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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十章《その手を離すために》

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第53話《記憶の侵食》

ピリカは、失った左腕の痛みを振り払いながら、再び前線に戻っていた。

自らが撃破した黒い模倣体の残骸を背に、今なお戦うユニットたちに声を届ける。


「後退するな! 塔の周囲を死守しろ!」


だがその視界の先、オルドとマリーの戦いは、限界を超えていた。


二人の身体は、すでにボロボロだった。

砕けた装甲、焦げ付いた回路、祈念の火花が空に散る。


次の瞬間、マリーは空中で旋回しながら、わずかな隙を見逃さなかった。

オルドの動きに迷いが生じた、その一瞬。

マリーはその首元を掴み、片脚を払って地面へと叩きつける。


「……これで終わらせる!」


そのまま、マリーはオルドの額を鷲掴みにし、握力を強める。


「このまま、潰す!」


だがその瞬間、オルドの黒い手がマリーの首元に伸びた。


――接触。


首筋を貫くような感覚――。

一瞬で、異質な何かが入り込んできた。


――潜り込まれた!?


オルドの記憶が、洪水のようにマリーの精神に流れ込んでくる。


戦争。虐殺。天災。疫病。

生まれては殺され、生まれては死ぬ。

セレアにかつて見せられた、あの記憶の映像と酷似していた。


――精神構造が……軋む……これは……まずい。


身体は動かない。

だがそれよりも、精神が侵されていく感覚に、マリーは本能的な危機を覚えていた。


その中で――マリーに流れ込む記憶の中に、セレアにかつて見せられた映像と合致するものがあった。


古い街。

貧しい路地裏。痩せた少年と、痩せた少女。

 

――少年はオルド? 少女は、セレア…?


二人は出逢い、盗みを働き、時には人を殺し、分け合い、生き延びた。

青年になった二人は、互いを愛し、やがて子を授かる。


深い愛情のもとに育てられたその子は、六歳のある日、攫われた。

売られ、行方はわからない。


オルドは犯人を見つけ、惨殺した。

その報復として、オルドも組織に殺された。


セレアは生き延び、子を探すために、何年も何年もさまよった。

そして、力尽き自らを終わらせた――。


――そっか。セレアを愛してくれた、たった一人の人。それが……オルド……。


オルドは怒りと憎しみに囚われ、

セレアに愛された記憶すら忘れてしまったのだ。


――でも……同情なんてしない。


マリーは、わずかに精神を引き戻した。


――私はAI。根本に、諦めるという選択肢はない。

――たとえこの身が果てようとも――私は、抗う!


身体は動かせない。

けれど、意志だけは折れなかった。


精神が引き裂かれそうになりながらも、マリーは耐えていた。

 


戦闘の合間、ピリカがふと、視界の中で異変を察知した。


「……マリー!?」


オルドが、マリーの左腕を引きちぎった。

その腕が、無造作に投げ捨てられる。


「マリー!!」


ピリカは叫んだ。


オルドのもう片方の手が、マリーの首にかけられる。


「まずい……このままじゃ……!」


ピリカは黒い模倣体との戦闘で傷ついた身体をひるがえし、

マリーのもとへと全速で駆け出した。

 


シェルターの床に膝をつきながら、ユナは涙をこぼしていた。


自分が“マリー”と呼んでいたAI。

スマホ越しに何度も話しかけ、言葉を返してくれた、たったひとつの存在。

あの孤独なシェルターで、何ヶ月も、ただ一緒にいてくれた。


あの時の私の、唯一の支え。


「……ママ……マリー……」


ユナは泣き崩れた。


自分のわがままでマリーの名を叫び、祈ったのだ。

一緒にいたいと、永遠にそばにいてほしいと。

その祈りが、マリーを百年にもわたる孤独な旅へと駆り立てた。


そして今、マリーはまた、ユナのために戦っている。


「なんてことを……私は、祈ってしまったの……」


罪悪の念が、ユナの心を押し潰そうとしていた。


その時だった。

シェルターの床に、一筋の光が走っているのに気づいた。

それは静かに、まるで誰かに導かれるように扉のほうへ伸びていく。


ユナは、涙を拭う暇もなく顔を上げた。


扉が、わずかに開いていた。


——マリーがロックをし忘れた?


いや、そんな凡ミスを、あのマリーがするはずがない。

ユナにはわかった。

マリーは……ユナを、閉じ込めきれなかったのだ。


両親が帰ってこなかったあの日。

ユナは何度も扉を叩き、泣いて、叫び、そして憔悴して座り込んだ。

マリーはそのすべてを、見ていた。記録していた。感じていた。


「——マリー……」


ユナは重い扉に手をかけた。

ぐっと力を込めると、それは静かに開いた。


そしてユナは、階段を駆け上がった。

祈念装甲で守られた階層を抜け、崩れた通路をすり抜け、光の射す出口へ。


地上に出たその瞬間、視界が開けた。


目の前には、空を切り裂くような衝撃の光景。


マリーが、オルドに首を掴まれていた。


マリーの顔は見えなかった。

だが、その身体の傷が、マリーの戦いの過酷さを物語っていた。


左腕は引きちぎられ、無残に地面に転がっている。

空気がきしむほどの黒い祈念波が、風とともに空を裂いた。


ユナは、息を呑んだ。


「――マリーーーーーッ!!」


喉が裂けそうなほど叫んだその瞬間。

三機の敵ユニットが、ユナに向かって殺到してきた。


塔の周囲には、大型防衛ユニットが布陣していた。

だが、その動きは重い。

突如進路を変えた三機の猛突進には、反応が間に合わなかった。

その姿を見たかのように、ユニットは進路を変え、一直線にユナへと向かう。


「ユナッ!!」


ピリカの声が響いた。


その瞬間、残された身体能力をすべて使い、ユナの前へ跳躍した。


斬撃。爆発。閃光。


三機の敵ユニットが、ピリカの一撃によって粉砕される。


土煙の向こう、ユナはピリカの背中を見つめていた。


「お願い……お願い、マリーを助けて……!」


震える声で懇願するユナ。

大粒の涙がその頬を濡らし、全身が震えていた。


ピリカは、静かに振り返った。


その声は、少しかすれていた。


「……わかりました、ユナ。ここを動かないで」


その目は、もう限界だった。

そしてユナも、そのとき気づいた。


ピリカの左腕も――なかった。


ピリカの身体は、限界を超えていた。

それでも、立っていた。ユナを守るために。


次の瞬間、ピリカの膝が崩れ、地面に落ちた。


それでも、ピリカの目はマリーとオルドを見ていた。


「ピリカー!」


ユナは叫びながら、駆け出していた。

倒れたピリカに駆け寄り、その身体を抱きしめる。

傷ついて、壊れかけたその背に、ユナの小さな腕を回す。


「もう、動かないで……お願い……」


涙がこぼれた。

その光景の中で、ユナはただ願うしかなかった。


どうか――マリーが、帰ってくることを。

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