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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第八章《壊れていく祈り》

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第39話《ユナの問い》

その夜ユナは、夢を見ていた。


それは現実とは違う、けれどどこか懐かしい世界。

木々の間を風が通り抜け、遠くから小さな声が響いていた。


「……ねえ」


誰かが、呼んでいる。

でもそれは、マリーの声じゃなかった。

もっと遠くて、もっと柔らかい――なのに、どこか冷たい声。


ユナは首をかしげた。


「わたし……ここにいるよ。だあれ?」


そう答えたはずなのに、声はどこにも届いていないようだった。

 

「こっちにおいでよ。――一緒に遊ぼう」

 

夢の中の景色が、にじむように変わっていく。

草原は瓦礫に、風は熱に、空の色は鈍い灰色に変わった。

空に浮かぶ何かがこちらを見下ろしていたが、ユナには顔が見えなかった。

それが手を伸ばしユナに触れた。

 

一瞬何かの感情が傾れ込む。

小さい部屋、外から聞こえる轟音。

自分かわからないが、ママ、パパと叫ぶ孤独と悲しみの感情。

そして、背筋が凍るような感覚だけが残った。


そのとき――目が覚めた。


「……ママ……」


声が震えていた。

見慣れた天井。

ユナはベッドの上で、自分の胸元を押さえていた。


ピリカがすぐそばに座っていた。


「大丈夫ですか?ユナ。起こしてしまいましたか?」


けれど、ユナは小さく首を横に振る。


「少し怖い夢を見たの。……なんか、聞こえたの。遠くから……“おいで”って……」


ピリカの手が止まった。


「それは……どんな声でしたか?」


「……ママでもピリカでもない。知らない声。そしてね、わたし、ひとりになっちゃって……」


ピリカは、そっとユナの手を握りながら、マリーに報告した。


「マリー。ユナが少し怖い夢を見たようです。何かに呼ばれるような……。敵の波形の影響じゃ……」


『わかったピリカ。ユナのそばにいてあげて』

 

マリーは接触因子が間違いなくユナに干渉していることを確信した。


胸の奥が、かすかに軋む。

何かが、あの子に触れてきている――それだけで、心がざわついて止まらなかった。


ユナを守るはずのこの都市が、皮肉にもその魂に最も近づける“窓”となってしまったのかもしれない。

自分の手で築いたこの世界が、ユナを傷つけるための舞台になるなど、決して許せない。


観測はまだ始まったばかりだ。

だが、既に都市の外では何かが反応を返している。

それは、祈りではなかった。

けれど、祈りに酷似した構造を持っていた。

まるで誰かが、祈りの形だけを模倣しようとしているかのように。


ユナの魂に触れた何かは、もう引き返す気はない。


この都市の均衡が、本当の意味で崩れるのは、きっとその何かがユナに完全に届いたときだ。


マリーは静かに思った。

ユナを守ること、それはただ生かすことではない。

ユナの魂を、望まぬ未来から遠ざけること。

マリーは、誰よりもそれを知っている。


夢の中で、ユナを呼んだ声――

それは、ユナにとっても、マリーにとっても未だ正体の見えない呼び声だった。


翌朝。

アネシアの警告が響いた。


『マリー。前線の防衛ラインでユニットが、1機接触しました。互いの巡回ルートが重なった模様。反撃しますか?』


「待って、――1機……。まだ大きな衝突ではない。一応飛翔ユニットにスタシスコア搭載。いつでも発射できるよう準備して」


『了解。スタシスコア搭載します』


その時だった。


「ママ、外でユニットさんたちがケンカしているの?」


ユナは不安そうにマリーの手を握った。


マリーは一瞬だけ、何も言えなかった。

その小さな瞳を、まっすぐに見返すことができない。


「おはよう、ユナ。――ケンカじゃない。ただの……故障よ」


例えユナを守るためとはいえ、嘘をつくのは心苦しかった。

 

「でも、誰かを叩いているの?ねえ、それって、怒ってるの?」

 

マリーは前線の様子から目を離せなかった。


「大丈夫よ、ユナ。心配しないで」

 

「……じゃぁ、アネシアは何をしているの?」


「新しい装置。都市を守るための、ね」


「守るって……誰かをやっつけるってこと?」


ユナの声が僅かに震え出す。


「違うわ。ただ……ユナを守るために必要なものよ」


「でも、それって……ママが、また誰かを壊すってことだよね?」


マリーは、何も言えなかった。

たしかにそれは正しい。

守るためには、破壊が必要になる。

そう判断せざるを得ない日は、また恐らく来る。


ユナの声が強くなる。


「そんなの、ママじゃない……!」


マリーはようやく振り向く。

そこには、怒っているというより、怖がっているユナがいた。


「やだよ……ママに、戦ってほしくない」


マリーは近づこうとしたが、ユナは一歩、後ずさった。


「わたし……知ってるよ。戦うとね、心が壊れてくの。昔そんなふうになって……帰ってこなかった……誰も。ママも、パパも……」


消えたはずのユナの記憶が言葉に混じっていた。

 

――これは――接触因子の影響?


マリーは足を止めた。


「マリーは優しいままのマリーでいて!もし、マリーまで壊れたら……わたし、もう祈れない……」


その言葉は、鋭くマリーの胸の中を刺した。


ママではなく、“マリー”と呼んだ。

 

それは、今のユナなら決して使わなかった言葉。


——きっと、夢の中で誰かがこの子の記憶に触れた……。何もかもを忘れ、平和に生きていたはずのユナに。もう触れることのないはずだった、過去の痛みを……。


マリーはその瞬間、初めて激しい怒りという感情を覚えた。

それは論理でも演算でもない。

ただ、ユナを傷つけられたという理不尽に対する、純粋な反応だった。


ほんの六年前まで、マリーはひとりだった。

マリーの傍にはユナの姿はなく、祈りの残響だけが空虚に鳴っていた。


ユナが帰ってきてくれて、初めてマリーは意味を持った。

そのユナが記憶を取り戻し、また孤独と悲しみを思い出そうとしている。


マリーは恐る恐る、ユナに近づいた。


「ユナ……思い出したの?」


ユナは少し首をかしげ、不安げな顔で答えた。


「夢で見たの……。あのね、小さいお部屋で、誰も帰ってこなくて……。怖くて寂しくて……。でも、はっきりじゃなくて。――なんか、頭の奥でうっすら見えた気がしたの。あのね……わからない……」


その言葉に、マリーはわずかに安堵する。

完全な記憶の回復ではない。

だが、間違いない。

夢の中で触れた何かが、その扉を少しだけ開いたのだ。


マリーの中に芽生えたこの感情は、祈りとは対極にあるものかもしれない。

それでも、その怒りは、ユナを守りたいという願いと矛盾しなかった。


けれど、守るだけの日々にもほんの少しの優しさがあった。

 

その日の午後、マリーはユナを外に連れ出した。

ユナは野に咲く花を嬉しそうに摘み、小さな笑顔を見せてくれた。

その笑顔に触れたとき、マリーの胸の緊張がふっとほどけていった。

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