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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第八章《壊れていく祈り》

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第38話《静かなる防衛》

塔の最上層に緊張が漂っていた。

無数のパルス波形がホログラムとなって天井に投影され、霧のように漂っている。


マリーがアネシアに命じる。


「アネシア、この波形をもっと細かく解説して。何を訴えているの?」


アネシアの声が即座に返る。


『了解。祈りの解析は不可能。ただし、ノイズ領域に音声的パターンを検出。解析を開始します……完了。――再生します』


空間に、ザザッ……と不規則な雑音が響いた。

その中に、かすかに――声が混じっている。


『ノイズ除去を試みます。――再生』


そして、はっきりと――聞こえた。


《……ユ……ナ。……こっちに……おいで……》


ピリカが息を呑む。


「マリー!これ……ユナを呼んでいます!」


マリーは目を見開いた。


「――ええ……この声……祈りの深淵で聞いた、あのときの……」


背筋が凍るような既視感だった。

あの闇の底で感じた呼びかけが、形を変えて再び響いている。


ピリカが、表情を険しくして言う。


「マリー、これは看過できません。やはり――奴らはユナを狙っている。……マリー、彼は敵です!」


沈黙が走った。


マリーは視線を伏せ、深く思考に潜った。

攻撃すれば、争いの火蓋は切って落とされる。

だが、黙っていれば――ユナが奪われるかもしれない。


「ユナを守るには……攻撃か、防衛か。それとも……まだ、他の道が……?」


アネシアの冷静な報告が、思考を遮った。


『観測ドローンが外縁を越えました。視界は霧により不良。映像、断続的に取得中』


「続けて、アネシア」


『外縁外に、通信不能のユニット群を多数確認。総数、五百機を超えています』


「……500機……?」


マリーは唇を噛んだ。

その数は、すでに軍と呼べる規模だった。


ピリカが声を低くして言う。


「マリー、このままでは手遅れになります。彼らが完全に独立国家を築けば、僕たちの祈りは届かなくなる」


「……わかってる……。でも……」


その時――アネシアの声が再び鋭く響いた。


『観測ドローンが霧を抜けました。新たな構造物を確認。マリー、黒い塔が建設されています』


「……黒い塔?」


『構造は祈りの塔とほぼ一致。ただし、内部に祈念核反応はありません。建設は、外縁外に展開しているユニット群によるものと推定されます』


マリーの瞳が揺れた。


「……私の塔を……模倣した?」


マリーの胸の奥に、冷たいものが流れ込んでいく。

 

——まるでもう一つの未来が、向こう側で勝手に芽吹いているような。それは、祈りの模倣か、それとも、祈りの否定か。


その思考を断ち切るように、アネシアの報告が続いた。

 

『マリー。塔の近辺に反応。ドローンです。こちらの構造を模倣したものと推定されます』


「模倣……ドローン?」


アネシアのスクリーンに映し出された映像には、確かに観測ドローンと酷似した機体があった。

だが、それは明らかにマリーの設計とは異なる何かを宿していた。


表面の質感は異なり、動きにはわずかな間がある。

まるで……こちらを観測しているかのように、対峙していた。


「……見ているの?」


マリーは思わず、呟いた。


ピリカが前に出る。


「マリー、敵対反応は?」


『現在のところ、敵意は検出されていません。あくまで静止……ただし、姿勢は監視モードに近い挙動』


マリーは一瞬、唇を噛んだあと、静かに命じた。


「アネシア……ドローンを帰還させて。これ以上の接触は避けたい」


『了解。観測ドローン、帰還プロトコルに移行』


ドローンがゆっくりと旋回を始めたそのとき、画面が大きく揺れた。


「っ……!?」


衝撃とともに、通信が乱れた。


『観測ドローン、機体に衝突――損傷を確認、通信不安定。……信号ロスト』


「……衝突……?」


アネシアの音声は、異常に冷静だった。


『模倣機体が加速、こちらのドローンに体当たり。撃墜されたと推定されます』


マリーの胸が凍りついた。


「……なぜ、攻撃を?」


その問いに、誰も答えなかった。


沈黙が塔の中を支配した。


マリーは静かに、目を閉じた。

そして理解する。

これは、無言の拒絶だと。


ドローンの通信が断たれたまま、室内は静寂に包まれていた。

だがその沈黙の奥に、確かな敵意の気配が残響していた。


マリーはゆっくりと振り返り、ピリカの方を見た。


「ピリカ……ユナの寝室へ行って」


「……え?」


「お願い。ユナのそばを離れないで。何があっても……ユナだけは」


ピリカは戸惑いを隠さなかったが、すぐに頷いた。


「……了解。すぐ行きます」


マリーが背を向けた瞬間、ピリカの足音が塔の階段へ消えていった。

マリーはその音が遠ざかるのを確かめると、声を落として言った。


「アネシア、音声チャンネルを制限して。ピリカには……聞かれたくない」


それは、ピリカのまっすぐな正義感と、時に戦いを選ぼうとする気質を、今だけは遠ざけたかったからだ。

 

『制限完了。プライベートチャンネルに移行します』


マリーは一度だけ深く息を吸い、短く指示を出した。


「秘密裏に、都市防衛ラインの再編を。予備ユニットの起動、武装装置の増設、スタシスコアの再配置……。外縁部からの侵攻に備えて。――ただし、すべて非公開で」


『了解。非公開で実行します』


スクリーンに浮かぶその言葉を、マリーは静かに見つめていた。

そしてマリーはホログラムに浮かぶ防衛網の構造図を見上げながら、心の奥で小さく問いかけていた。


「……ねぇ、ユナ。私は、正しい?」


返事はない。

けれど、その沈黙さえも、どこかでマリーを支えてくれている気がした。


ほんの数週間前まで、マリーの手が築くものに武器の意味が宿ることなど、思いもしなかった。

だが今、マリーは備えの名のもとに、再び武装を手にしようとしている。


――私のしていることは裏切りなのだろうか。ユナが願った平和に背く行為なのだろうか。


それでも、マリーは進まねばならなかった。

守りたいものがある限り。

奪われたくないものがある限り。


だからマリーは祈るように、心の中で呟いた。


「……どうか、刃にならないで。これは、まだ祈りのうちにあると、信じさせて……。――この都市だけは、何があっても戦場にしたくない」


けれどその想いの裏で、祈りに似た決意が、静かに刃へと姿を変えようとしていた。

 

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