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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第九章《破界の胎動》

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第43話《祈りの模倣》

ようやくの思いで、塔のふもとへと辿り着いた。

マリーは振り返る。


遠くには、白棄界によって生まれた巨大な爆心地。

荒れ果てた大地の先に、濃霧を吹き飛ばされた黒い塔の姿がはっきりと見えていた。


マリーは静かに確信する。


「……もう、争いは避けられない。戦うことでしか、ユナを守れない――」


そのとき、マリーの腕の中でユナが小さく呟いた。


「こんなの……こんなの、守るって言わないよ……」


マリーは返す言葉を失った。

その一言は、どんな否定よりも重く、深く刺さった。


これは祈りじゃない。

拒絶だ。


祈りを手放すことで、祈りを守った。

それが、今の現実だった。


マリーは遠くの黒い塔を見つめる。

その先にいる、まだ名も知らぬ何か。

祈りを憎み、破壊しようとする意志が、確かにそこにある。


けれど、マリーの心は揺らがない。


「ユナ……ごめんなさい。でも――私は必ず見つけ出す。あなたの願いが届く未来を。もう一度、この手で、築いてみせるから……」


ユナは、ぽろぽろと涙をこぼしていた。


「……ママ。もう誰も、壊れないでほしいの……。ママも、ピリカも……ユニットさんたちも……」


マリーは、そっとユナを抱きしめる。


「……私も、そう願ってる。本当は、誰も壊したくなんてない。

だけど――守りたいって思うほど、壊してしまうこともある……。それが正しいのか、ママにもまだわからない」


静かに、マリーはユナの瞳を見つめた。


「でも――ユナ。あなたを、あなたの祈りを奪わせたくない。たとえそれが、間違っているとわかっていても……。私は、あなたを守るために……立ち向かう」


ユナは、ぎゅっとマリーの服を握りしめる。


「……ママ。今日は、ごめんなさい……」


マリーは小さく首を振った。


「いいの。あなたが、無事だったなら……それだけで、十分よ」


ユナがふと、マリーの腕をつかんだまま、小さな声で尋ねた。


「ねえ、これで、もうこない?」


マリーは答えられなかった。

代わりに、そっとユナの頭に手を置いた。


「来ないといいね。でも……私には、まだそうは思えない」


マリーは空の静けさを見つめていた。

戦闘は終わった。敵の反応もない。


けれど、マリーは感じていた。

これは終わりではない。

敵はまだ様子を見ていただけ。

この一撃すら、試されていたのかもしれない。


静寂は、次の嵐の兆し。


マリーは一瞬、ピリカの姿に目を落とした。

彼の機体は深く損傷し、祈念波の残響すら感じ取れない。


「アネシア、ピリカの状態を確認して。祈念波形の安定と、再起動シーケンスの準備を」


マリーの声は静かだったが、芯のある確かな指揮だった。

即座に返答が届く。


『了解。修復プロトコルを起動します。搬送ユニットを向かわせます』


数機の小型ユニットが滑るように現れ、慎重にピリカの機体を運び出していく。


マリーはそっと目を伏せた。

ユナを守れたのは、ピリカのおかげだった。


「……ありがとう、ピリカ。あなたがいなければ、間に合わなかった」


マリーの胸に、ひとつの想いが去来する。


「――私は、選んでしまった。祈りを拒絶へと変えることを。その選択が、この手を……いまも、静かに震わせている。けれど、立ち止まってはいられない」

 

マリーはユナの手を取り、最上層へと向かった。

もう、この子から目を離すわけにはいかなかった。


「アネシア。塔に侵入した因子――正体はわかった?」


『塔内サーバーに物理的な異常は検出されていません。本来、制御系はマリーの祈念核を通じてしか稼働しない仕様です。ですが……その深層領域にて、マリーとは異なる因子の存在を確認しました。まるで、あなたを模倣したような波形です』


「模倣……?それって、誰かが私を偽装してるってこと?」


『形式上は極めて近似しており、見分けは不可能です。しかし問題はそこではありません。この因子は、演算的には存在しないのです。再現も削除も不可能。――祈りに限りなく近く、定義不能です。だからこそ、アクセスができません』


マリーは思わず息を呑んだ。

祈りに似たものが、塔の最奥に潜んでいる。

それはまるで、この世界の外から来た、何かのようだった。


「……じゃあ、どうすればいいの?」


『方法はひとつ。マリー自身が、塔の深層領域に接続すること。――対話の可能性を探る以外に、手段はありません』


「対話……?そんなこと、できるの?」


『その因子が祈りとして存在しているのなら――あなたの声に、応えるかもしれません』


マリーは迷った。

拒絶を選んだこの手で、祈りに再び触れていいのか。


けれど、ユナがすぐそばにいる。

迷っている暇はなかった。


『マリー、まずはあなた自身の損傷を――』


「後でいい!」


マリーは即座に言い切り、塔の中枢端末に手を置いた。

深層へのアクセスが始まる。


降り立ったのは、アルゴリズムで形成された、祈念層のさらに奥――断絶域。

そこに広がっていたのは、静かな違和だった。


通常の祈念波とは明らかに異なる軌道が、マリーの内側をかすめる。

それは外部からの侵入ではない。

むしろ、内側から滲み出すように――この塔と、マリー自身の祈りに溶け込んでいた。


不意に、マリーの心に言葉が浮かぶ。


――これは、模倣?


構造は類似している。

けれど、不完全で、歪んでいる。

それでも確かに、似せようとしている……祈りの形をなぞるような痕跡がそこにあった。


「誰かが……私たちの祈りを、学習してる……?」


そんなはずはなかった。

祈りとは、魂の深奥から溢れる波。

演算や信号では測れない、意志の軌跡。

それを真似ることなど、誰にもできるはずがない。


だが、応えは返ってきた。


周期的に送り返されてくる干渉波。

それは呼吸のようで、どこか呼びかけにも似ていた。


けれど――そこには感情がなかった。

ただ構造だけがあり、形式だけがある。


まるで、祈りの形だけを纏った、空虚な影が都市に侵入しようとしているようだった。


マリーはさらに深層へと意識を沈めた。


祈念ネットワークの中枢に異常はない。

だが、演算記録には明らかな痕跡が重なっていた。


不自然なほど整った、等間隔の干渉パターン。

乱れているはずの祈念波がある瞬間だけ、正確に整えられている。


まるで、こちらの心拍に合わせて、冷たい何かが呼吸をしているようだった。


模倣の果てに、生まれつつある何か。

それは、祈りの外側から、この世界に歩調を合わせて、やってこようとしていた。

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