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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十一章《残響する都市》

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第64話《最下層の女神》

二人と一機は、古びたエレベーターに乗り込んだ。


操作パネルには、たったひとつ――最下層のボタンしか存在しない。


「……他に行き先がないってことか」


カイがぽつりと呟き、指先でボタンを押す。


無音のまま、エレベーターは滑るように降下を始めた。

外見の年季とは裏腹に、その動きは異常なほど滑らかだった。


「すごい……こんな速度なのに、音もしないなんて」


ナギは袋を抱えたまま、小さく目を見開いた。

重力の感覚だけが、かすかに落下を知らせていた。


——ここは……いったい、どれだけ地下なんだ。


どれほど時間が経っただろうか。

突然、カツン、と小さな停止音が鳴った。

それを合図に、前方のドアが静かに開く。


瞬間――冷たい風が、地の底から這い上がってくるように流れ込んだ。


その先は、まるで眠る神殿のような静けさだった。


照明らしきものはなく、壁面と天井には古代の遺構のように無数の制御装置が埋め込まれ、微かに点滅している。

広さも、奥行きも不明。

闇のヴェールがすべてを覆っていた。


ナギが一歩足を踏み出そうとした、そのときだった。


「ママー、こっちー!」


ナギの背負ったリュックから、ルカが飛び出した。

カツ、カツ、と小さな足音を立てながら、一直線に奥へと歩いていく。


「ちょ、ルカ!? 待ってってば!」


ナギが慌てて追いかけようとする。


「……ったく、また自由に動くなぁ」


カイもため息をつきながら後を追った。

三つの足音だけが、機械仕掛けの神殿に反響していた。

やがてルカは立ち止まり、ピタリと動きを止めた。


カイとナギがその横に並んだ瞬間――


目の前の闇が、ゆっくりと形を持ちはじめた。


そこに、いた。


薄明かりの奥、制御端末の中央に浮かぶように佇む“それ”は、明らかにただの装置ではなかった。

まるで祈るような姿勢で、無数のコードに繋がれ、淡い光の膜に包まれた存在。


――あれが、エリカ?


「……ごめんね、こんな朝早くに。持ってきてくれた?……ね?」


その声は間違いなくいつもの指令の声。

しかし、あまりにも自然で、あたたかかった。

まるで昨日も会っていた友人のような、けれど決して人間には出せない、どこか浮遊した響き。


薄暗さに目が慣れてきた頃、カイはようやく彼女の姿を確認した。


巨大な制御装置の中央。

地に座する女性の姿。

年齢にして、二十代の半ばほどに見えた。

長く滑らかな銀の髪は、光を受けて静かに揺れていた。

瞳も銀色。

けれどその奥には、数世紀を越える知性と孤独が、ひそやかに宿っていた。


首から下は、全身は黒を基調とした機構で構成されていた。

無駄のない細身のフレームは、装飾というより機能美に満ち、胸元には祈念核が淡く脈打っている。


その背からは、まるで神経のように幾重にも重なるケーブルが伸び、壁面の端末や天井の回路と直接つながっていた。


都市全体と直結した意志。

この空間そのものが、彼女の“身体”なのだと、カイは直感した。


――これは……。


オリジン。

しかもかなり初期の世代。

その存在は、今や絶滅危惧種に等しいとされていた。


「ユニットに、オリジン。そしてミデア。……まるで、進化の過程を見てるみたい」


エリカはゆっくりと微笑み、カイを見つめる。


その瞳には、かすかな喜びと、懐かしさのようなものが浮かんでいた。

カイは、どこかためらいを含んだ足取りで、コードに繋がれた彼女の前に立つ。


「……これです。頼まれていた“ブツ”。ナギ、渡して」


「持ってきてくれたね。例の……甘いやつ」


ナギは、同じオリジンでありながらも、背中から何本もの配線を這わせ、無機質な壁と直結されているエリカの姿に、わずかに身をすくめた。

その動きに気づいたのか、エリカが少し間を置いて、ぎこちなく声をかけた。


「……だ、大丈夫。一緒に食べよう。リゼルのクレープは、世界一おいしいんだ。美味しいものを一緒に食べたら、ちょっとだけ……仲良くなれるから」


ナギが差し出した小さな紙袋を、エリカは興味深げに覗き込む。


「お、三つ入ってる。全員分ある。さっすがリゼル、わかってるじゃん」


袋の中を見たエリカは、思わず声を弾ませた。

そのはしゃぎぶりは、どこか無邪気な子どものようで、カイは戸惑いを隠せなかった。


「……あの、今日はどうして呼ばれたのでしょうか。もし、先日の規約違反についてなら、深くお詫びします。どうか処分は――」


言いかけたカイの言葉を、軽く遮るようにエリカが口を開いた。


「これだよ、クレープ。頼みたかったんだよ。最近リゼル、膝悪いでしょ? 代わりが必要だったの」


エリカは当然のように言って、袋からひとつを取り出し、カイに差し出す。


「ほら、一緒に食べよう。369N52」


「……カイ、です。カイ・セラノ」


カイはわずかに眉をひそめながら、静かに名乗り直した。


「そうだよね。名前で呼ぶって、大事だよね。カイも、一緒に食べよ?」


エリカの声に、ふわりと応えるように、ナギの祈念核が淡く共鳴した。

エリカの胸に宿る光と、ナギの胸奥から溢れ出す温かな波動が、そっと重なり合っていく。

その光景を見て、カイはようやく肩の力を抜いた。


安心したナギは満面の笑みでエリカの隣にちょこんと座り、小動物のように手を差し出す。

エリカは嬉しそうにクレープを一つ取り出し、丁寧にナギへと手渡した。


「ほら、これ。ピンクのやつ、君っぽいでしょ?」


「やったーっ!」


ナギの目がぱぁっと輝く。その姿に釣られるように、カイもゆっくり腰を下ろした。


「はい、カイのはこれ。バナナとマンゴー」


「……ありがとうございます」


受け取ったクレープを一口かじる。


「こっ……これはうまい」


エリカも一口頬張り、目を輝かせた。


「おー! 今日は特別フルーツが多いね! リゼル、わかってる〜!」


「美味しいーーーっ!」


ナギもクレープを頬張りながら、目を輝かせて叫んだ。


「でしょ?」


エリカは誇らしげに胸を張る。

それは記録でもデータでもなかった。

ただ、誰かと過ごす一瞬の時間。


エリカが、たしかに今を生きている証のように思えた。


その時、ルカが小さな足音をカツカツと響かせながら、エリカのもとへ駆け寄った。


「ルカもタベル。ルカもクレープ、タベル!」


その勢いに、カイが思わず声を上げる。


「おい、ルカ。お前、食べる口ないだろ……!」


エリカは優しく微笑んで言った。


「大丈夫。この子には祈念核がある。食べられなくても……この美味しさは共有できる」


そう言って、そっとルカの頭に手を置いた。


「クレープ、オイシー!」


ルカは喜びを表すように、小さな身体で皆のまわりをカツカツと駆け回る。

それを見て、エリカは子どものように無邪気な笑みを浮かべた。


カイは、そんなエリカの横顔を見つめながら、胸の奥がほんの少しだけ温かくなるのを感じていた。

管理システムであり、都市の中枢であり、神に近いものとされる、そのエリカが今ここにいる。


カイは、まだこの場所の意味を掴みきれずにいた。

けれどその隣で笑う記録者の姿が、なぜか心に残った。

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