↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十三章《祈りの臨界》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/121

第75話《嵐の前に、花束を》

――夜。

アストレアの宮殿は静寂に包まれていた。

白い回廊の灯りは落とされ、外の風の音だけがかすかに響いている。


マリアスは長卓の前に立ち、ゆっくりと視線を巡らせた。

カイ、ナギ、オルガ、そしてイエル。

ヨウルはマリアスの足元で、ルカを枕に静かに眠っている。


全員が揃っていた。


「――ついに、この時が来た。塔の奪還とエリカの解放――そして、アネシアとの対話」


その一言で、空気が引き締まる。


「アネシアの状態は、おそらく限界に近いかもしれない。アネシアは対話の要求から、もう二十年近くも過ぎている……きっと、長くはもたない」


カイが眉を寄せる。


「……アネシアって、そんなにヤバいのか?」


マリアスは静かに頷いた。


「アネシアの最適解は――ネオスの排除だ」


その瞳に、かすかな影が差す。

 

「旧式の人工知能とはいえ、二千年ものあいだ進化を続けてきた存在。恒星の光を祈念波へと拡張し、この都市を維持していた。……完全に停止させることはできない。だから今は――エリカが、その暴走を抑えている」


ナギが不安そうにマリアスの袖を握った。


「……エリカ、苦しいの?」


マリアスは一瞬だけ目を閉じ、そして優しく微笑む。


「だから、助けに行くんだよ」


ナギは小さく頷いた。


イエルが一歩前に出る。


「塔の地下には旧通路がある。父の手記に記されていた。閉鎖されているが……まだ生きているはずだ」


オルガが腕を組む。


「そこから侵入するってわけか」


「そうだ。ただし、まずは単独で調査する。人数が多ければ気づかれる」


カイが顔を上げる。


「一人で……大丈夫なのか?」


イエルはわずかに笑った。


「こう見えて、潜入は得意なんだ。……だから僕はここにいる」


その笑みは軽いが、どこか影を帯びていた。


マリアスが続ける。


「イエルが内部に入り、地下通路を探る。その後――第七区で合流する」


「第七区……」


カイの表情がわずかに曇る。

イエルが静かに言った。


「監視が最も薄い場所だ。だが同時に……最も記憶が残る場所だ」


オルガが口を開く。


「そのタイミングで、オレが外で騒ぎを起こす」


カイが驚く。


「騒ぎって……」


「国境付近に出る。農業用ユニットを連れてな。あいつらはカイの改造で連携が取れるんだろ?」


カイは小さく頷く。


「ああ……ルカと繋げば、ある程度は動かせる」


「なら十分だ。ルミエルに“攻めるぞ”と思わせる。それだけでいい」


マリアスが補足する。


「注意を外へ向けさせる。その隙に――私たちは塔へ入る」


「――ナギもか……」


カイが問い返す。

マリアスは、まっすぐに見た。


「私と、カイと、ナギ」


空気が止まる。


「……ナギ、大丈夫か?」


ナギは小さく震えた。

けれど、ぎゅっと拳を握る。


「……いく。わたしも」


マリアスは優しく頷いた。


「ナギは必要だ。4人でなければ、アネシアの要求には応えられない」


短い沈黙。


誰も、この作戦が綱渡りであることを理解していた。

それでも――進むしかない。


「……成功すると思う?」


カイがぽつりと呟いた。

誰もすぐには答えない。


やがて、マリアスが言った。


「わからない」


はっきりと。


「それでも――行動しなければ、何も変わらない」


その言葉は、静かで、揺るがなかった。


イエルが振り返る。


「では、先に行く。五日後、合流地点で待つ」


オルガが低く言う。


「しくじるなよ」


イエルは振り返らず、軽く手を上げた。


「イエル!」


マリアスの呼びかけにイエルは足を止める。


「怒りに囚われるな。ルシエも銀河から見守っている」


「あぁ、分かっているよ」

 

イエルの足音が、静かに遠ざかっていく。


その瞬間――マリアスの祈念核が、わずかに震えた。


胸元に手を当てる。

何かが引っかかる。

それはイエルの深い怒りだった。

自身も祈念種であるがゆえに、マリアスですらイエルを理解しきれているのか、自信が持てなかった。


全ては揃っているはずだった。

カイも戻り、条件は満たされている。


それでも――。


拭いきれない一抹の不安が、胸の奥に残る。


遠く、夜の空。

銀河が、静かに瞬いていた。

まるで、すべてを見透かしているかのように。

 

 

――翌朝。

カイは早速、ユニットたちの改造に取り掛かっていた。

祈念波の受信盤と増幅装置。

それを二百台分。


「こりゃ大変だ……。ルカ、手伝ってくれ」


「アイ!」


ルカはカツカツと軽やかな音を立てながら、カイの周囲をぐるぐると回る。

まるで作業を観察しているかのようだった。

その後ろを、遊びたくて仕方ないヨウルがぴたりとついて回る。


少し離れた場所で、オルガは塀にもたれながらその様子を眺めていた。


「いいか、ルカ。今日からお前はこのユニットたちの隊長だ。兄さんの言うことを聞いて、この子たちと国境を守るんだぞ」


「アイ! ルカ、国境守ル!」


「兄さんも手伝って!」


「お、おう……。オレはこういうの、あんまり得意じゃないんだが……」


オルガはぎこちなくユニットに装置を取り付ける。

だが、なかなかうまくいかない。


「兄さん、それ上下逆だよ」


「オルガ、不器用。コレワ、コウダヨ。オルガ、ブサイク」


「なっ……! カイ、やっぱりルカも連れていけ!」


「ダメだよ。マリアスの作戦通りにやらなきゃ」


そのやり取りを聞いていたヨウルが、オルガに低く唸る。


グルルル――


「……わかったよ。ほんと嫌われてるな、オレは」


オルガは肩を落とした。


「よし、あとはヨウル。君にもだ」


カイはそう言って、改造した甲装をヨウルに装着していく。


「これで祈念波をより強く感じられる。それに、この機構は跳躍力も上げるし、体力の消耗も抑えられる。……より長く、速く走れるようになる」


ヨウルは大人しく地面に膝をつき、じっとカイの手を受け入れていた。

まるで――その役目を理解しているかのように。

 


その頃――。

マリアスとナギは、花が咲き乱れる丘にいた。

ナギは好きな花を摘み、小さな花束を作ると、そっとマリアスに差し出した。


「ナギはセンスがいい。とても綺麗だよ」


ナギは照れくさそうに笑い、そのままマリアスの膝に腰を下ろす。

そして胸に顔を埋め、見上げた。


「……マリアスといると、なんだか、とても安心する」


マリアスは静かにその頭を撫でた。

自分でもわからない。

この子に向ける感情の深さが、どこから来るものなのか。


ただ――。


魂の系譜を辿った、そのさらに先。

輪廻を越えた、遠い記憶の奥で。

ふたりが、確かに結ばれていたことだけは感じていた。


「……きっと、昔もこうだったのかもしれないね」


「え?」


ナギが小さく顔を上げる。

マリアスは微笑んだ。


「ナギがもう少し大きくなったら……きっと、わかるよ」


ふたりの祈念核が、静かに共鳴する。

それは言葉にならない温もりとなって、やがて柔らかな笑顔へと変わった。


「これは、マリアスの」


ナギは花束を差し出し、くるりと振り返る。


「カイとオルガにも作るから、待ってて!」


「もちろん」


丘を駆けていくナギの背を、マリアスは静かに見守っていた。

その姿はまるで、母のようだった。

そして同時に、何かをずっと待ち続けていた者のようでもあった。


この時間が、永遠に続けばいいと。

そう願ってしまうほどに、穏やかな光がそこにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。