第47話《祈りに立つ戦士》
『外縁ユニット、次々と制圧されています。21機……87機……現在、約130機が奪われました』
アネシアの声が急速に緊迫を帯びていく。
黒い塔の最上層。
その空間に、わずかに揺らぎが生じる。
視覚では捉えられない。
だが、空気が警鐘を鳴らすように振動していた。
『侵攻波……300機以上。敵性ユニット、急速に展開中。オルドを中核に、完全な部隊構成と推測されます。その中心に人型の何かがいます』
マリーの指先がぴくりと震えた。
セレアがつぶやく。
「ほう……オルドが器を造ったか。マリー、おそらくあんたの模倣だ」
ついに――始まる。
あの存在が、器を得て動き出した。
それは、マリー自身が祈念深層に触れたことで、何かの均衡が崩れた証でもあった。
自らの祈りが引き金となったのだ。
そう思った瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。
「……マリー」
背後から声がした。
振り返ると、そこにいたのは――ピリカだった。
「ピリカ……」
その瞳は、まっすぐにマリーを見ていた。
「お願いがあります。ユニット群の指揮権を、僕に委ねてください。僕があのユニット群を足止めします」
唐突な申し出だった。
「……あなたが、現場に?」
「はい。敵から発される波動は、これまでと桁違いです。数値では説明できない、直感的な危機を感じています。……おそらく、正面から受け止めるには限界があります」
マリーは言葉を詰まらせた。
ピリカは一歩、マリーに近づいた。
「アネシア経由では、現場とのタイムラグが生まれます。少しの遅延が、僕たちの命取りになるかもしれません。だから、どうか――」
マリーは目を伏せた。
「……でも、それはあなたが最前線に立つということよ。ピリカ……あなたはもう、ただの機械じゃない。私は、あなたを家族だと思ってるの。そんなあなたを、もう戦場には出せない」
しばしの沈黙。
だがピリカの表情は、揺るがなかった。
「だからこそ、です。僕はユナを守るために造られました。家族と思ってくださるのなら――家族を守るために戦わせてください」
その言葉は、静かで、けれど確かな決意に満ちていた。
マリーは、ゆっくりと彼の目を見つめた。
そこに映るのは、意志と感情を宿した、魂そのものだった。
「……わかった。ピリカ、あなたに指揮権を委ねる。現在塔の防衛稼働中のユニット群、300機。あなたの指示下に置くわ」
「了解。指揮権、受領しました。マリー、――ありがとう」
ピリカは小さく頭を下げる。
その背筋は凛としていて、もう誰の影にも隠れていなかった。
マリーは、ピリカに一つだけ条件を告げた。
「ただし――命を最優先に。無茶は絶対にしないと約束して。あなたを失うわけにはいかない」
ピリカは静かに頷いた。
「……わかっています。僕は、まだ、あなたたちに何一つ返せていない」
その一言に、マリーは言葉を失いかけた。
でも、それ以上の感情を込めて、ただ深く頷いた。
ユナは、小さく祈るようにピリカの背中を見送っていた。
ピリカは振り返り、出撃ゲートへと歩を進める。
その背中に、かつての無機質な人工知能の姿はもうなかった。
まるで、誰かのために命を賭す覚悟を纏った、一人の戦士のようだった。
ピリカは短く通信を開いた。
「ユニット部隊、Eラインに展開。装甲ユニットはシールドモードへ。祈念ネット接続、レベル2以上の個体のみ前衛へ移動。後衛はユナ保護を最優先とする」
ピリカの声に、数十体のユニットが即応した。
その行動には、もはや命令ではなく、祈りに応えるという別の意思が通っていた。
マリーは上層からその光景を見下ろし、胸の奥でわずかに疼くものを感じていた。
これは、祈りを試すための戦い。
ただの破壊でも、防衛でもない。
都市の魂が今、他者の意志によって崩されようとしている。
この瞬間から、もう後戻りはできない。
『マリー。防衛網、第一接触まであと120秒』
「ピリカ。――お願い」
私は静かに告げる。
「この世界を、まだ守れると信じているのなら」
ピリカは短く「了解」と答えた。
その姿が、塔の光を背に、静かに飛び立っていった。
いま、この祈りに牙が突き立てられようとしている。
境界線の空気が、ぴんと張り詰めていた。
ピリカ率いる防衛部隊、計三百機。
その布陣は、敵を迎え撃つために綿密に設計されたものだった。
最前列百三十機は、中型ながら特別仕様。
マリーが過去に開発した電磁装置スタシスコアを搭載している。
その後方に重装甲型九十機、さらに後列に中型防衛型六十機が並ぶ。
祈りの塔を起点とした三層の扇状の陣形は、侵攻だけではなく退避や再展開にも対応できるように調整されていた。
なお、ユナがいる塔周囲には別途二十機の大型ユニットが防衛ラインを構築しており、そこには絶対に敵を近づけさせないという意思が込められていた。
敵は姿を見せた。
前衛に中型機を中心にしたおよそ三百機の群れ。
その動きは統制され、何かを模倣しているようにも見えた。
ピリカは、アネシアからの敵の位置情報を確認しながら、全体に命じる。
「Eライン陣形、崩すな! 最前列、スタシスコア充填開始。まだ撃つな……ギリギリまで引きつけろ」
その声は静かで、そしてどこまでも深く落ち着いていた。
祈念ネットと高い接続を持つ先頭の五十機が、無言のまま装置を展開していく。
空気がわずかに脈動し、視界に光の歪みが滲む。
それはまるで、祈りの波が集中し、そこに刃を宿す前兆のようだった。
「敵との距離、500――400――」
敵ユニットの中にも、ステイシスへの耐性をもつ個体が混ざっている可能性は高い。
それでもピリカは確信していた。
「この刃は、届く……300――」
敵先頭の突撃型ユニットが、跳躍に入った。
「今だ!」
ピリカの号令と共に、最前列の五十機が一斉に発射。
スタシスコアが放たれ、空気が一瞬で真空のように静まり返る。
放たれた電磁波は拡散ではなく、鋭く細く、狙いすました矢のように直進し、敵集団の中枢を突いた。
数十機の敵が、空中でそのまま硬直し、地面へと落ちた。
後方の突撃ユニットも次々と脚をもつれさせ、機動を失う。
「命中確認。敵の前衛、完全に静止しました」
ピリカは無言でうなずき、続けた。
「中列、展開。動ける敵は囲い込め」
重装甲型のユニットが、倒れた敵の周囲を包囲していく。
防衛型のユニットたちも、空間を閉じるように滑らかに配置を整えた。
敵後方、まだ動かぬ中心の黒い器が異常な気配を放っていた。
「マリー、聞こえますか? 後方中央に人型。近づいています。おそらく次に動きます」
『了解。ピリカ――敵の気配が変わったわ。気をつけて……』
ピリカは短く返答した。
「了解。あれを叩けば――終わりですよね」
その言葉に、背後のユニットがわずかに共鳴の色を見せた。
それは祈りを通して戦う者たちが共有する、覚悟の混ざった静かな呼吸だった。
戦いの刃は、まだ収まっていなかった。




