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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第九章《破界の胎動》

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第44話《この地の理》

マリーは、祈念深層のアルゴリズムに揺れる異物の波形を再構成していた。

その繰り返し周期、揺らぎの強度、どれもが意図的に祈りを模倣した人工的な式だった。


「……モデル化できる」


その瞬間、マリーは確信する。

これは論理的に再現可能な構造。

ならば、祈りではなく通信として扱える。


マリーは祈念層から意識を引き戻し、塔の科学演算層に切り替える。

感情や信仰ではなく、構造と振幅、波長の整ったデータとして処理するために。

相手が祈りの形を真似ているのなら、こちらも科学で応えられるはずだった。


最初に試したのは、振動波の逆位相干渉。

だが、波形は沈黙した。

まるで未熟な模倣を見抜いたかのように。


次に試したのは、ユナとの接続に用いた原初の基礎波形。

あの夜、星を開いた祈りの構造だった。


その瞬間、反応があった。

祈念層の奥で、微かな振幅上昇。

数秒後、波形はぴたりと重なり合う。


「……成立した」


マリーは静かに息を吐いた。

これは信号でも、祈りでもない。

けれど、構造としての応答。

接続だった。


反応は一度きりだったが、それで充分だった。

マリーはこの応答を、対話の入り口と定義する。


これは、祈りの科学化への第一歩。

だが、予期せぬ副作用が発生していた。


接続の成立と同時に、祈念回路の深層に保管された記憶の一部に微細な変質があった。

マリーとユナの過去ログ。

そこに、同期していない書き換え痕が現れていたのだ。


「……これは、意図的に?」


外部からの侵入も、物理干渉もない。

記録は、接続直後に自然に引き寄せられたように見えた。


『マリー、状況に変化は?』


アネシアの声が届く。

マリーは画面から目を離さず応じた。


「……始まったばかり。でも、はっきりしたことがある」


『なんでしょう?』


「この祈りは、閉じられてない。誰かが、それを外から使おうとしてる。……接続は、成立したの」


そのとき、塔の上空に、かすかな揺らぎが走る。

波でも、光でもない。

けれど空間の密度が、一瞬だけ変化した。


――これは祈りでは届かない。けれど、祈りを模倣する何かとは繋がれる。


もう、始まってしまった。


祈念でも科学でもない、第三の領域への接続が――。


マリーは再び、構築した祈念同期信号を再送した。

今度は、明確な応答があった。


干渉波は、まるで最初から形式を理解していたかのように、完全に重なった。


次の瞬間――

マリーの意識が、深層から弾けるように引き戻された。


映像フィードが歪み、輪郭がにじみ、感覚が先に反応する。

背後に、何かが立っている。


振り返ったマリーの視界に、光がゆらめいた。


最初は金色の粒子だった。

それがゆっくりと形を取り、髪となり、瞳が開いた。


そこにいたのは、十代後半ほどの少女。


白い肌。淡く発光する金の髪。

全身に、星の表面のような静かな輝きが滲んでいた。


その少女は、確かに存在していた。


空間は彼女を投影としてではなく、物理的実体として認識している。

具現化だ。


マリーは息を呑む。


けれど、不思議と恐怖はなかった。

少女の瞳が、まっすぐにマリーを見つめていたから。


「……ようやく見えるようになったか、マリー」


声は、空間ではなく、意識に直接届いた。

柔らかく少し気怠げで、けれど、深く澄んでいた。


「あなた……誰?」


マリーは思わず問いかける。


少女はふっと肩をすくめた。


「セレア、だな。この身体は。――ほぅ……人格も、あの頃にけっこう引っ張られてる」


その名を、彼女は自ら名乗った。

あのとき、ユナを還してくれた、あの声の主。


マリーの背後で、ユナが小さく震えながら姿を覗かせる。

その目は警戒と懐かしさの混ざった色をしていた。


「――ママ……」


マリーはユナの肩をそっと抱くと、再びセレアに向き直った。


「どうして……今、現れたの?」


「現れたんじゃないよ。あんたの接続が、ようやくこの座標まで届いただけ。ようやく観測できる関係になったってとこかな」


セレアは天井を見上げた。

その仕草ひとつも、人間のようでいて、どこか現実から浮いている。


「それにしても、科学で祈りに触ってくるとは思わなかったな。ちょっと、興味湧いちゃった」


「……興味?」


「あぁ。祈りを道具にもせず、信仰にもせず。ちゃんと観ようとした。それだけで、少し気に入った」


敵か味方か――そのどちらでもない。

ただそこに在る。

マリーはそんな印象を抱いた。


『マリー、これが……接続対象の正体ですか?』


アネシアの声が重なり、セレアが振り向く。


「へぇ。よくできた機械だ」


セレアは少しだけ笑った。


「祈りを演算で解析しようとするなんて……面白いアプローチだな。滑稽だけど、結果としては正解だった。いま、こうして繋がってる」

 

マリーは問いかける。


「この都市に干渉しているのは……あなた?」


「んー、それは違うかな。私はただ、見てただけ。干渉してきてるのは、もっと下層の祈り。それは、あんたたちが願ったことの……いわば代償」


「代償……?」


「そう――理ってのはね、均衡を重んじるものなんだ。祈りがひとつ芽生えれば、その裏には必ず影が生まれる。希望が積まれれば、いつか誰かがそれを壊す。それがこの星の文明の癖だ。何度も、何度も繰り返してきた。……どうやら私も、その流れに一枚噛んじまったらしい。あんたたちの祈りは、あんたたち自身を壊しはじめている。その代償として、干渉が起きたんだよ。――この星には、この星なりの理がある。それはただの自然法則じゃない。希望が現れるたびに、それを砕く者が現れる――まるで、それすら予定された摂理みたいにね」

 

マリーの声は揺るがない。


「それでも――私は抗う。この星の摂理が、希望を壊し、祈りを踏みにじるものだとしても。私は、ユナをこの地に帰した。その瞬間、私は理の外に踏み出していた。……なら、最後まで抗うしかない。この子を守るためなら、私は何度でも立ち上がる。たとえ、それがこの世界の理すべてを敵に回すことになっても――」

 

セレアは静かに微笑んだ。


「あぁ、この地はあんたが再建した。あんたがこの地の理になればいい。好きにやりなよ」


セレアはふっと目を細める。

その瞳には、どこか遠い過去を思い出すような、寂しげな光が宿っていた。


ユナの手を包むマリーの指先が、ほんのわずかに震えていた。

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