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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十一章《残響する都市》

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第66話《断罪と共鳴》

カイたちが去った後――

祈りの塔の最下層は、再び静寂に沈んでいた。

冷たい気配だけが、ゆっくりと満ちていく。


エリカはまだ、久々に交わした対話の余韻の中にいた。


「マリアスにオルガ、そしてカイとナギ……」


小さく息を落とす。


「……何かが、変わるかもしれない」


確証はない。

ただ、胸の奥に淡く灯る予感だった。

ふと、その感覚が揺らぐ。


「それに――なに……?」


一瞬、呼吸が止まる。


「……アネシアが……こんなふうに揺れるなんて……」


その違和感は、確かに内側から来ていた。


――その余韻を断ち切るように。

数人の護衛を従えたノエルが、ゆっくりと姿を現した。

ルミエル連邦の若き最高指導者。

冷笑と威圧をまとい、まるで闇そのもののように。


エリカは目を見開く。


「……ノエル? どうして、ここに」


ため息まじりに、ノエルはゆっくりと口を開いた。


「たまには……エリカ様にお祈りでも捧げようと思ってな」


その声は皮肉に満ちていた。

そしてその言葉とは裏腹に、ノエルの背後には、両手を拘束されたリゼルがいた。


「リゼル……!? どうして……!」


エリカが声を上げると同時に、ノエルはリゼルを無造作に前へ突き出す。


「……油臭い祈念種のガキどもの匂いがする。非常に不快だ」


そう吐き捨てると、ノエルはゆっくりと腰の剣を抜き、リゼルの背へと刃先をなぞらせた。

祈念核の位置を探るように、冷たく、慎重に。


「ノエル、やめろ! 私が頼んだんだ。斬るなら――私を斬れ!」


「ごめんなさい、エリカ様……私は平気です」


リゼルのかすれた声が、空間に静かに滲んだ。


「お願いだ……リゼルは助けてくれ……!」


エリカの頬に、ひとすじの涙が流れる。

ノエルの残虐さを、エリカはよく知っていた。本気で殺す気だ――。


ノエルは一歩踏み出し、目を細める。


「エリカ……この都市の巡回監視ユニットの半数が、もうお前の祈念波で動いていないこと、知っていたはずだろう? 都市は徐々にお前への依存から脱する。科学の力でお前をこの都市の呪縛から解いてやる。祈念波などもうこの世の中から必要なくなる」


「わかった……わかったから、リゼルを助けてくれ」


ノエルはリゼルの祈念核の真裏に剣先を突き立てる。


「エリカ、何故あの祈念種の子供らをここに入れた。答えろ」


エリカは囁くように言った。


「……呼応してくれたんだ。私の祈念波に。あの小さなオリジン……ナギが。塔が光れば、あの子はちゃんと祈りを返してくれた。“会いたいね”って言ったら、“いつか会いに行くよ”って……」


わずかに顔を上げ、エリカはノエルを見た。


「ノエル……あの頃に戻ろうよ。信仰を信じて、オリジンもミデアもネオスも手を取り合ってた……。君だって幼い頃、みんなと仲良くしてたじゃないか。ミデアのマリアスも、オルガも、そして君も……弟のイエルも。オリジンのリゼルが作ってくれたお菓子を、みんなで分け合って食べてた……あの頃に、戻ろう」


だがノエルの表情は、冷たいままだった。


「……エリカ。第七区暴動事件を忘れたとは言わせない。あの現場から、父上は帰ってこなかった。父は、オリジンに殺されたんだ」


「違う! それは……!」


――その瞬間。

護衛ラグスの剣先がエリカの喉元に突きつけられた。


息が、止まる。

目の前にあるのは、殺意そのものだった。

エリカは、それ以上声を出すことができなかった。


「エリカであろうと、もうオリジンを信用することはできない。お前とリゼルが、この都市の制御中枢──この国の神経核に祈念種を引き入れた。これは明白な国家反逆罪だ」

 

ノエルは一歩前に出る。


「……仮にネオスだったとしても、許される行為ではない。だがリゼル、お前はオリジンだ。ならば、この場で処罰を下す。……すべて、祖父が正しかった。そしてリゼル……貴様は――」


その言葉と共に、ノエルの剣が――

リゼルの祈念核を貫いた。


「リゼルーーーッ!!」


エリカの悲鳴が、塔の最下層に響き渡る。


「……どうして……ノエル……あんなに君を可愛がってたリゼルを……」


エリカは崩れ落ち、拳を強く握りしめた。

その姿を見下ろしながら、ノエルはラグスに命じる。


「ラグス、リゼルの亡骸を内密に処理しろ。人権派に悟られるな。それから、ここを出た祈念種の二人を捕えろ。あのオリジンの子供は、外殻からエリカとコンタクトしていた。相当な祈念波を持っている。……放っておくと厄介になるかもしれない」


「かしこまりました」


護衛のひとりがリゼルの亡骸を抱え上げ、ノエルと共に最下層をあとにする。


残されたのは、祈りの塔の心臓で、泣き崩れるひとりの記録者――エリカだけだった。

 

 

塔の裏経路を抜けたカイたちは、夜明け前の静かな通路を駆けていた。

人工灯も届かぬ整備路。

空気は薄く、肌を刺すように冷たい。


先頭を走るルカが、何度も後ろを振り返りながらカイとナギを導いていく。

地図も案内もないはずなのに、迷うことなく道を選び、足を止めない。


「……本当に、知ってるんだな」


カイがぽつりと呟く。

ルカの祈念核に、エリカが座標を直接送り込んだのだろう。


そう思った、その時だった。


ルカがピタリと立ち止まる。

レンズを振り返らせ、警戒するように言った。


「カイ ナニカ ツイテキテル。マエに ルカをコワシタノ と オナジ」


「……新型の巡回ユニット? やはり、つけられている……?」


胸の奥に、ひやりとしたものが這い上がる。

ネオスに気づかれたのか。

それとも、最初からすべて監視されていたのか――。


「ナギ、しっかりつかまって」


「……うん」


まだ眠たげな声でナギが答え、カイの胸に身体を預ける。

そのまま金属の梯子を駆け降りる。

どこまで走ったのか。どこまで潜ったのか。

やがて、外殻へとつながる接続ポイントが視界に入った。


「……よし」


短く息を吐いた、そのときだった。


カイの腕の中で、ナギがわずかに身を震わせる。


「……カイ」


「ん?」


「……エリカ、泣いてる」


「……え?……」


「さっき夢で見たの。……光の中で、すごく悲しそうにしてた」


ナギの胸元――祈念核が淡く瞬いている。

そこから伝わってくるのは、エリカの感情。呼吸。震える心。


「祈念波の同期……エリカに、何が……?」


だが、今すぐ戻ることは不可能だった。

夜明けの都市はすでに目覚めつつある。

祈りの塔に灯がともり、祈晶盤が次々と朝日に向き、稼働し始める。


都市の監視網が動き出せば、自分らは追跡対象にされかねない。

エリカと接触した者として――。


「……ナギ、大丈夫?」


「うん」


「今は外に出よう。監視の薄い外殻まで抜ける。いいね?」


ナギはカイの胸で、ぎゅっと小さく頷いた。


「ルカ、案内を頼む」


「アイ!」


機械音声の返事とともに、ルカが軽やかに走り出す。

カイはナギを抱いたまま、その小さな背中を追った。

鋼鉄の通路を駆け抜け、階層の下部を迂回し、やがて頬に冷たい朝の風が触れる。


夜が明ける。

都市が目覚める。

祈りの塔が静かに、光を放ちはじめる――。

けれど、その中心で誰かが泣いている。


ナギが振り返る。


「……やっぱり、泣いてる」


カイはその言葉に、返事をしなかった。


仲良し――そう言って笑ったエリカの顔が、脳裏に残っていた。

 

けれど。

それでも――


ナギとつながったあの悲しみが、確かに本物だったことだけは、感じていた。

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