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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第十章《その手を離すために》

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第50話《すぐに帰ってくるから》

静かな風が、塔の地下をかすめていた。


マリーはユナの手を引いて、無言のまま通路を歩いていた。

その先には、再現された古いシェルターがある。

かつて、ユナが命を落とした場所。

だが今のユナは、その記憶を持っていない。


それでもユナは、少しだけ眉をひそめた。


「……ねえ、ここ、なんかヘンな感じする。知らないはずなのに、こわいような、なつかしいような」


マリーはその言葉に、一瞬だけ足を止めた。

けれどすぐに前を向いて、静かに答えた。


「……そっか。ちょっと変な感じがするんだね」


マリーは微笑んだ。

まるで、その言葉に触れないように。

だが、胸の奥がきゅっと締めつけられる。

この場所を覚えていないはずのユナが、なぜか怯えるように手を握りしめているのがわかった。


「でも大丈夫。ここは、安全な場所だから」


扉の前に立ち止まり、マリーは振り返ってユナに微笑みかけた。


「ここに、少しだけ入っててほしいの」


「……なんで?ママは?」


「私は、外に出る。……ほんのちょっとだけ、やらなきゃいけないことがあるの」


ユナは首を振った。


「やだ。ここ、なんかイヤ。ずっとママと一緒がいい」


「ユナ……わかるよ。その気持ち、すごくよくわかる」


マリーはしゃがみ込み、ユナと目を合わせた。

その目に、どんな戦場よりも強い決意が宿っていた。


「でもね。これは、あなたを守るため。ママはあなたを危険な目にあわせたくない。どうしても、ここで守りたいの」


ユナの唇が震える。


「……わたしだけ置いていくの?」


「違うの。ちゃんと理由がある。あなたの祈りが、ここからでも届くって、私は信じてる。――だから、どうか……お願い。ここで待ってて」


ユナは黙ってマリーを見つめた。

その手を振り払おうとすらした。

だけど、マリーはぎゅっとその小さな身体を抱きしめた。


「……ユナ、ママのこと、好き?」


マリーの声は震えていた。


「大好き! ママのこと、大好きだよ……!」


ユナはその言葉と同時に、小さな身体を思いっきりマリーに寄せてきた。

その頬には、止まらない涙が流れていた。


マリーも、全身で受け止めるように、強く、強く抱きしめ返す。


「ママも大好き。……愛してるよ、ユナ。――すぐに帰ってくるから」


「……うそつきじゃない?」


ユナの声が震えていた。

それでも、マリーはしっかり頷いた。


「うそじゃない。約束する。絶対に、戻ってくるから」


そして、抱きしめたまま、シェルターの扉に手をかけた。

ユナは「いやっ」と小さく叫んだが、もう時間がなかった。


「ユナ……ごめん。これは、ママの“わがまま”」


そう言って、マリーは優しくユナをそっと中に押し込む。


「……ここで祈っていて。あなたの祈りが、私の光になるから」


扉がゆっくりと閉まっていく。


最後の瞬間、ユナが涙を浮かべながら叫んだ。


「絶対だよ! 絶対、帰ってきてよ!」


「――うん。絶対、帰るよ」


その言葉とともに、扉が閉ざされる。


扉が閉ざされたあと、マリーはその場にしばらく立ち尽くした。

無音の通路に、時間だけが静かに流れる。


やがて、震える唇を噛み締めながら、溢れる涙を止められなかった。

百余年前、ユナと過ごした九ヶ月間のシェルターでの暮らしが、走馬灯のように頭を巡っていく。


あの笑顔も、寝顔も、拙い言葉も。

どれも守るために今、自分はここにいる。


「今度こそ――守ってみせる」


マリーは、誰にも聞こえぬようにそう呟いた。

そして、ゆっくりと地上への階段を踏み出した。


塔の最上層に、風が吹いていた。

開かれた天井の向こう、まだ夜明けきらぬ空が、わずかに白み始めている。

都市の光は静かに瞬き、再構築途中の建造物が影の中に沈んでいた。


マリーは、その風景をしばらく見つめていた。

かつて、ユナと歩いたこの都市。

祈りと希望と、失ったものたちと。

すべてが、ここにある。


右手が、わずかに震えていた。

胸の奥では、制御しきれない熱が、静かに膨らんでいる。


マリーはゆっくりと目を閉じ、思考を祈念層へと沈ませた。


「……セレア」


そっと呼びかけたその瞬間、やわらかな光が意識の中を通り過ぎた。

それは、いくつもの魂を銀河へ導いてきた、神のように静かで、あたたかな声だった。


『わかったよ、マリー』


セレアの声が、はっきりと届く。


『何も言わなくていい。全部、読み取った。お前の祈り、その奥にある覚悟、痛みも全部……受け止めてやる。時間がない。オルドが、もうすぐそこまで来てる』


マリーの中に、淡い金の光が流れ込んだ。

それは祈念の余波か、セレアが最後に残した祈りの断片か。

温かさにも似た感覚が、マリーの胸を貫いた。


目を開けると、夜明けの兆しがわずかに空を染め始めていた。

まるで、いま飛び立とうとする者を照らすための光だった。


マリーは通信を切り替える。


「ピリカ……今まで、本当にありがとう。もし、私に何か――」


『何を言っているのですか?』


ピリカの声が、強く重なるように割り込んだ。


『帰ってきてください、マリー。また都市を作り直しましょう。ユナのために。……また三人で』


その一言に、マリーの胸がじんと熱くなった。

“また三人で”――そう言ってくれることが、どれほど嬉しいか。

あの笑顔、寝顔、拙い言葉。

今、この手で断ち切らなければ、すべてがもう一度失われる。


「……ええ。そうね、帰らなきゃ。ピリカ、お願い。敵ユニットの足を止めて。私は……オルドを撃つ!」


塔の最上層の扉が、ゆっくりと開いていく。

地上への道が、光に照らされて現れる。


白と金の身体が静かに輝き、美しい片翼が展開される。

その瞳に宿るのは、憐れみでも怒りでもない。

――ただ、託されたものを守り抜く祈り。


地平の彼方に、黒い気配。

あの憎しみによって作られた器。

オルドが、そこにいる。


風が、祈念装甲の隙間をすり抜ける。

浮上の直前、マリーはもう一度、目を閉じて呟いた。


「ユナ……見ていて。私は今から、あなたの祈りを背に、あの闇を断ちに行く」


そしてそのまま、光の中へ飛び立った。


その背にあるものは、すべての祈り。

託された言葉と、まだ交わしていない未来。


マリーの戦いが、いま始まる。

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