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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十三章《祈りの臨界》

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第76話《亡霊の戦場》

決行日当日。


カイはヨウルに跨った。

甲装で強化されたヨウルは、低く唸るように身を起こす。

次の瞬間、地を蹴り風のように宮殿前を駆け抜けた。


「よし、いいぞヨウル! 右だ――次は、あの塀を越えてみて!」


祈念の受信盤がカイの思考を捉え、ヨウルはそれに応えるように軌道を変え、跳躍する。

重力をものともせず、軽々と塀を越えた。

 

一度止まり、カイはその頭を撫でる。


「いいぞヨウル。君は本当にすごい」


ヨウルは何も言わず、ただ尾を大きく振った。


マリアスが手をかざす。

応じるように、白い機体が静かに歩み出た。


二本の脚で大地を捉えるその姿は、まるで大きな鳥のようだった。

細くしなやかな脚と、白と金に輝く装甲が、朝の光を受けて静かにきらめく。


「この子はソルフェ。行こう、ナギ」


マリアスはナギを抱き上げ、その背に乗る。


「カイ、出発だ」


次の瞬間――

機体は音もなく地を蹴り、軽やかに跳ねるように駆け出した。

後を追うように、ヨウルも走る。


国境沿いを北上し、ルミエル第七区へ。

やがて森へと入り、木漏れ日が三人を淡く照らした。


枝を避け、幹を蹴り、機体は跳ねるように前へ進む。

ナギはその風を受け、無邪気にはしゃぐ。


「マリアス、早ーい! カーイー! 着いてきてー!」


「よし、ヨウル、追いつくぞ」


カイの祈念波を受け、ヨウルの甲装が淡く光を帯びる。

ヨウルは木から木へと飛び移り、やがてマリアスたちと並走した。


「マリアスー、抜かれちゃうよ」


「競争じゃないの、ナギ。これ以上スピードを上げると、あなたが危険なのよ」


ナギは少しだけ頬を膨らませる。


その様子を見たカイは速度を落とし、マリアスの後ろへとついた。


「あら、カイ。優しいのね」


マリアスはナギの髪を風から守るようにそっと抱き寄せる。

ナギは満足そうに、その胸へ顔を埋めた。

 


一方――。

オルガとルカは、およそ二百機のユニットを引き連れ、宮殿から最短の国境へと、すでに歩みを進めていた。


大型ユニットと連結したルカの背に、オルガは跨る。

肩には大剣。

その姿は、まるで戦場に立つ守護者のようだった。


連結されたルカの声は、低く重く響く。


「オルガ……重イ」


「我が野望のためだ。ルカ……すまないな」


「エ……オルガ、ソレ、思ッテナイ」


「ガーハッハ! さすがはルカ。オレの祈念波を読み取るとは。心が通じ合う――それはもう、友だ!」


「ウウ……デモ、イク。ナギノ、タメニ」


「……すまない。オレのために――」


「ナギノタメ!」


ルカの言葉は短く、だが揺るがなかった。

オルガは一瞬だけ口を閉じ、やがて小さく息を吐く。


やがて、国境が見えた。


ルミエル側。

巨大な国境警備ユニットが、等間隔に並んでいる。

無機質なレンズが一斉にこちらを捉え、淡く光を帯びていた。


「……よし、ここで止まれ」


オルガの声で、二百機のユニットが一斉に足を止める。

左右へと展開し、静かに隊列を組んだ。


その光景はまるで、壁だった。


「まだ早い」


オルガは空を見上げる。

太陽は、まだ低い位置にある。


「太陽が真上に来たら動く。ゆっくり間合いを詰める。見つかるように、見つからないように、だ」


「ソレ、ドッチ、ナノ」


ルカの素朴な疑問に、オルガは口元を歪めた。


短い沈黙。


「……とにかく、ここに敵の目を引く。それが役目だ」


大剣を肩から下ろし、地面に突き立てる。


「争いはしない。――睨み合うだけでいい」


その言葉とは裏腹に、空気はすでに、火花が散る寸前まで張り詰めていた。


その時、ルカが遠くを見つめた。


「オルガ、遠クニ、砂ケムリ」


「ん?」


「巡回ユニット、タクサン!」


オルガが低く言う。


「あぁ……あの新型か。二百……四百……五百はいるな」


やがて、敵のユニット群は大型ユニットの間に隊列を組み、

赤いレンズを光らせながら、オルガ側の様子を監視するように眺めていた。

 


正午、マリアスたちは第七区国境へと辿り着いた。


「マリアス、まずは僕が七区に入って様子を探る。ナギを守って」


「わかった。私も――準備に入る。頼む、カイ。気をつけて」


カイはヨウルに跨り、風のように国境を突っ切って第七区へと潜入した。


十七年前――《第七区虐殺事件》と呼ばれる惨劇の現場。

カイにとっても、この地を訪れるのは初めてだった。


そこは当時のまま手つかずで、黒く焼け焦げた建物の骨組みが空を突き、錆びた遊具や崩れ落ちた住居が廃墟の中に点在している。

風が吹くたび、折れた鉄骨が悲鳴のような音を響かせた。

暴動と鎮圧。

その激しさを、今なお語り続けているかのようだった。


「ヨウル……ここで祈念種たちは虐殺されたんだ。ただ自由を求めただけなのに。暴動なんて嘘で塗り替えられて……それでも、きっと最後まで抗ったはずだ」

 

カイはヨウルの背から飛び降り、ゆっくりと廃墟の街を歩く。

足元には、長い歳月を経ても消えぬ焦げ跡や、砕け散った武装の残骸が転がっていた。


ルミエルで五年間暮らした間、カイの耳に届いたのは「祈念種が暴走し、罪なき民を焼いた」という声ばかりだった。


だが――


この沈黙の荒野を前にすると、胸の奥に別の声が響く。

追い詰められ、抗い、それでも誇りを失わなかった祈念種たちの祈りが、今もここに残っているように思えた。


「……本当に帰ってきてしまったな」


はるか遠く、薄い霞の向こうに祈りの塔が聳えている。

祈りを宿す壁が陽光を反射し、亡霊のように浮かび上がっていた。


「ヨウル、見えるか? あれが……オレたちの目指す祈りの塔――」


その言葉を遮るように、一瞬、鋭い閃光が視界をかすめた。


廃墟の屋根。

何かが、光を反射した。


「新型……? しまった、見つかった!」


次の瞬間、廃墟の影から鋭い光弾が放たれる。

轟音とともに地面が抉れ、砂塵が舞い上がった。


「ヨウル! 走れ!」


カイが飛び乗ると同時に、白銀の狼は甲装を鳴らし、地を蹴った。

光弾が雨のように降り注ぐ。


ヨウルは瞬時に反応し、瓦礫の間を縫うように疾走した。


赤いセンサーを光らせた新型巡回ユニットが、壁面を駆け上がりながら追尾してくる。

機械仕掛けの四脚が建物を垂直に走り、無数の銃口が閃光を吐いた。


「ちっ……! 本当に“新型”だな!」


炸裂弾が頭上で弾け、熱風が頬を焼く。

ヨウルは瓦礫を蹴り、宙へと跳躍した。

その衝撃で崩れ落ちた建物が粉塵を巻き上げ、追手の視界を遮る。


「ヨウル、右だ!」


カイの声に応じ、狼は体をひねり、狭い路地へと滑り込む。

壁をかすめた弾丸が、火花を散らした。


息をつく暇もなく、さらに前方。


新たなユニットが道を塞ぐ。

赤い光点が幾つも浮かび、銃口が一斉にこちらへと向けられる。


「くそっ……囲まれたのか!」


ヨウルの甲装が淡く光を帯び、増幅器が低く唸る。

祈念波に呼応したその力が、次の一歩を爆発的な推進力へと変えた。


白銀の狼は地を裂くように加速し、光弾の網を突き抜ける。


直後、背後で弾幕が廃墟を蜂の巣に変えた。


「やっぱりお前はすげぇよ、ヨウル!」


カイは必死にしがみつきながら、遠ざかる塔の影を見据える。


ヨウルは瓦礫を蹴り飛ばし、さらに跳躍する。

そして影のように森へと滑り込んだ。


背後で鋼の機械音が咆哮のように響く。

まるで過去の亡霊が、なおも祈念種を許さぬかのように。

白銀の獣は振り返ることなく、息を切らしながら矢のように森の奥へと駆け抜けた。

 

やがて、追跡の音は遠ざかっていく。

胸を打つ鼓動の中で、カイは深く息を吐いた。


見上げた空。

その先に、祈りの塔の尖塔がなおも光を放っていた。

 

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