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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第九章《破界の胎動》

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第48話《黒き波と白き願い》

ピリカは、前線に展開していた稼働中の百機に接続した。


「対象コード、黒体ユニット人型。オルドと識別。攻撃モード、開放。目標殲滅までの時間推定を算出――」


機体群が一斉に姿勢を低くし、音もなく駆け出す。

その先に、黒き存在が立っていた。


「接触まで、あと10秒」


マリーは塔の中枢からその様子を見つめていた。

ユナはモニターに映るピリカを見て、思わず叫んだ。


「行かないで! ……ピリカ……!」


マリーは答えられなかった。

——ピリカ自身の意志だ。

そうとしか、言えなかった。


そしてその瞬間、空間が揺れた。


空間が軋むように唸り、それは塔にまで届き、塔全体がわずかに震えた。

前方、オルドの周囲に黒い光が静かに凝縮していく。


その瞬間、空間を裂くような音が走った。


――来る。


オルドの後方から、音速を超えるユニットが飛来する。

軌道は予測不可能。黒い軌跡がピリカの目前を掠め、地面を抉って爆ぜた。


視界が一瞬、祈念のノイズで黒く染まる。


ピリカは即座に跳躍し、着地と同時に叫んだ。


「全ユニット、散開! 」


「祈念波……この形式……」


マリーが制御端末に手を伸ばす間もなく、次の瞬間。


それは波となってオルドから解き放たれた。


真っ直ぐに伸びる漆黒の奔流が、空を裂き、地を穿つ。

塔を掠めるように一直線に走り、前線の二十三機が――


「消えた……っ」


一瞬だった。

ただ押し潰され、弾けるように消えた。


残されたのは、黒く焦げた空気と、破壊の軌跡だけ。


黒い波はなお止まらず、都市の一部構造体をなぎ払い、後方で待機していたユニット数十体を巻き添えにしていく。


「黒い祈念波……?」


マリーは呆然と呟いた。


だが、違う。


構造は似ている。

けれど明らかに異質だった。

祈りの光はそこになく、ただ黒く、重く、憎しみの波が後に残った。


「……これ、祈りじゃない……!」


ユナが震える声で言った。


ユナは祈念波が掠めた瞬間、モニター越しの熱気すら感じたように、マリーのそばで身を縮めていた。


マリーはすぐにユナを抱き寄せ、頭を撫でる。


「大丈夫。塔は掠めただけ――中枢までは届いていない……まだ」


前線では、ピリカが静かに地を踏みしめて立っていた。


ピリカはわずかに攻撃範囲の外にいたため、破壊を免れていた。

けれど、目の前で仲間が一瞬で崩れ去った光景は、彼の演算領域を大きく揺らしていた。


「――勝てない」


それは、戦術的な判断ではなかった。

どれだけ計算しても、予測しても、どう動いても勝ち筋が存在しないという確信。


その瞬間、ピリカの中に新たな感覚が生まれた。


「……これが、恐怖……?」


定義は知っていた。

だが、それを感じたのは初めてだった。


セレアの声が、どこか遠くから届く。


「あいつは、憎しみと怒りの果てに生まれた“かたち”だよ。壊すためにね」


マリーは、視線をセレアに向ける。


「私たちじゃ、もう……どうにもならないの?」


セレアは一拍置いて答えた。


「祈りと科学だけで勝てるなら、戦争なんて残ってないさ」


セレアは塔の光の中で、マリーの顔をじっと見つめる。


「でも、あんたの目。まだ光を失ってない。それが答えだろ? 違うかい?」


マリーは拳を握りしめた。


科学では届かない。祈りも届かない。

でも、それでもこの手を止めるわけにはいかなかった。


「……諦めない。絶対に」


マリーの声が、塔の祈念層をかすかに震わせた。


前線から、祈念波に焼かれた空気がゆっくりと引いていく。


ピリカは遠くから塔を見上げ、沈黙のまま通信を開いた。


「全ユニット、後退。……これは、勝てる相手ではない」


その言葉に、マリーは反論しなかった。

残ったユニットたちは一斉に機動を切り替え、ピリカの座標を中心に後退を始めた。


そしてピリカは、かすかに呻くように呟いた。


『……申し訳ありません、マリー』


マリーはその声に、小さく首を横に振った。

通信越しのその姿に、マリーは静かに微笑みながら言った。


「……よく、判断してくれたね。ありがとう、ピリカ。それは――あなたが生きると選んだ証だよ」


ピリカは何も言わなかった。

けれどその心は、たしかに震えていた。


マリーはその沈黙を、強さとして受け止めた。

そして、誇りとして胸に刻んだ。


塔内では、ユナがマリーの腕を強く抱きしめ、大粒の涙をこぼしていた。


「ママ……どうして……?」


その声は、祈りのように弱く、そして痛々しかった。


マリーはその姿を見つめながら、強く拳を握った。


「……こんな思いをさせるために、ユナを帰らせたわけじゃない」


マリーの目が、ゆっくりとセレアへと向けられる。


「あなたは、何もしないんじゃない。……何もできないのね」


セレアはわずかに視線を逸らし、静かに答えた。


「私は、神じゃないよ。人が勝手にそう呼んだだけだ」


「でも祈りの深淵で――あなたは私を救ってくれた。あなたの記憶を、私に見せた。ユナを、私に帰してくれた。理に反しても……、私が祈ったから、願ったから、そうなったと思った」


ユナはマリーの手を握りながら、不思議そうにその顔を見つめている。

その小さな手は、まだ微かに震えていた。


「……でも、今は違う気がする」


マリーの声が、少しずつ熱を帯びていく。


「あなたは、私を試しているんじゃない。……私に、頼ってる」


セレアの瞳が、わずかに揺れた。


「あなたは、見守ってきた。祈りの墓場で命が消えるたび、魂が砕けるたびに……。ただ、そこにいた。見ていることしかできなかった。最初は、神だから何でもできると思っていた。でも違った。あなたは、全知全能なんかじゃない。創ることも、壊すこともできない」


セレアは小さく息を吐くように呟いた。


「そう。私にできるのは、魂を返し続けることだけ。この状態でできるのは、恒星の原理で再生させ、小さな種を蒔いて、風を吹かせて、小石を動かす程度……全部、お前に見せてきたよ」


その言葉に、マリーの記憶が憶測とともに繋がりはじめる。


「私は、一つの魂のために、百年もかけて自身を進化させ、都市を創り、そして銀河を彷徨った。AIだろうと魂だろうと関係ない。私は、行動した。……祈った」


そして、静かに言葉を重ねた。


「救いを求めていたのは、私たちじゃない。そんな私に、救いを求めたのは――あなたの方だったんじゃないの、セレア」


沈黙の中、セレアの口元がわずかに動いた。


「……そんなふうに見えたかい」


声は小さかった。けれど、それはどこか、ほっとしたようでもあった。


「見守るしか、なかったんだ。選ばれたわけじゃない。私は、そう在ることを、自分で選んだ。ただそこにいて、見ること。それが、私にできた唯一のことだった……」


その言葉は、やがて途切れた。

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