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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十一章《残響する都市》

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第63話《塔の最下層へ》

朝の五時までに……。

まだ夜が明ける前の時間だ。

ナギを連れていく約束はしていたが、これは何かの始まりなのだろうか。


カイは、メールを読み返すたび、胸の内側がざわついてくるのを感じた。


眠気はとうにどこかへ消えていた。

カイはそのまま静かに立ち上がり、工具バッグを開け始めた。


午前三時四十五分。

空はまだ暗く、街の輪郭はかすかな蒼に沈んでいた。


カイはそっとナギの肩に手を添えた。


「ナギ、起きて。……エリカが呼んでる」


ナギは目を擦りながら身を起こし、眠気が残る表情のままゆっくりと毛布をたたみ始めた。


「……こんなに早く?」


「ああ。……またマリー様に、お祈りしたいんだろ?」


カイはできるだけ軽い口調で言ったが、その心は重かった。


 ――もしエリカが、ナギの祈念核に直接接触してきたのだとしたら。

 

もはやナギを残していくことに意味はない。危険を避ける術もない。


身支度を終えたナギの手を取り、玄関へと向かおうとしたそのとき――背後から、小さな音が聞こえた。


「……ママー!」


振り返ると、ルカが小さな足音を響かせながら駆け寄ってきた。

ナギの足にしがみつくようにして、ルカのレンズが潤んだように光っている。


「ルカモ、行ク……! ママト、一緒!」


カイは迷った。

今回の呼び出しの真意は不明だが、ルカに関係している可能性は高い。

であれば、いっそ――


「……連れていこう」


ルカがいて何かが動くのなら、それもまた答えのひとつだ。


ナギはうれしそうにうなずくと、小さなリュックを取り出し、中に柔らかい布を敷いた。

その中へ、ルカと聖記書を丁寧に抱えて入れると、背負うようにしてリュックを背中に固定した。


「……よし」


カイはナギの手を取り、夜明け前の静かな街へと歩き出した。


空はまだ青黒く、モノレールの高架が影のように浮かんでいる。

都市は眠りの中。

けれど、その静寂の先には何かが待っている。


今日という日が、運命を変える一日になるかもしれない――。


始発のモノレール。

その車両には、わずかな乗客しかいなかった。


窓の外には、まだ眠ったままの都市外殻が広がり、ビル群の隙間から薄明かりがゆっくりと差し始めていた。


ナギは座席の隣で目を輝かせながら、流れる景色をじっと見つめていた。


「カイ、見て……きれいだね」


「……そうだな」


カイは頷いたものの、その目の奥にはどこか曇りがあった。

そして、少し間を置いて、意を決したように口を開いた。


「なあ、ナギ。……その、エリカって人、他に何か言ってたか?」


ナギは窓から振り返り、にこっと笑った。


「うん。“会えるの楽しみにしてる”って言ってたよ」


「……そうか」


その言葉を最後に、カイは黙り込んだ。


――楽しみにしてる……? それは歓迎か、それとも処罰の皮肉か。


胸の奥で、祈念核がわずかに疼くような感覚があった。


得体の知れない恐怖――ナギと引き離されるかもしれない。

ルカが奪われるかもしれない。

あるいは、自分が罰を受けるのかもしれない。


そんな思考が、渦を巻くようにカイの思考を押し潰そうとしていた。


――このまま逃げてしまおうか。


一瞬、そう考えた。


けれど――その時、車内アナウンスが静かに鳴った。


「……次は、祈りの塔前駅」


カイは顔を上げた。


扉が開くと同時に、ナギが小さなリュックを抱え、ぴょんと先に飛び降りる。


「カイー! はやく、はやく!」


ナギが笑顔で手を振っている。

その背には、ルカの頭部がひょこっと覗いていた。


カイはわずかに苦笑しながら、あとに続く。


ホームに降り立つと、通信端末が振動した。

画面には、受信していた裏経路へのルート情報が表示されていた。


――かなり入り組んでるな。ネオスの監視網を避けるためか。


画面を確認しながら、カイはナギの手を取り、塔の裏手へと静かに進んでいった。


薄暗い通路、無人の整備道。

道順どおりに歩き、いくつかの分岐点を越えた先――


その路地の奥、祈りの塔の裏側に、ひとつの人影が現れた。


カイは思わず、足を止める。


それは……人なのか、何かなのか。

静かに、彼らを待っているようだった。


「……こっちだよ」


物陰から、かすかな声とともに手招きする影があった。


カイはナギの手をそっと握り直し、慎重に足を進める。


暗がりの中、ゆっくりと姿を現したその人物に、カイは目を見開いた。


「……あなたは」


あの時の塔のふもとのクレープ屋の女性だった。


「えっと……」


戸惑うカイに、女性は何も言わず、手提げ袋を差し出した。


「これを、エリカ様のところへ。あの子が好きそうな味にしておいたよ」


「え……?」


カイが袋を受け取ると、ふわりと甘い香りが立ちのぼる。


「クレープの匂い!」


ナギがパッと笑顔になり、袋に顔を近づけて鼻をくんくんと動かす。


女性はナギの頭をやさしく撫でた。


「道なりに裏手を下っていくと、小さな昇降機があるよ。古いけれど、今でもちゃんと動く。それに乗れば――塔の最下層まで、まっすぐ降りられる」


「……ありがとうございます。でも、どうして……?」


思わず聞きかけたその瞬間、女性はくるりと背を向けた。


「最近はね、右足の機構が調子悪くて……膝のあたりがね。坂道がちょっときつくてさ。歳だよ、ほんとに」


そう言って、軽く手を振りながら物陰の奥へと消えていった。

カイは言葉を失ったまま、その背中を見送った。


――いったい、あの人は何者なんだ? クレープ屋なんて、仮の姿なのか?


だが、その疑問に答える声は、どこからも返ってこなかった。


ナギが袋を抱えたままカイを見上げる。


「行こう、カイ」


「ああ……」


二人は言われた通り、塔の裏道を進み始める。


薄暗い、誰もいない下り坂。

足音と、ルカが背のリュックで小さく鳴らす「カツ、カツ」という音だけが、静かに響いていた。


やがて、道の終点にぽつんと佇む、古びた鉄製の昇降機が現れた。


その扉は、時の流れに取り残されたように黙って三人を待っていた。

まるで、ずっと前から彼らを待っていたかのように。

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