第70話《太陽の記憶》
カイは医療室にいた。
そこはガラス張りの天井から太陽光が差し込み、さらにマリアスがそこにいるかのような祈念波がカイを包み込んでいた。
機構も生体組織も静かに再生していく。
その心地よさに、カイは久しぶりに深く眠りへと落ちていった。
――そして、六年前の夢を見ていた。
物心がついた時には、いつも近くに兄のオルガがいて、そして少し離れたところにマリアスがいた。
まだ女王に選ばれたばかりの若きマリアスは、逃げてきた人々で溢れたこの街を一から建て直そうとしていた。
粗末な建物、乏しい食料、絶えない不安……。
けれどマリアスは決してうつむかず、人々を導き続けていた。
その背中を、幼いカイはすぐそばで見つめていた。
ある日、壊れた右足を抱えたオリジンの機構を、カイが修理していた。
「ほら……これで歩けるよ」
小さな手で器用に工具を操り、血管に似た配線を繋ぎ直す。
オリジンは嬉しそうに足を動かし、カイの頭を優しく撫でてその場を去った。
その様子を見ていたのは、まだ幼さを残したマリアスだった。
「カイも随分大きくなったな。それに、身体の機構を治せるなんてすごいじゃない。君はお医者様になれるね」
「仕組みを知れば簡単だよ。何か壊れたら僕に任せて!」
マリアスは微笑み、懐から小さなパンを差し出した。
「え、でもマリアスの分は?」
「大丈夫。私はまだお腹が空いていないから。……いつかこの国のみんなが、お腹いっぱい食べられるようにする。いや、必ずそうするんだ。だから君も、これを食べて早く大きくなって――私を手伝ってね」
「もちろん、マリアスのお願いなら何でもするよ!」
その瞬間、背後から豪快な笑い声が響いた。
「ははっ! カイ、お前は甘すぎるぞ。マリアスに頼まれたら何でも聞くのか? そのうち尻に敷かれるぞ!」
振り返ると、まだ少年だったオルガが大きな荷を背負って立っていた。
肩には街のために運んできた資材の束。
「兄さん……だってマリアスは、この国のために頑張ってるんだ」
「フン、わかってるさ。だからオレも荷を担いでるんだろ。……だが覚えとけ、マリアスの夢を背負うってことは、生半可じゃ済まねぇんだぞ」
オルガの瞳は鋭く光り、幼いながらも守護者の影を宿していた。
その隣で、マリアスはまだ少女の面影を残しつつも、すでに太陽の輝きを纏っていた。
オルガは力で前に立ち、マリアスは光で人々を導く。
その二つの姿が、幼いカイの胸に焼きついた。
――いつか自分も、この二人のように強くなりたい。
その想いは、カイの中で揺るがぬ灯となっていた。
ある日マリアスはカイに告げた。
「カイ、ユナガーデンに行って欲しい」
「え?どういうこと、マリアス……」
「君も知っているように、エリカという少女が祈りの塔に幽閉されている。神に近い祈念波を持つ、我々の信仰の象徴だ。アネシアを起動させ、彼女を救い出す。そのためには、ユナガーデンの情報が必要になる」
マリアスの眼差しは、いつになく真剣だった。
「だが私たちはルミエルで生まれ、すでに存在を向こうに知られ、監視されている。……だが君は違う。君はアストレアで生まれた。連邦は、まだ君の存在を把握していない」
――カイはゆっくりと目を覚ました。
上体を起こし、腕や脚を動かしてみる。
「よし……ほとんど回復してるな。ただ、また襲われた時のために……機構は強化しておいたほうがいい」
そう呟くと、傍らの工具を手に取り、腕の機構の補強を始めた。
そのとき、医療室の扉が勢いよく開く。
「カイ!」
ナギが駆け込んできて、そのままカイの胸に飛び込んだ。
「もう大丈夫?」
心配そうに顔をのぞき込むナギの頭を、カイは優しく撫でた。
「あぁ、大丈夫だ。ほら」
カイは再生した左手を広げ、勢いよく指を動かしてみせる。
「……すごい」
ナギの顔が、安心の笑みでふわりとほどけた。
その後ろからマリアスが姿を現す。
マリアスの視線は、すでにカイの動きを確かめていた。
さらに奥では、ルカとヨウルが楽しげにじゃれ合っている。
「カイ。怪我もすっかり再生したようだね。……さすがだ、回復が早い」
マリアスは安堵の息をつき、続けた。
「病み上がりで悪いけれど……ルカの乗っていた大型ユニット。あれもひどく損傷している。治してやってほしい」
「任せて! すぐ直すよ」
「ナギも行く!」
「ママー、ルカも!」
ルカが元気に跳ね、ナギを追って駆け出す。
ヨウルも嬉しそうに尻尾を振りながら、ふたりのあとを追っていった。
「ちょっと待って……せめて食事が終わってから――」
マリアスが慌てて手を伸ばしたが、子どもたちの足音はもう遠ざかっていた。
マリアスは肩を落としながらも、やがて小さく笑う。
その笑みは、女王としてではなく、ひとりの母のように温かかった。
――夜。
マリアスとカイとナギが食卓を囲んでいた。
その横ではヨウルが静かに眠り、白銀の体に寄り添うようにルカも休んでいる。
マリアスが口を開いた。
「すまない、まだこの国も裕福とは言えない。本当はもっとお腹いっぱい食べさせてやりたいのだが……」
遮るようにナギが言った。
「美味しい!このお野菜、初めて食べた!だってね、向こうでは配給でもらえるのも少なくて、それをカイと二人で分けて食べてたの」
「そう……」
マリアスの瞳が翳る。
「でもね、あのお家好きだったなぁ。カイは優しいし、ルカも家族になったし」
ナギは食事を頬張りながら、一生懸命に話している。
「優しい子……」
マリアスはナギの頭を撫で、ナギも嬉しそうに祈念核を淡く光らせて応えた。
「ありがとう、ナギ。君がいてくれるだけで、この国の光は消えない」
「ねぇ、マリアス、兄さんは?」
カイが周りを見回しながら尋ねた。
「オルガはいつも塔を眺めている。エリカに向かって祈っているよ。身体は大きいのに、心は……本当は繊細なんだ。流石に私でも塔までは祈念波も届かない。だから何もしてやれないけど、オルガは彼なりにエリカに対しての使命を持っているのだろう」
「あの……お嫁さんにするって言ってたよ……」
マリアスはクスっと笑った。
「そうだね、アイツはそれしか言わない」
やがて夜が更け、ナギはマリアスの寝室で眠りについた。
「カイ、少し話そう」
マリアスはカイを宮殿のベランダへと連れ出し、夜空を見上げた。
カイもつられて見上げる。
そこには満天の星空が広がっていた。




