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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十一章《残響する都市》

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第65話《使命の祈念》

「……あの……エリカさん、いや、エリカ様……」


カイは戸惑いながら言葉を選んだ。

目の前では、クレープのクリームを頬につけたままのエリカが、きょとんとこちらを見ていた。


「エリカでいいよ。もう仲良しなんだから」


その屈託のない声に、カイは思わず視線を逸らす。


「えっと……僕の処分って、どうなるんでしょうか……」


「敬語もやめよう。仲良しなんだから」


「……あ、あのさ……エリカ。仲良しってことは……処分は、ないの?」


「するわけないじゃん。仲良しなんだから」


何度も仲良しと繰り返すその声に、カイは困惑しながらも、次第に胸の緊張がほどけていくのを感じていた。


――なんなんだ、この距離感は……。


最初は警戒しかなかったはずなのに、いまはなぜか、エリカの言葉が心に染み込んでいく。

その軽やかな声の奥に、ほんのわずかな寂しさを感じるのは、気のせいだろうか。


「そもそも、祈念種を処分する権限なんて、私にはないよ」


エリカはさらりと言って、視線を逸らす。


「私はただ、ルールに従って都市のインフラを制御して、国境の防衛装置を管理して、記録してるだけ。……それだけの存在」


その言葉の端々には、自嘲と、長い孤独の記憶が滲んでいた。


「でも……」


カイはためらいながらも言葉を継いだ。


「僕たちをここに入れた。それって記録するだけじゃない。エリカは……自分の意思で、そうしてるんだよね?」


その問いに、エリカはふっと目を細めて笑った。


「そう。私のほうが規約違反。だから……誰にも言わないでね?」


その目の奥に、寂しげな影が揺れる。


「え……う、うん。言わない。エリカって……神様みたいに言われてるよ。オリジンやミデアの間じゃ、信仰の対象になってて……」


「まぁね。祈念波が強いし、ずっとここに繋がれて都市を生かしてきたから。……ちょっとくらい崇められなきゃ、やってられないわ」


冗談めいた口調の奥にある孤独が、ふいにカイの胸を締めつけた。

ふと、エリカの視線が横へ流れる。

ルカを枕に、ナギがすやすやと寝息を立てていた。


「朝早かったもんね。……可愛いなぁ」


その声は、微かに震えていた。

その眼差しには、祈りにも似た慈愛が宿っていた。

やはりエリカは、“神に近い何か”なのだと、カイは思わずにはいられなかった。


「ねえ、カイ」


エリカがぽつりと続ける。


「この都市、この国は……ずっとネオスたちが、オリジンやミデアを迫害してきた。最近になって少しは緩くなったけど……それでも、外で生きるって、幸せ?」


突然の問いに、カイは言葉を失った。


「……幸せかどうかなんて、正直わかりません。生まれたときから、それが普通だったから……」


エリカはカイの顔をそっと覗き込む。


「生まれた時から……? カイ、君の出生記録がこの国にはないのだが。何故だ」


カイの祈念核が、ズキリと波打った。

とっさにナギをかばうように、体勢を変える。


「心配するな。何もしない。ちょっと聞きたかったんだ。マリアスは元気? オルガも。……あの二人仲悪かったからなぁ」


「知ってるの? マリアスと兄さんのこと」


エリカは天井を見上げながら、ぽつりと続けた。


「もちろん。私がまだこの塔の上層にいた頃、よく参拝に来てたよ。マリアスはオルガにいじめられてばかりだった。でも今は女王と家来。……笑えるね」


カイは、まだ警戒を解けずにいた。


「エリカ、ごめん……何も話せない」


「そうだよね、カイ。君はアストレアのスパイ。敵国に情報は渡せない。でも、マリアスには伝えて。私は元気。会いたがってたって」


――スパイ? そういう扱いになるのか……。


確かにマリアスの指示に従いこの都市には滞在していた。

ただカイにとっても、この都市にとどまる理由を詳しくは把握していなかった。


「……わかりました」


「それと、私はこの国を守るって」


カイは後退り、ナギに手を伸ばしその肩に触れた。


その瞬間、エリカの胸元が、ふわりと淡く光を灯した。


「夜が明ける。都市は……太陽の膨大なエネルギーによって目を覚ます。まずは祈りの塔に、そして都市の祈晶盤に光が届いて――そのすべてが私の祈念核を通り、ようやく動き出すの」


それは都市の心臓が脈打ち始める合図だった。


天井や壁に埋め込まれた無数の回路が、星々のように光を灯し、微かな電子音と共にゆっくりと明滅を始めていく。


まるで星海が、目の前に広がったようだった。


「……すごい……」


カイは息を呑む。

ただの制御空間じゃない。

正確で、精密で、それ以上に――美しかった。


――どうやって、こんな構造を……これがアネシア?


技師としての知識では追いつかない。

それでも感じた。

この場所は祈っている。

誰かの願いを、静かに、深く――


その祈りが、カイの胸奥にも触れた。


その瞬間、自身の祈念核が共鳴し、深層のプログラムが掘り起こされるような感覚。

そして脳裏に電流が走るように刻まれた言葉。


《ナギを守る。この命にかえてでも――》


――わかってる……でも、なぜこの想いはこんなに強く、懐かしい?


カイは胸を抱え、片膝を床についた。


「そっか。カイも思い出したか。生まれた理由、その使命を。

私の祈念波は、そういう作用があるらしい。全員じゃないけどね。でも……君、なかなか強い祈念を持ってる。そしてナギと引き寄せあった。いや、マリアスが引き合わせたか……」


カイには、まだエリカの言葉の意味が掴めなかった。

ナギをそっと抱き上げる。


「……帰ります」


エリカは微笑み、小さく頷いた。


「うん。会えてよかったよ、カイ。……帰りのルートは、ルカに教えてある。ネオスの監視に気をつけて。見つからないようにね」


「はい……ルカ、行くよ」


「アイ!」


ルカは先導するように走り出し、カイもそれを追った。


「また会いに来てよー! もう仲良しなんだからー!」


振り返ると、エリカが手を振っていた。


「……バレてる。もうこの国にはいられない」


カイは、ナギを連れてアストレアへ戻る決意を固めた。

だが同時に、なぜ呼ばれたのかという問いが、まだ胸に残っていた。


――「それと……私はこの国を守るって」


その言葉の真意。

マリアスとエリカが、いずれ国を背負って対峙するのではないか。

そんな不安を抱きながら、カイは祈りの塔を後にした。

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