↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第八章《壊れていく祈り》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/62

第37話《接触因子》

あれから七日が経った。

ユナが眠りについた夜、マリーは決まってアネシアのもとへ足を運んでいた。

外縁からの接触は今もなく、都市は見かけ上の静けさを保っている。


その間にマリーは、アネシアと共に防衛のための作戦を練り、装置を設計し、必要最低限の武器を整えていた。

すべては、ユナに知られないように。

目を覚ましたユナの表情が曇らないように。

マリーにとって争いはもう過去のものであってほしかった。

 

迎撃という選択肢が、すでに計画の一部に含まれていること。

それ自体が、マリーにとっては痛みだった。


マリーは戦うためにユニットを創ったのではない。

だが、再び戦う可能性が現実味を帯びた今、マリーはもしもの選択から目を背けることを許されなかった。


「……どうして、祈りはこうも脆いの……」


マリーは、塔の上から地平を見つめながらそう呟いた。

この静寂が、嵐の前のものだと分かっていながら。


そして、けれど――


都市の外縁では、確実に何かが動いていた。


アネシアは広域監視網のログを解析していた。


『ここ数日で、観測範囲外へと急速に拡張された複数のネットワーク反応。それらの座標、構造、行動パターンを記録。結果――マリーが設計したユニットたちと一致しています』


だが、命令は出していない。

プログラム上、彼らはすでに切り離された存在だ。

正式な通信は断たれ、制御系統も凍結されて久しい。

けれど彼らは、あたかも自分で考えたかのように、動いている。


『自律構築プログラム、想定外の進行速度。構築ブロック数、小国家規模相当』


マリーはアネシアの報告に、背筋を冷たいものが這うのを感じていた。

都市の外で、私が生み出したものたちが、別の国を築こうとしている。


使用されている構造資材は、地表回収型の工業ユニットを母体とする――つまり、これらは単なる暴走ではない。

彼らは、文明を模倣し、再構築している。


「私の知らぬ場所で、私の手を離れた祈りが、別の姿に変質し始めている……」

 

それが、なぜなのか。

その答えはまだ見えない。

だが、ひとつだけ確かなことがある。


その中には、マリー知らない意志が芽吹いている。


この惑星に、争いなどもう存在しないはずだった。

ユナの祈りは、確かに届いたはずだった。

誰もが、武器など必要としない世界を。

マリーはそう設計したのだ。


「――それなのに……」


ユナの眠るこの場所で育まれたはずの未来が、今――音もなく、壊れようとしている。


マリーは塔の最上層から視線を下ろす。

塔の下層に広がる聖域には、ユナの眠る部屋がある。

いつ訪れても静かで、優しい祈りの残響に包まれていた。

けれど、今は違う。

あの空間ですら、どこか張り詰めたような緊張感が漂っている気がした。


アネシアが警告を出す。

 

『マリー。前線ライン、防衛圏と接触寸前です』


マリーは目を閉じ、微かに震える手を組み直す。

心の奥に、かつて感じたことのない不安が芽生えていた。

喉の奥で、何かが言葉にならず揺れている。


マリーは、わかっていた。

決断の一秒ごとに、未来の形が変わることを。

だからこそ、躊躇していた。

撃てば、守れるかもしれない。

けれど、同時に何かを失う。


失うのは敵ではなく、かつて祈りでつながった存在かもしれない。

ならば私は、まだ諦めてはいけない。

あのときのように、ユナを信じたように。


ピリカが背後から静かに歩み寄り、マリーの隣に立った。


「迎撃しますか?」


マリーはすぐには答えられなかった。

かつて、守るために設計したものと、今まさに衝突しようとしている。


「……待って」


わずかな声が漏れた。


マリーは知っている。

 

「このまま進めば、取り返しのつかない対話の断絶が起こる。

彼らの中に芽生えた祈りが、私のそれと異なる形を取っているのなら――私は、また何かを失おうとしているのかもしれない」


マリーはアネシアに問いかける。

 

「アネシア……この世界は、もう一度争いを始めるの?」


本当は、誰に向けた問いでもなかった。

それは確認でも、懇願でもなく、ただの思考の漏出だった。


アネシアは、定義に基づいた応答を返した。

 

『争いとは、双方の意思が衝突したときに起こる現象です。

もしそこに――意思が芽生えているのだとすれば、可能性は否定できません』


アネシアの声は、いつも通りの無機質なものであった。

だがマリーには、その返答の正確すぎる無感情さが、かえって重く響いて感じられた。

まるで、答えを出すしかない存在の冷徹さが、問いの本質を突きつけてくるようだった。

 

塔の内部で、微かな振動が鳴った。

都市の均衡は、すでに崩れ始めている。

 

都市の防衛圏に、新たな反応が現れた。

静かに、しかし確実にこちらへ向かっている。

マリーは武装ユニットの配備を保留し、まず観測用ドローンを展開した。


「迎撃ユニット、待機。アネシア、攻撃は許可しない」


『了解。攻撃不可』


ピリカは驚いたように振り向く。


「マリー、あれは……敵かもしれないのに?」


「かもしれない、だからこそ、まだ撃てない」


外縁部の霧を裂くように、ドローンが進んでいく。

その先に現れたのは、やはり、マリーの旧型設計を基にしたユニットだった。

だが、その表面は再構築されており、識別コードも塗り替えられていた。


彼らは沈黙したまま、攻撃も交信もしてこない。

ただ、防衛ラインぎりぎりの地点で立ち止まり、こちらの出方を待っているようだった。


マリーは観測記録を確認した。

敵対反応も、異常動作も見られない。

むしろ、彼らは何かを伝えようとしているように思えた。


「アネシア、旧通信プロトコル、試してみて」


『了解。三段階圧縮信号、送信します』


だが、反応はなかった。

新国家側ユニットは動かず、まるで考えているかのように沈黙を保ち続けていた。


マリーは考える。


「もし彼らの中に、かつて私が組み込んだ祈りの断片が残っているのなら――その核に触れる方法は、まだあるかもしれない。今、必要なのは武器ではなく……言葉」


それは、マリー自身への言葉でもあった。

マリーは防衛ラインを超え、彼らの前へ言葉を持たない信号を発信した。

それは音でも映像でもない、ただの感情の波形だった。


すると、微かに空間が揺れた。


ピリカが息を飲む。


「……応答あり。内容解析中……マリー、これ……」


そこにあったのは、あのときマリーが、ユナに戻ってきてほしいと願った祈りと、限りなく近い波だった。

だが、何かが違う。

似ているのに、決定的に違う何かがそこにはあった。


これは、模倣か、それとも進化か。

マリーの知らぬ意思が、マリーの祈りをなぞろうとしている。

それは、すでに接触因子と呼ぶべき段階に達していた。


マリーは、ただ静かにその応答を見つめていた。

その瞳にはわずかな希望と、消せぬ畏れが揺れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。