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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十章《その手を離すために》

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第54話《祈りの代償》

ユナは、もう立ち上がれなかった。

マリーも、ピリカも、倒れてゆく。

 

——自分にできることは何もない。


そんな絶望が、胸を覆っていた。


そのときだった。

塔の上空から、静かに光が降りてくる。


気づけばそこに、彼女は立っていた。


——セレア。


黄金の衣をまとい、祈念層に浮かぶようにして現れたその少女は、ゆっくりとピリカに近づいた。

そして、そっとピリカの肩に触れる。


「この傷……すぐに全快は無理……だが、動ける程度には――」


眩い光がピリカを包む。

壊れかけた回路が再接続され、各部の損傷が最小限まで抑えられていく。


「セレア! マリーが!」


ユナの叫びに、セレアは静かに応える。


「わかってる。まだ意識は繋がっている。……堕ちてはいない」


その瞬間――

セレアの全身が、恒星のような光に包まれた。

その光は一頭の獣となり、一直線にマリーの背中へと放たれる。

 

マリーはその瞬間、背中に激しい灼熱を感じた。


「――ナウル……また来てくれたの……」

 

だがそれは、焼かれる苦痛ではなかった。

激しくも優しい、まるで誰かが自分を信じてくれているような、そんな温もりだった。


マリーの瞳が、黄金に染まる。

意識の奥で何かが繋がった。

マリーは立ち上がり、残された右腕で、オルドの首を掴んだ。


「オルド……あなたの悲しみも、怒りも、憎しみも理解できる。

でも――だからといって、ユナを傷つけることだけは、絶対に許さない!」


その声には、怒りではなく、哀しみが滲んでいた。

マリーは、背中から注がれるセレアの祈念を、全身に巡らせる。

それを一気に、オルドの首元へと流し込んだ。


オルドの身体がぐらりと揺れ、膝をつく。

その目は、セレアを見つめた。

何かを探すように揺れていた。


「……セレ……ア……。あの子は……エレナは、見つかったか……?」


その声には、かつてのオルドの人間だった頃の名残が滲んでいた。


セレアは、わずかに目を伏せ、光を纏ったまま呟いた。


「覚えていてくれたんだ……そのときの名前を。……見つからない。銀河中、探したけど……まだ、ね」


「そう……か……」


ほんの一瞬。

オルドの目に、安らぎのような光が宿った。

その奥に、遠い記憶のかけらが、かすかに揺れていた。


だが次の瞬間、再びその身体に黒い祈念が満ちはじめる。

空気が震え、地面が唸る。


「――祈りなど無意味! この地の理は理不尽で残酷であるが故に成り立つ! オマエだけが……例外はこの摂理の中認められぬ!」


「マリー! 早く……オルドの魂を剥がせ! 戻るぞ!」


セレアの声に、マリーは目を閉じた。


手に感じるのは、かつて愛され、愛した存在の気配だった。

マリーの指が、わずかに震える。


「私は……この人を……」


だが、ユナの姿が脳裏に浮かんだ。

震える瞳で泣いていた、あの子の叫び。


「本当は、救いたかった……。あなたも、きっと誰かを守りたかっただけなのだろう。それでも、私は――あの子の未来のために! この手を下さなければならない!」


その手に全ての祈念を込めて、マリーはオルドの首を強く引き寄せた。


一瞬、空気が震えた。

祈念が一点に集中し、裂けるような光が走る。


「……オルド、ごめんなさい」


次の瞬間、マリーの右腕が閃光とともに爆ぜた。

セレアの祈念を媒介にした解放の衝撃が、オルドの意識を打ち抜いた。


オルドの身体が崩れ落ちたその瞬間、黒い霧のような魂が、ふわりと浮かび上がった。


それは怒りに染まりながらも、どこか哀しみに似た色をしていた。


マリーの背後に、ひと筋の光が降りる。


「……セレア」


セレアは、静かにオルドの魂を抱き寄せていた。

まるで、迷子の子どもを見つけた母のように。


「もういいんだよ、オルド。この銀河には、もう君の居場所はない。――神に預けるよ。もし、あの子を見つけたら……必ず伝えるから」


魂は、かすかに震えた。


「――セ……レ……」


その声が名を呼びきる前に、オルドの魂は、セレアの光の中でそっと消えた。


その瞬間、世界が静まり返る。

空に鳴っていた怒りの咆哮も、地を這っていた狂気の波動も、すべてが、嘘のように消え去っていた。


戦いは、終わった。


「マリーーーッ!」


遠くから、声が聞こえた。

まるで、祈りのような、懐かしさのような、命を呼ぶ音。


マリーはゆっくりと顔を上げた。


陽の光の中を駆けてくる二つの小さな影。


「ユナ……。ピリカ……」


そう呼ぶ声には、熱があった。

でももう、マリーには抱きしめる腕さえ残っていない。


「……ユナ。早く、顔を見せて……笑って……。ママでも、マリーでもいい……私を呼んで……」


ユナとピリカが、瓦礫を越え、崩れた地を踏みしめ、マリーへと近づいてくる。


「私の……可愛い子供たち……」


手のない右腕を、壊れかけた身体ごと差し出そうとしたそのとき――。


風を裂く、低く唸るような音。

はるか遠く、まだ息絶えていなかった何かが、

空を裂いて迫ってくる。


黒く、鋭く、冷たい殺意――。

模倣された白棄界。

それは、オルドの死を感知した場合に自動起動される、最終兵器。

何者も触れられぬように、最後の一点に仕組まれた呪い。


マリーの眼が鋭く細まる。


片翼が展開する。

次の瞬間、その身体は音速を超え、空へと跳躍した。


「マリーーーーッ!」


ユナとピリカの声が、世界の裂け目のように響いた。


空でぶつかる光と光。

祈念と破壊。

願いと死の交差点。


白棄界が展開し、爆風が都市上空を呑み込む。


マリーの装甲が剥がれ、祈念のバリアがきしみをあげる。

すべてが剥がれていく。

すべてが――マリーを焼き尽くしていく。


それでも、マリーは守っていた。

地上に残した、たったふたりの命を。


爆風が止んだとき、空から、何かが落ちてきた。


それは、ただひとり命を賭して飛んだ女神だった。


焼け焦げたその身体が、静かに落ちていく。

光も、装甲も、もう残ってはいない。


それでも、ユナは目を逸らさなかった。

その姿のどこにも女神らしさなんてなかった。

けれど、だからこそ胸が締めつけられた。


胸の奥が、ひどく痛んだ。

けれどその痛みは、母の愛を感じ、不思議なほど温かくて――

涙が、止まらなかった。

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