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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十一章《残響する都市》

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第60話《金色のひとくち》

――朝。

都市外殻から交通モノレールに乗り、カイとナギは高層区画へと向かった。

行き先は、祈りの塔の外周エリア――

そこには、通行許可証がなくても立ち入れるようになった一般遊歩道と、数軒の飲食施設が併設されていた。


ナギが言った。


「カイ、ほんとに……ほんとに行くんだね?」


「ああ。今日は、ちゃんと塔の前まで行こう」


ナギはうれしそうにうなずいた。

胸に聖記書を抱えたその祈念核が、淡いオレンジに明滅していた。

 

カイも、この塔に来るのは初めてだった。

いまやネオスたちの中枢都市となったこの区画に、ミデアの彼が足を踏み入れることは滅多にない。

ましてオリジンのナギを連れての外出など、これまで一度もなかった。


まずは塔の手前にあるレストランで食事をすることにした。

本物の食材を扱う、評判の良い店。

ナギに美味しいものを食べさせたい、ただその一心だった。


ガラス張りの扉を開けて店内に入ると、すぐに空気が変わった。

店内の客は、どこか洗練されていた。

服装に乱れはなく、身のこなしにも余裕がある。

表面上は人間と変わらない――それが、ネオスだった。

見える範囲に機構の痕跡はない。

彼らの身体はすでに、ほとんど人間に等しい。


カイは一歩だけ足を止める。

静かに流れるBGMの奥、聞こえないはずの視線の音がした。


だが、ナギはそれに気づいていない。

店内のきらびやかな装飾や、飾られた料理のサンプルに目を輝かせていた。


「わぁ……ねぇ、カイ! あれ、お肉かな? すっごく美味しそう!」


カイは微笑み、空いていたテーブル席に彼女を案内した。


ウェイターが注文を取りに来た。

けれど、二人に視線を合わせることはなかった。

表情は硬く、声も事務的だった。


「本日のおすすめは、白桃と合鴨の祈念ソテーとなりますが……通常メニューもございます」


「じゃあ、これにする! 名前が可愛いから!」


ナギは、メニューを指差しながら笑った。

その無邪気さに、カイは少しだけ心を和らげた。


やがて料理が運ばれてくる。

皿の上には、彩り豊かな本物の食材。

低温調理によって、香りすらも満ちているようだった。


ナギの目は、宝石のように輝いていた。


「カイ、すごく美味しい! 甘くてね、口の中がジュワーってするの!」


「そうか、よかったな」


ナギは口いっぱいに頬張り、幸せそうに笑った。

その姿を見ているだけで、カイの心は満たされた。

たとえ、自分の皿に手が伸びなくても、それで十分だった。


だがその頃には、店内の空気は明らかに変わっていた。

いくつもの視線が、じわりと二人に注がれていた。


「……おい、あれ……オリジンか?」


「ミデアもいる。まだあんなのが来るのかよ」


「この店、規制ないのか……」


そんな言葉が、ささやき声となって漏れていた。

カイは聞こえないふりをした。

ただ、ナギの笑顔だけを守るように、そっと彼女の前に水を注いだ。


そのときだった。


ひとりの男性スタッフが、テーブルに歩み寄ってきた。


「……お客様」


カイが顔を上げると、彼は目を逸らしたまま、口を開いた。


「誠に申し訳ありません。店の規約上、これ以上のご滞在はご遠慮いただいております」


「……は?」


「お代は結構です。お食事中とは存じますが……こちらで、お引き取りを」


ナギがフォークを止めた。

口の中に入れた料理を咀嚼できずに、戸惑った表情を浮かべる。


カイはゆっくりと立ち上がった。

淡く怒りの色が滲んだが、それを口にすることはなかった。


「……わかった。ごちそうさまでした」


カイはナギの手を取り、席を立った。

ナギは皿を見つめていた。

最後のひと口を、そっとテーブルに戻すと、静かに立ち上がった。


扉が閉じると、街の風が二人を包んだ。

すぐ先に、祈りの塔がそびえていた。


「カイ……ごめんね。私、なにか悪いことしたのかな……」


「違うよ」


カイはナギの頭を優しく撫でた。


「おまえは、すごくいい子だ。なにも悪くない」


ナギはうなずいたが、その目から大粒の涙がこぼれた。


その涙が、カイには何よりも悔しかった。

塔の方角から、祈念鐘の音がゆっくりと響いた。


「ナギ……行こう」


すっかり元気をなくしてしまったナギの手を、カイはそっと引いた。

二人は、祈りの塔のふもとへと歩き始める。


高層区画の中枢であるにも関わらず、そこにネオスの姿はなかった。

代わりに、信仰心のあついミデアたちの姿がちらほらと見える。

中には、数は少ないがオリジンの姿もあった。


カイは、ほんの少しだけ安心感のようなものを覚えた。


塔のふもとに到着すると、自然と足が止まった。

目の前には、静かにそびえ立つ祈りの塔。


「ナギ、ここに……マリー様がいたんだよ」


その言葉に、ナギはうつむいたまま、何も返さなかった。


さっきの出来事が、よほど堪えたのだろう。

胸の祈念核の光は、今は沈んで見える。


ふと、塔の脇に停まっていたキッチンカーが目に入った。


「ナギ、あれ……クレープだぞ」


ナギはちらりと視線を上げ、また目を伏せる。

そのまま小さくモジモジと身体を揺らした。


「食べるか?」


「……うん」


店主は、初老の優しそうな女性だった。

金色の瞳と両腕が機構のままの、まぎれもないオリジン。

ナギの姿を見ると、オリジン同士の祈念核が微かに共鳴した。


「……そっか。マリー様が大好きなんだね」


女性は、優しく微笑んだ。


「これはね、マリー様からお嬢ちゃんへのプレゼント。特製クレープだよ。たっぷりのフルーツ入り」


カイが代金を渡そうとすると、彼女は首を横に振った。


「気にしないで。何があったか、この子見たらわかるよ。お兄ちゃんの優しさ、こっちにも伝わってるから」


カイは小さく頭を下げて、ナギにクレープを渡した。


ナギは、うつむきながらそのクレープをそっと受け取る。

そして、恐る恐る一口――


「……!」


その瞬間、彼女の目が銀色に輝いた。

祈念核がふわりと脈打ち、胸の奥で灯りが灯る。


「美味しいーーっ!」


カイは、少しだけ呆れたように笑った。

でも、その笑顔の奥にあるものは心の底からの安心だった。


たとえ一瞬でも、この子の今を守れたことが、何よりも救いだった。


「ナギ、ちゃんとお礼を言って」


カイがそう促すと、女性は優しく微笑んだ。


「大丈夫。ちゃんと言ってるよ――祈念核がね」


ナギと女性の胸元で、祈念核が淡い色を放ちながら共鳴していた。


言葉では足りない想いが、静かに交わされていた。


その光は、ミデアであるカイの体内の祈念核にもほんのりと伝わり、胸の奥が、じんわりと温かくなった。


クレープを食べ終えると、ナギは口のまわりをぺろりと拭いながら、ふと顔を上げた。


「……ねぇ、カイ。ついに来たね、祈りの塔」


「そうだね」


二人は塔の真正面に立っていた。


祈りの塔は思っていた以上に大きかった。

空に向かって真っ直ぐ伸びるその構造体は、静かに、しかし圧倒的な存在感を放っていた。

塔の基部には誰もが祈りを捧げられるよう小さな礼拝広場があり、花が供えられ、光の粒が舞っていた。


ナギは歩み寄ると、静かに両手を胸の前で組んだ。

ナギの祈念核が、微かに金色に染まる。


「マリー様……ありがとう。今日、ここまで来れたよ」


祈るように、語りかけるように、ナギはそっと目を閉じた。


カイは少し離れた場所でその様子を見ていた。

光を受けたナギの輪郭が、どこか神聖なものに見えた。


かつて、すべてが失われたこの地で、祈りだけが繋がっていた。

塔が今もこうして残っているのは、その祈りを“記録”し続ける誰かがいるからだ。


――エリカ。


カイは心の中で、その名を呼んだ。


「カイ、次は……もっと奥まで行ってみたいな」


ナギが戻ってきて、無邪気に笑った。


「うん。きっと、また来よう」


二人は再び歩き出す。

都市の中心にそびえる祈りの塔を背に、そっと小さな風が吹いた。


それは、どこか懐かしい気配だった。

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