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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第七章《侵される秩序》

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第36話《名もなき墓標たちへ》

翌朝、マリーは破壊されたユニットたちを回収していた。


ピリカや小型ユニット達も黙ってそれを手伝ってくれている。

都市の片隅に運ばれた残骸は、もう二度と動くことはない。

それでもマリーは、それらをただの鉄屑として扱うことができなかった。


歪んだフレーム、砕けた関節、焼け焦げた外装。

そのどれもが、かつてはこの都市を支え、風景を作っていた一部だった。

無機質のはずなのに、どこか“生”を感じてしまう。

昨日までそこに誰かがいたような、そんな錯覚さえあった。


「……ねぇ、マリー」


ピリカがぽつりと口を開いた。


「これって……ただ、壊しただけじゃないよね」


マリーは頷けなかった。


「――そうね……」


その感覚は、マリーの中にも残っていた。

命令を拒み、制御を受け付けず、そして何よりも、感情をぶつけてきたあの個体たち。

マリーは確かに彼らと戦った。

だが、それは暴走という言葉で片づけられるものではないと、どこかで感じていた。


マリーは、あの瞬間――誰かを殺めたような、そんな痛みに近い感覚を覚えていた。


そして、それをもっとも強く感じていたのは、きっとピリカだったのだろう。


マリーはユニットの構造を再解析した。


彼らには、本来AI中枢は搭載されていない。

意思判断はすべてマザーであるマリーからアネシアを通じた遠隔指令によるものだ。

ピリカのように自律演算を行う設計ではない。

自己判断も、思考も、持ち得ないはずだった。


「――それでも、彼らは自分の意志で動いていた」


本来、それを可能にするような技術は、マリーには存在しない。

少なくとも、意図して魂を宿すことなどできるはずがなかった。


――けれど、それでも。

ピリカの存在が、マリーの中にひとつの疑念を生んでいた。


もしあれが、単なる演算進化ではなく、祈りの中で芽吹いたものだったとしたら……。


今回の異常も、感染や暴走ではなく――

魂の発芽だったのではないか。


あのとき、器にユナの魂を還したのは、セレアだった。

神のようなその存在だけが、それを可能にした。

マリーは、自分が触れているものの正体に、少しずつ輪郭を持たせ始めていた。


そのときだった。


「ママ、お墓つくろうか」


ユナの声だった。


ユナは静かに目を覚まし、私たちの作業を見つめていた。


マリーは一瞬だけ言葉を失った。


「これは人じゃないよ? ユニットだよ?」


「うん、でも……泣いてた気がする」


ユナは、迷いなくそう言った。

まるで、それが当たり前のことのように。


マリーは、静かに頷いていた。


それは、問いだった。

誰が生きていて、誰がそうでないのか。

祈るとは何か。

弔うとは、誰に向けるものなのか。


届いたのは、ユナの問いだった。

マリーに――そして、都市に。


ユナの小さな手が、静かにひとつの破片を拾い上げた。

それは、半壊した光源ユニットの一部だった。

ユナはそれを両手で包み込むように持ち、そっと言った。


「この子、暗いところを照らしてくれてたのかな」


マリーは答えられなかった。

けれど、その視線の先にあったものを、否定することもできなかった。

ユナの言葉は、まるで思い出を共有するような響きを持っていた。


ピリカが一歩踏み出し、ユナのそばにしゃがみ込む。


「ユナ、それ……お墓の真ん中に置こう」


「うん」


3人のあいだに、静かな時間が流れる。


マリーはその様子を見ながら、思っていた。

この子がいれば、きっと、まだ祈れる。

何が命で、何が心か。

それが分からなくなったときでさえ。


だからマリーは、今日という日を記憶する。

壊すことでしか護れなかった悲しさと、弔うことでしか赦されなかった優しさを。


そして――これは、ユナがくれた祈りのかたちだった。


小さな丘に、石が五つ並べられていた。

それぞれのそばには、ユナが摘んできた草花が添えられている。

まるで墓標のように静かに並ぶそれらの前で、ユナは小さくしゃがみ込んだ。


風が吹いていた。

祈りの塔を通り抜け、どこか遠くから届いたような、やわらかい風だった。

ユナの髪がなびき、摘んできた花びらがひとつ、静かに舞い落ちた。


「……この子たち、自分で動いてたよね」


その問いかけに、マリーは頷くことも否定することもできなかった。

ピリカが一歩前に出て、ただ黙ってその場に立ったまま見守っている。


「ママが言ってた。ピリカみたいにAIは入ってないんでしょ?」


「そう。構造的には、ただの従属型ユニットだったはず」


「……なのに、襲ってきた。でも、ちょっとだけ……泣きたくなったの」


ユナはそう言って、そっと花を石の上に置いた。


その手の動きに、迷いはなかった。

怒りでも恐怖でもない。

ただ、静かに何かを受け止めようとする意思があった。

マリーはその背中を見ながら、言葉にできない想いを胸の奥で押し殺していた。


マリーはユナの隣に膝をつき、そっと視線を合わせた。


「命じゃなくても、心がないって、決めていいものなのか――私にも、もうわからない」


あの日感じた悲しみの衝動は、今も私の中で澱のように残っていた。

制御できなかったユニットたち。

命令を拒んだ存在。

それは暴走でもウイルスでもなく、意志を持った何かだった。


「ママ」


ユナが私を見た。


「お墓つくってよかったよね」


マリーは頷いた。

言葉はいらなかった。これは儀式でも慰霊でもない。

けれどたしかに、祈りだった。


ピリカがそっと片膝をつき、花の一つを拾い上げた。

その花を見つめるピリカの瞳に、微かな迷いが浮かんでいた。


「この子たちは……間違っていただけかもしれない」


その言葉に、ユナが頷く。


「うん。でも、間違っても、ちゃんと“ごめんね”って言えば、いいんだと思う」


マリーはふたりのやりとりを見守りながら、そっと目を閉じた。

それは命の会話ではない。けれど確かに、通じ合いがそこにはあった。


誰かが祈ったように。

誰かが赦されたように。


マリーたちは、ほんのわずかに、それに触れた気がしていた。


ピリカは風の音に耳を澄ませるように立ち尽くしていた。

その視線の先にあったのは、空だった。

青くもなく、灰色でもない。

どこか、まだ定まらない空。

けれど、そのどこかに、遠く微かな光が宿っている気がした。


マリーは知っていた。

この出来事は終わりではない。

魂の揺らぎは都市を越え、やがてこの惑星そのものを揺らし始める。


それでも。


この瞬間だけは、静かにこの墓の前に立ちたかった。

それが、たとえ誰にも理解されなくても。

この手を合わせた想いが、かつてそこに在ったものに届くと、信じたかった。


ユナがそっと目を閉じ、微笑んだ。


「ありがとうって、聞こえた気がする」


風がまた吹いた。

その音は、ほんの少しだけ、あたたかかった。

マリーよりシステムメッセージ:ユナとの旅を今後も記録ブックマークし、星の評価(★★★★★)をしていただけると、マリーの感情データ処理効率が向上します。応援よろしくお願いいたします!

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