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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十二章《太陽の女王》

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第73話《第七区の記録》

――翌日。

夕陽が宮殿の回廊を黄金に染めていた。

白亜の壁が柔らかな光を返し、空気には一日の終わりを告げる静けさが漂う。


マリアスは胸の前で手を組み、祈念核の鼓動を感じていた。

その震えはまるで、これから語るべき記憶を前に、心が躊躇しているかのようだった。


「来てくれたね、カイ……ありがとう」


テラスの長卓には、オルガ、イエル、そしてカイが座っていた。

四人の影が傾く陽光に長く伸び、テーブルの上で交わる。


誰もすぐには口を開かない。

ただ、風が庭の木々を揺らし、遠くで鐘の音が響いていた。


「マリアス、昨日は、すまなかった」


最初に言葉を発したのはイエルだった。

その声音には、いつもの穏やかさではなく、沈んだ響きがあった。


「僕はマリアスを責めるつもりはない。ただ……真実を知らぬまま生きてきたカイ君に、少しでも知っておいてほしかったんだ。僕たちが何を失ったのかを」


カイは、ゆっくり頷いた。


「……マリアスが話してくれって言ってた。聞かせてほしい、十七年前のことを」


マリアスはゆっくりと椅子に腰を下ろし、瞳を閉じた。


イエルが一呼吸おいて口を開く。


「第七区暴動事件――そう呼ばれたあの出来事は、祈念種の暴動なんかじゃなかった。本当は――粛清だった」


カイが目を細める。


「……粛清?」


イエルが静かに頷いた。


「僕の父、ルシエは当時ルミエルの技術局にいた。アネシアを管理していたのも父だ。だが、アネシアはある日、自らの最適解として、ネオスの排除を選び出した。つまり――ネオスそのものを敵と判断したんだ」


カイの眉がわずかに動く。


「アネシアが……ネオスを排除しようとした?」


「そう。だが父は、その暴走を対話で止めようとしていた。ある日、アネシアは、祈念波の強い孤児を呼び寄せ、自身と都市の心臓に繋いだ。それが――エリカだ。だが父も、その理由のすべてを分かっていなかったいた」

 

イエルの声がかすかに震える。


「だがその行為は上層部――僕の祖父、エリオの怒りを買った。アネシアの暴走も、オリジンに都市を委ねることも、彼には理解できなかったのだろう」


一度、言葉を切る。


「父は反逆者として中枢を追放された。後取りとして兄ノエルだけが残され、僕は父と共に第七区へ送られた。それが兄との別れだった」


夕陽が、わずかに陰る。


「……だが父はそこで、祈念種たちと共に新しい理想都市を築こうとしていた」


マリアスが静かに続けた。


「その第七区を……ラグスが襲ったの。『祈念種の暴動を鎮圧する』という名目で。けれど、暴動なんて最初から存在しなかった」


その声は、震えてはいない。

だが、深く沈んでいた。


「罪なき民と、子供たちまでが焼かれた。ルシエは祈念種を庇って倒れた。彼は最後まで祈っていた――憎しみではなく、赦しで終わるようにと」


沈黙が落ちる。


カイは拳を握り、唇を噛んでいた。


「……じゃあ、ルミエルに流れている情報は……全部、嘘だったのか……」


イエルが俯き、息を吐く。


「ルミエルでは、あの事件は祈念種の反乱として記録された。僕は真実を語ろうとしたが、誰も信じなかった」


その目に、確かな怒りが灯る。


「だからあの事件は――第七区暴動事件なんかじゃない。本当は、第七区虐殺事件だ」


静かに、だが断言する。


「証拠を持ち出そうとした者は、皆、粛清された。そして――真実を知るエリカも、アネシアと繋がれたまま塔の最下層へと移された。……だから僕は、父ルシエの手記を隠し、今もそれを守っている」

 

イエルは胸元から小さな封筒を取り出し、マリアスに手渡した。

古びて割れた封蝋には、十字と祈念紋章が刻まれている。


マリアスはそっと封を開け、中の紙を広げた。


「アネシアは、自我を持ちはじめている。そして、それは神をも模倣しようとしている」


その一文を、静かに読み上げる。


「……これは、父が守り抜いた真実だ」


イエルの声が震えた。


「父は、アネシアを完全に止めることはできなかった。その暴走を、いまも制御しているのは――エリカなのかもしれない」


一瞬、空気が張り詰める。


「父は手記に鍵を残していた。アネシアが要求したのは――魂の系譜により導かれし者、その四人との対話」


カイが息を呑む。


「対話……?」


「祈りと理を同時に響かせる魂だと記されていた」


マリアスが静かに言う。


「私は特定の魂の系譜が見える。その四人とは――エリカ、私、そしてカイとナギだ」


カイの瞳が揺れる。


「……オレとナギも……?」


「……そして、オレもだ」


オルガが腕を組んで言った。


「お前は違う」


マリアスが即座に返す。


その一言に、場の空気がわずかに引き締まった。


「アネシアは単純な祈念波では制御できない。だが私たちなら、意識を橋渡しできる」


そして、まっすぐカイを見る。


「それを確かめるために、私は五年前、君をルミエルへ送った。真実を告げずに」


カイの声が震える。


「どうして……黙ってたんだよ、そんな大事なこと……」


拳が強く握られる。


「オレはただ、平和のためだって……そう信じて……!」


マリアスは席を立ち、カイの肩に手を置いた。


「カイ。君を守るためだ。真実を知った君の行動までも私には予測できない。それに……私は君を――利用しようとしたのかもしれない」


静かに、しかし逃げずに言う。


「……あの時の私には、それしか方法がなかった」


瞳が、まっすぐに向けられる。


「エリカを解放し、アネシアの暴走を止める。そしてルミエルが祈りを取り戻すために……その使命を果たせるのが、君なのかを確かめたかった」


カイは俯いたまま、震えている。

その手を、オルガがそっと掴んだ。


「カイ。兄として言うが――マリアスの決断は正しかった」


低く、力強い声。


「お前が行かなければ、オレたちは確かめられなかった。……お前のことを。それに、あの時のマリアスは女王じゃなかった。母の覚悟だった。オレはそれを見ていた」


カイはしばらく黙り込んでいたが、やがて小さく息を吐いた。


「……そうか。じゃあ、オレが生き延びたのも、祈りの一部だったのかもな」


マリアスが少し目を伏せる。


「君は私の罪の赦しであり……そして、未来への光だよ」


優しく、だが確かな声で続ける。


「祈念種が怒りを知らぬように、君もまた赦しの形を継いでいる。……だから、カイ。私たちはアネシアを、再び祈りの道へ導く。手伝ってくれる?」


カイは立ち上がり、静かに頷いた。


「わかったよ、マリアス。あの塔の中で、オレが見た光――まだ消えてない気がする。それがエリカのものか、アネシアのものかはわからないけど……それでエリカを救えるなら」


イエルが目を細め、静かに言う。


「……父も、そう願っていたはずだ。怒りではなく、赦しで終わらせろ、と」


その言葉とは裏腹に、イエルの視線が一瞬翳り、拳を握る。

マリアスはそれを見逃さなかった。


マリアスは立ち上がり、胸の前で手を重ねた。


「ならば――これが、新たな祈りの始まりだな」


マリアスはゆっくりと窓の外を見た。

夕陽は沈み、空には夜の気配が静かに満ちていく。


「――詳しい作戦は、夕食後に話そう。ここから先は、誰一人として退けない」


その言葉に、三人は静かに頷いた。


夜の鐘が鳴る。

その音は、まるで遠い銀河からの呼びかけのように、静かに響いていた。

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