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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十一章《残響する都市》

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第62話《塔より招かれし声》

翌朝、カイは慌ただしく仕事をこなしていた。

通信端末が、いつもと同じように淡々と指令を告げる。


夕暮れ。街の高層ビル群が赤銅色に染まりはじめる頃、カイはようやく三件目の作業を終えていた。

巡回ユニットを見送りながら、作業バッグの重みを片肩に感じる。


「……ふう、今日はこれで終わりだと助かるが」


そのとき、耳元の端末が再び振動した。


『——西4区画7番地、水道管ヒビ。直ちに補修を』


「……西区画だって?」


つぶやいた声は誰にも届かない。

そこは自分の担当外で、水道設備も専門外だ。

しかも、あのあたりにはもう誰も住んでいないはずだった。

それでも、カイは確認ボタンをタップした。

拒否権など、ミデアに存在しない。

作業完了のサインこそが、唯一の返答だった。


「……やれやれ、今日は遅くなりそうだな」


ため息まじりに歩き出したカイの影が、夕暮れの街に長く伸びていく。

途中、新型巡回ユニットとすれ違う。

その無感情なレンズに見つめられた気がして、カイは少しだけ視線を逸らした。


「昨日の件……記録されてるのか?」


——あの古いユニットを連れ帰ったことが、都市に刻まれていたとしたら……。だが、あの子の命だけは記録されてほしくなかった。


一時間ほど歩き、廃墟が並ぶ西四区画の境界に差しかかったそのとき――


『——369N52』


耳元で、個人番号が呼ばれた。

思わず足が止まる。


「……え?」


『これは個人通信。誰にも共有されないわ』


いつもの無機質な音声ではない。

それは、感情の揺らぎを含んだ“誰か”の声だった。


「……誰、だ?」


『昨日の作業、完了シグナル出してないよね? 忘れたの?』


冷たい汗が背中をつたう。


――まさか……バレてる?


言い訳も出ない。沈黙が流れる。


『ふふ。じゃあ、違反処理。369N52、君は溶鉱炉行き』


「え、待って、それは――」


『冗談に決まってるでしょ?』


「……は?」


『ミデアって、からかい甲斐あるね』


皮肉交じりの笑いが通信の向こうに響いた。


『明日、祈りの塔の最下層まで来て。妹も一緒に』


「……妹?」


――ナギのことを言っているのか?


『塔の裏経路、道順は夜中に端末に送る。話したいだけ。心配しないで』


通信は、そこで唐突に切れた。

風が吹き抜け、廃墟の壁に砂が舞う。

カイはしばらく立ち尽くしていた。


「……今の声……まさか」


都市中枢に棲まう、伝説と化した存在――

だが今や誰もその姿を知らない。


「“妹も一緒に”って、どういう意味だよ……」


胸に、鈍い不安がこびりつく。

カイは踵を返し、夕闇の街へと歩き出した。


自宅に戻ると、ドアを開けながら呟いた。


「……ただいま」


「おかえりー!」


ナギの明るい声が玄関に響いた。

その瞬間、床を駆ける小さな足音が跳ねる。


「ママー……ママー!」


あの修復したばかりのユニット――B34-112が、元気に駆け抜けていく。


「……喋った?」


カイは目を見開いた。

発声装置は搭載していないはずだった。


「すごいでしょ! ルカって名前にしたんだ。さっきから少しだけ喋るの!」


「……ルカ、ね」


ナギが嬉しそうに抱き上げたユニットのレンズが、カイを見つめる。


「カイの顔……ブサイク」


「……」


部屋に妙な沈黙が流れる。


「ルカ! そんなこと言っちゃダメでしょ!」


ナギが慌てて頭をつつく。

カイは肩をすくめて苦笑いを浮かべた。


「……よろしくな、ルカ」


ルカは「ピッ」と音を立てて逃げるように走り去り、ナギが笑いながら追いかける。

その後ろ姿を、カイは静かに見つめていた。


「……この子はもう、ただのユニットじゃない」


ナギの祈りが、欠片に命を与えた。

それは、確かな“はじまり”だった。

ナギはルカに言葉を教え、ルカは不器用に応えようとする。


「“カイくん”って言ってみて、ルカ」


「カイくん、ブサイク」


「……そこだけ学習しないでよー!」


カイはソファに腰を下ろし、笑いながら天井を見上げた。


「……平和、だな」


だがその温もりの奥に、不安の影が揺れていた。


――明日、祈りの塔へ。妹も連れて。


ナギには話すべきではない――そう決めかけた矢先に、ナギが笑顔で振り返った。


「カイ、明日楽しみだね!」


「……え?」


「また塔に行けるんだよね?エリカって人が言ってたよ」


――直接、こんな距離でナギの祈念核にアクセスを?


もはや、隠すことはできなかった。


――全部、見られてる。


ナギに危害が及ぶことだけは避けなければならない。

カイは静かに、深く息を吐いた。


「……ああ、話してあったんだな」


「うん! 最初ねマリー様なの? って聞いたらエリカだよって」


「そうだったのか……じゃあ、一緒に行く……か……」


他に道はなかった。


どうか――この道の先が、“罰”ではなく、“導き”であることを願って。


カイはそっと立ち上がり、作業バッグの整理を始めた。

背後には、ナギとルカの笑い声が、絶え間なく響いていた。


カイは、その音の中に――守るべき命の重さを、確かに感じていた。

 

――真夜中。


都市外殻は、どこか不気味なほど静まり返っていた。

その沈黙のなか、カイはベッドの上で目を閉じることができずにいた。

ナギは隣の部屋で、毛布を軽く蹴飛ばしながら寝息を立てている。

そのすぐ傍らには、小さな身体を丸めたルカが寄り添うようにして眠っていた。


眠る直前、ナギはぎこちない読み方で、ルカに聖記書を読み聞かせていた。

ルカは静かに、まるで子どものようにそれを聞いていた。


――こんな光景を、誰が想像できただろう。


カイは、部屋の窓に近づいた。

その奥、遠くの都市中央――闇に浮かび上がるようにして、祈りの塔がそびえ立っている。

灯りはなく、ただ冷たい青のシルエットが静かに夜空に溶けていた。


そのとき――

端末が、かすかな振動を発した。


「……?」


仕事の通信ではない。

システムからの指令であれば、もっと強制的な呼び出しが入る。

それは、個人宛の受信だった。

カイはすぐに内容を確認した。


差出人:E.R.i.C.a.


胸の奥――祈念核がドクンと大きく脈を打つ。


メッセージは簡潔だった。


『始発の交通モノレールに乗って、朝五時までに来て。裏経路の入り口に係を立たせておく。その者から“ブツ”を受け取って、私に届けて。遅れないで。』


「……ブツ?」


その指令を見つめながら、カイは胸の奥の祈念核が静かに震えるのを感じていた。

内容は曖昧だったが、命令形の口調は変わらない。

何を運ばせるつもりなのか。

あるいは、その係が誰なのか――情報はなかった。

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