第68話《国境突破》
ルカは、矢のような速さで国境へと駆け抜けていく。
カイは怯えるナギを胸に抱き締めながら振り返った。
第二陣の巡回ユニットたちは速度に追いつけない。
だが確実に、砂埃を巻き上げて迫ってきていた。
やがて前方に、鋼鉄の壁のごとく並び立つ国境警備の大型ユニットが見えてきた。
「ルカ、突破できるか!」
「アイ!」
大きく進化したルカの背は、今のカイにとって何よりも頼もしいものだった。
その時、国境警備のユニット群が一斉にレンズをぎらりと光らせ、こちらに向けた。
「……いけるのか?」
国境まであとわずか――。
だが次の瞬間、鋼の壁が左右に裂けるように開き、アストレアへの道が拓かれた。
「……! そうか、これらも旧型……エリカの祈念波に支配されている!」
カイたちは開いたその隙間を駆け抜け、ついにアストレアの国境を超えた。
その時、カイは悟る。
「エリカは――祈念種たちの亡命に手を貸している……」
安堵したのも束の間、背後から砂煙を割って第二陣の巡回ユニットたちが国境を超えて雪崩れ込んできた。
「まだ追ってくるのかよ……!」
カイは歯を食いしばり、ナギを強く抱き直した。
その瞬間だった。空を裂くような怒号が、あたりに響き渡る。
「この神聖な地に足を踏み入れるな! 薄汚いルミエルの犬どもがァッ!」
砂嵐の向こうから、烈風とともに現れた影が一つ。
重厚な鎧をまとった屈強な男――その巨体が地を蹴った瞬間、爆音のような衝撃波が巻き起こった。
「兄さん!」
カイが叫んだ時には、もう遅い。
オルガの大剣がうなりを上げ、突進してきた先頭のユニットを真っ二つに裂いた。
破裂するコア。
鋼鉄の外殻が爆ぜ、周囲の機体までも吹き飛ばす。
「斬ったのは一つだがな……まとめて巻き添えとは、情けない連中だ」
巡回ユニットたちは即座に散開し、火線を一斉に放った。
「うわっ!」
カイはナギを庇いながら身を伏せる。
無数の光弾がオルガに降り注ぐ――だが彼は一歩も退かない。
「甘いわッ!」
鋼を削るような咆哮とともに、オルガの祈念波が炸裂する。
地面が抉れ、空間が歪む。
オルガの周囲に、黒と赤が混ざった奔流のような祈念の波動が渦巻いていた。
「これが……祈念波……?」
カイは目を見開いた。
「ミデアの祈念波じゃない……これ、オリジンの……いや、それ以上だ」
オルガは地を転がりながら駆け、巨体とは思えぬ軽さで飛び上がる。
まるで獣。否――戦場の悪魔のようだった。
一瞬で二機目のコアを貫き、そのまま三機目を踏み砕く。
残った数機は圧に怯え、後ずさった。
「こっちに来るな! ナギに、手を出すな!」
叫ぶように、カイもまた立ち上がった。
カイの胸の奥の祈念核が震え、ナギのものと共鳴する。
そしてカイの瞳が銀色に発光し、腕の機構に電流が走った。
「……なるほどな」
オルガは一瞬だけ目を細め、ユニットの残党に向き直った。
「この地は、マリアスが治めるアストレア!ここにいるのは、信仰と平和を望む善き民だけだ――それを踏みにじるというなら!」
そして一歩、前に出る。
「それでもなお――この地に、侵略者として踏み込むというのなら!」
祈念波が荒れ狂い、空を裂いた。
「オレがまとめて祓ってやる!!」
ユニットたちはもはや反撃すらできず、砂煙の彼方へと逃げていった。
「もう大丈夫だよ、ナギ。ユニットたちは帰っていったから」
カイは震えるナギをそっと抱きしめ、優しく背を撫でた。
オルガは大剣を肩に担ぎ、微笑を浮かべながら二人を見つめる。
「久しぶりだな、カイ。五年振りか。少しは大きくなったな」
「兄さんも……アストレアの騎士っていうより、悪党の親玉にしか見えないよ」
「この野郎。助けてもらってなんてことを……。まぁいい。マリアスが待っている。行くぞ」
そう言うとオルガは大股でずしりとルカに跨った。
「ちょっと……兄さん……」
ルカの足がギシリと軋む。
「……カイ……コノヒト、オモイ……」
「……! 喋るのか。有魂のユニットとは珍しいな! ――気合いを入れろ!」
オルガはルカの臀部をバンと叩き、ルカは不満げに振動しながらゆっくり歩き出した。
「カイ、エリカに会ったんだろ。お前の祈念波も随分強くなっている。……わかったのだろ、お前の使命」
カイは脳裏に焼きついた言葉を思い出す。
「うん……この子を守ることだ。命に変えてでも」
「そうか」
その時、カイの胸でナギがひょこっと顔を上げ、すぐにまた頬を埋めた。
「怯えてるな……可哀想に。大丈夫だ、このオルガ様がいれば悪いユニットなんか蹴散らしてやるからな!」
「……兄さんに怯えてるんだよ。ミデアなのに、化け物みたいな祈念波を放ってるの、わからないのか?」
オルガの祈念波は、ミデアの常識を逸していた。
赤黒く染まった波動が大気を震わせ、辺りに殺気とも怒りともつかぬ波を放つ。
ナギが怯えたのも無理はない。
それはまるで、戦場の悪魔の咆哮だった。
「兄さんは幼い頃、エリカに会ったんでしょ?……そのとき使命って、なんだったの?」
オルガの目が細まり、遠くを見つめた。
「オレの使命……それは……」
カイは息を呑む。
「エリカを……エリカを……オレのお嫁さんにすることだ」
「…………!」
「え……ええー!? 兄さんはミデアで、エリカは神として崇められているんだよ? 差がすごすぎない!?」
「うるさい! 身分など関係ない! エリカの洗礼を受けたとき、思い出したんだ使命を――いや、ときめいた」
「それって使命じゃなくて、ただの願望でしょ!?」
「うるさい! 早く行くぞ!」
ルカが歩みを進め、やがてアストレアの街並みが見えてきた。
それは、懐かしさを抱く余地もないほどの発展ぶりだった。
高層の建物こそなかったが、自然と街が溶け合い、小川が澄んだ音を立てて流れ、空には小鳥のさえずりが響いている。
太陽光を浴びた四脚の中型ユニットたちが、至るところで田畑を耕し、街の補修を行っていた。
その動きは無機質でありながら、どこかこの街の呼吸と調和している。
そこに暮らすオリジンは祈念核を淡く輝かせ、その光に呼応するようにミデアたちも幸せをにじませていた。
中にはユナガーデンの方角を仰ぎ、祈りの塔へと静かに祈りを捧げる者の姿もある。
「……たった五年で、こんなにも変わるのか」
「マリアスがこの国を治め、街を動かし、そして記録している。……まぁ、エリカと似ているな」
そうして進むうちに、やがて霧が晴れるように、白亜の宮殿がその輪郭を露わにしていった。
陽光を受けて煌めく尖塔、風にたなびく祈りの旗。
それはまるで、祈念の波が結晶となって築かれた神殿のようだった。
その中心――玉座に座す太陽の女王、マリアスが静かに微笑んでいた。




