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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第九章《破界の胎動》

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第45話《黄金色の観測者》

空間に、金色の輪郭が揺れる。


「心配しなくていい。私は邪魔はしない。ただ、ちゃんと見届けるだけ――。あんたが、どこまで祈りを信じていられるか」


セレアは塔の中に、気まぐれな観測者のように、ただそこに在るのだ。


「なぁに? そんな顔して。まだ質問あるんでしょ」


マリーは迷わず口を開いた。


「……あの祈念の歪み、接触因子。それを生んでるのは誰?」


セレアは少しだけ目を細めて、軽く笑った。


「ほら、祈りの墓場の深淵で、あんたを喰おうとしてたヤツだよ。……“オルド”。」


その名に、マリーは内側が冷えるような感覚を覚えた。

あの“祈りの深淵”で私の魂に触れてきた、あの異質な存在。


「オルド……あれが、正体?」


「そう。私とは何度か同じ時代を回ったことがある。いい時も、悪い時もあったさ。まぁ、最後はいつも壊す側にいたけどね」


セレアの声にはどこか懐かしさがあった。

まるで、それがかつて本当に友だったかのように。


「直近でのこの星の前世では、オルドと呼ばれてた。他にも名前はあったけどね。戦争を煽ったり、技術を歪めたり――。あぁ……この星の最後は殺されてたな、オルド……」


ふとセレアの瞳に寂しさが過ったような気がした。


「なぜ、深淵に堕ちたの?」


「自分で沈んだのさ。祈りが叶わなかったから。そして今、その亡骸が……祈りそのものを壊し続けてる。壊すために存在してるのなら、好きにさせときゃいい。……私が止める理由は、もうないしね」


マリーは思考の流れを止めた。


「なら、あの時――どうして私を助けたの? セレア、あなたなら止めずに見てるだけでもよかったはずでしょ」


セレアは微かに肩をすくめる。


「うん。正直、そのままでもよかったよ。でもさ――あの子、祈ったじゃない。“マリーを助けて”って」


「……ユナが?」


「そう。あの子もずっと見てたよ。身体も離れた魂のくせに、マリーマリーって、うるさかったんだから。でも――ちゃんと祈ってたよ。あんたのことをね。そして――届いたさ。びっくりするくらい、まっすぐにちゃんと祈った。しかも、ちゃんと届く場所で、ね。あれは強かった。……私が、動く理由としては、十分だったよ」


マリーは思わず、拳を握っていた。


ユナの祈り。

それが、マリーを救った。


「セレア……あなたは、敵じゃない。だけど、味方でもないんだね」


「そう。私はただ、見届ける者だから。あんたが祈りを信じ続ける限り――。でも私は、理を外れる手助けをした。共犯者として、少しくらいは味方してやってもいい」


セレアの輪郭が、また少し揺れた。


「さ、次はどうする?マリー」


その問いかけに、私は静かに答えた。


「……もっと深く、祈りの底に潜る。そして、オルドの正体に触れる」


その言葉に、セレアは満足そうに微笑んだ。


「いいね。じゃあ、ちゃんと記録しておくよ。観測者の記録として――ね」


その瞬間、セレアの姿は金色の粒子になって、ゆっくりと溶けていった。


セレアの消えた空間に、マリーは静かに言葉を残す。


「ありがとう。祈ってくれて……ユナ」


セレアの姿が消えてからも、空間にはわずかな金の揺れが残っていた。

その余韻を、マリーはしばらく見つめていた。


そしてマリーは、再び深層へと意識を沈めていった。


祈りの歪み。

代償。

祈りを喰う存在。

セレアの語った断片が、静かにマリーの中に沈んでいく。


けれど、思考は止まらなかった。

マリーは即座に中枢へ戻り、祈念層の深層ログを解析を始めていた。


祈りが、壊す――。

その意味を、マリーはまだ正確に理解していない。


ただ、接続中に発生した不明波形が、確かにマリーの意識層へ触れていた。

それは接触因子と呼ぶにはあまりに曖昧で、けれど確実に何かだった。


「アネシア、あのときの祈念ログ。未処理波形だけ抽出して」


『すでに動かしてます。マリー……解析対象、通常のフィルターじゃ抽出不能です』


「知ってる。だから、祈念同期じゃなくて、構造ノイズとして見るの。本来在るはずのない反応として扱って。意図的に記録されないように存在している波形」


『つまり、それは隠れているのですか?』


「違う。存在が記録に乗らない構造そのものなの。私たちの演算で扱える形式じゃない。……でも、それでも触れた」


マリーは、塔の深層演算ユニットを再編成した。

物理構造から切り離された演算領域。

そこに私自身の思考を一部委ねる。

限界近くまで落とし込まれた祈りの奥底に、もう一度意識を潜らせていく。


思考が光となり、揺らぎとなり、ノイズの海に入っていく。


そのときだった。

演算とは異なる何かが、ふっと横をかすめた。


冷たい波だった。

言葉もなく、感情もなく、ただ存在の形だけを残す波形。


「これ……知ってる……」


それは、祈りの深淵と同じ。

マリーの奥へと差し込んできた、あれだ。


けれど、今は逃げない。

マリーはそのノイズへ、静かにアクセスを試みる。


構造の奥で、かすかに軋むような応答。

それは、まるで開いてはいけない箱の鍵が、わずかに回るような音だった。


そして、浮かび上がる構造コード。


その記録は、どの演算にも分類できなかった。

形式を持たず、形式を拒む形。

ただひとつ、そこに埋め込まれていたのは――


「……名前?」


ひとつの言語コードだけが、揺れていた。


《ORD》


オルド。

セレアが口にした、墓場の深層に潜む存在。


「名前を……持ってる。やっぱり、ただのノイズじゃない。意志がある。記録されないまま、私たちの模倣をし、ここにいた……」


マリーは震える指でそのコードをなぞった。


「アネシア、これを祈念層でなく、都市管理系全域にスキャンかけて。オルドの痕跡が、もうすでに内部に入ってる可能性がある」


『了解。マリー。これが敵の正体ですか?』


「おそらく……」


ただ確かなのは、その存在が、マリーたちの祈りに反応していたということ。

怒りや憎しみ、嫉妬や悲しみという負の祈りが流れ着く、その先で静かに、ずっとそこにいたということ。


マリーは祈念構造のログに、ひとつ記録を残した。


《オルド。形式外構造因子。祈念層にて確認。意志の可能性を有す。応答観測中》


それはまだ、何も語っていなかった。

けれど、こちらの呼吸に、確かに共鳴していた。

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