


「おやおや、それはここでの“禁句”ですよ、イエル様」


ラグスは受け流し、刃を絡めたまま囁く。


「あなたが生きておられることは、私にとって実に都合が悪い。あれは――あなたの祖父、エリオ様の命令でした。私は命を受けただけに過ぎません。私を恨まれるのは筋違いとも言えますな」


イエルの瞳が激しく揺れる。だが次の瞬間には、怒りがそれを塗り潰していた。


「言い訳など聞きたくない! たとえ命令があっても、手を下したのはお前だ。僕の目の前で、父上を――!」


ラグスは一歩も引かず、静かに言葉を返す。


「心情はお察ししますよ、イエル様。しかし現実は情で動くものではない。ノエル様は真実を知らぬまま統治している。もし彼にすべてを告げれば、連邦は内に裂ける。民は動揺し、国は瓦解するでしょう。……それを、あなたは望みますか?」


その声音には、わずかに愉悦が滲んでいた。


イエルの剣先がぶるりと震える。


「望むかって? 望むわけないだろう! だが、父の血の意味をこの国が忘れるのを――許すつもりもない!」


ラグスは薄く笑った。


「祈念種を悪者に仕立てることで、民衆の結束は保たれている。あなたの存在は、その秩序を壊す真実そのものだ。……やはりここで消えていただくのが最も都合がいい」


空気が張りつめる。


その刹那――


「黙れぇぇぇっ!」


イエルは再び飛びかかった。

怒りと涙を乗せた一撃が、閃光のように走る。


だがラグスはそれを受け止め、間髪入れずに強烈な膝蹴りを腹に叩き込んだ。


「――ッ!」


イエルは息を詰まらせ、膝をつく。

石床の冷たさが、容赦なく現実を突きつけてくる。


ラグスの刃が、首筋へとすくい上がる。

冷たい先端が、静かに肌を押した。


「――ラグス! やめろ!」


エリカの叫びが響く。


ラグスはわずかに目を細めると、刀を鞘へ戻した。


「私も無闇に人を斬るつもりはありません。……が、警告はしました。次にここへ近づけば、同じ結末を招きますよ、イエル様」


イエルは首筋の血を押さえながら、震える声で言う。


「……兄に会わせてくれ」


「叶いませぬ。それでは面倒が増える」


短く、冷たい拒絶。


イエルは唇を噛み、血が顎を伝った。


「あなたは今、常時監視下にある。次は――本当に斬りますよ。その首を。……あの夜のように」


「それ以上は言うな!」


イエルはよろめきながら立ち上がる。


「エリカ……すまない。まだ希望はある」


そう言い残し、震える足で闇へと消えていった。


エリカは何もできなかった。

ただその背を見つめ、声にならないまま涙を流す。


伸ばしかけた指は宙を掴み、冷たい床を押さえたまま、どうしようもない苛立ちと哀しみが胸を締めつける。


イエルの背後に、小型監視ユニットが一定の距離を保ちながら追従していった。


「ところでエリカ様、七区からまたあのミデアの少年が入国したようですな。大きな獣に乗っていた。見つけ次第、排除します」


ラグスはそれだけを告げ、闇へと戻っていく。


――カイが。


その名を思った瞬間、エリカの胸に小さな灯火が生まれた。

冷たい機構の中に閉じ込められたまま、それでも消えない、微かな光。


国境にはオルガが現れ、イエルもここに来た。

ならば――きっと何かが変わる。


そう信じたい。


この国を守るために。

そして――祈りを、取り戻すために。

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