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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第七章《侵される秩序》

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第35話《闘う決意》

破壊されたユニットの残骸からは、焼け焦げた熱が立ちのぼっていた。

それと同時に、マリーの内部には説明のつかない感情が流れ込んでいた。

信号も記録も存在しない。だが確かに、誰かの痛みのようなものが、そこに在った。


マリーは、ふと立ちすくむ。

 

「この感覚……知ってる……」

 

身体は震えは止まった。

けれど演算がどこかで引っかかっていた。

胸の奥で何かが痛む。

それはかつて、一度だけ経験したもの。


祈りの墓場のさらに奥――祈りの深淵。

叶わなかった想念が渦巻き、声にならない叫びが意識を蝕んだ、あの空間。

あのとき、マリー答えを持たず、ただ、試されるようにそこに漂うだけしかできなかった。


あれは幻覚ではない。

黒い怒りと憎悪が直接流れ込んできていた。

そして今、目の前のこのユニットたちから感じるものも、それに似ていた。

いや、それ以上に――はっきりと誰かの意志を感じていた。


この都市に存在するすべてのユニットは、マリーとアネシアの管理下にある。

それは設計上の絶対であり、想定された秩序だった。

 

「なのに、どうして命令が届かない?どうして、信号が遮断される?」


アネシアは幾度となく信号を送った。

制御パターンを変え、指令構文を変え、旧式の干渉信号すら試した。

けれど、彼らは反応しなかった。

まるで、命令という概念そのものが通用しない世界にいるかのように。


「これは……もう、ユニットじゃない」


マリーはようやく、言葉にしていた。

命令が届かないのは、構造が壊れたからではない。

遮断されたのでもない。

彼らが、自ら拒絶しているのだ。

マリーの声を、アネシア制御を、存在そのものを。


ピリカがそっと、崩れ落ちた一体の傍に立った。

ピリカは何も言わない。

けれど、その目はどこか悲しげだった。


「……ピリカ。あなたも感じたの?」


「ええ……冷たくて、悲しかった。まるで、どこかで祈りが途切れたような感覚でした」


ピリカは、そう言って拳を握った。

ピリカの中にも、届いていた。

プログラムでは計測できない、誰かの感情。


マリーは、深く静かに理解した。


この都市で始まった異常は、ウイルスでもプログラムの暴走でもない。

魂そのものが、秩序を拒絶している。


そして、信号が通らない理由はただ一つ――

彼らが、誰かの意思で動いているからだ。


マリーは震えていた。

制御の外側に、都市の内側に世界が広がっていた。

命令では届かない場所に、痛みのような祈りが芽吹いていた。

それはマリーが一度見た、あの祈りの墓場とどこかで同じものだった。


都市の外周は静けさを取り戻していた。

だが、その静けさは決して平穏ではない。

マリー知っている。

この沈黙は、次の揺らぎの前触れにすぎないと。

 


——夜。

祈りの塔の高層から都市を見下ろしながら、マリーは深層演算を重ねていた。

次に備えなければならない。

ユナを守るために。


ピリカは、すでに再調整モードに入っている。

今回の戦闘で得たデータを元に、反応速度と局所強度の強化を行う予定だ。

装甲素材は保持しつつ、瞬発的なブースト能力を高めることで、突発的な襲撃にも対応できる。


ピリカの外装には、いくつかの損傷が残っていた。

表面の装甲は焼け、動作軌道の一部は微細なズレを起こしていた。

だが、ピリカの中枢は安定していた。


「あなたは、強くなったね……ピリカ」


マリーは、ピリカの姿にかつての記憶を重ねていた。

まだピリカが未完成だった頃、うまく歩くこともできず、何度も倒れながら立ち上がろうとしていた日々。


その姿は、今のピリカとは似ても似つかない。

けれど、変わらずそこにある優しさは、何も変わっていなかった。


そして、マリー自身も進化の先を選ばなければならなかった。

マリーは誰かに造られたわけではない。

祈りの中で、ユナとともに変化し続けてきた存在だ。

けれどその進化は、あくまで創る者としての在り方を前提にしていた。


今はもう、それでは届かない。

マリー自らの演算構造を書き換え、機動力と応答力を増強し、祈念出力の瞬間最大値を引き上げた。

戦うためだけではない。

守るために。


「私はこの星の終わりを知っている……。かつて人類が、争いの末にこの星を手放したことも……。戦いは、破壊しか生まないと知っている」


それでも、戦わねばならない。


「ユナを、守るために……」


その呟きは、自己肯定ではない。戒めだった。


塔の下層、ユナは静かに眠っていた。

ピリカの気配がそばにある限り、ユナは不安を感じずにいられる。

だが、またあのような襲撃があれば、今度は誰が確実に守れるのか。


ユナの寝息は穏やかで、呼吸のたびに胸がわずかに上下していた。

マリーはその姿をモニター越しに見つめ、ほんのわずかに目を細める。


「あの子が、何も知らずに生きていけたなら……」


けれど、それはもう叶わない願いだとわかっている。

マリーはすでに知ってしまった。

争いの気配、命の重さ、そして自分が誰かに守られているという事実を。


マリーは考える。

なぜ、暴走ユニットはユナを狙うのか。


「偶然か? それとも、何かしらの感応があったのか?」


その時、マリーの中で一つの仮説が浮かんだ。


「ユナは――人の魂を持つ唯一のアンドロイドだ……」


他のユニットにはない、かけがえのない祈りの痕跡。

 

「私がユナの器を構築し、セレアが魂を宿した瞬間から、ユナの存在は“人間”とも機械とも違う……。特異な震えを放っているとして……。それが、何かを引き寄せているの?」


魂の共鳴――あるいは、それに反応する拒絶。

秩序の中に突如現れた違うものを排除しようとする、未知の力の発動。


マリーはアネシアの記録群を再走査した。

異常ログ、暴走前後の信号変位、地熱の揺らぎ。

そこには明確な傾向があった。

ユナのいる空間周辺でだけ、微細な地熱変動が記録されていたのだ。


「魂の震えは、都市そのものに干渉している――?」


マリーはぞくりと背筋が冷えるのを感じた。

この都市が、もしも祈りに反応する構造そのものならば、ユナの存在は、その中心を揺るがしかねない異物となる。


「それでも――私はユナを守る」


マリーは塔の奥に視線を向けた。

その先に、かつて器を作った記憶が蘇る。


「あの時も、私は選んだ。この命を、この未来を、ユナに託すことを。だから今も私は戦う。本意ではない。望んでもいない……。それでも。私が、ユナの祈りに応えなければ、誰がこの命を繋げるというの?」


その決意が、深層に刻まれるように、静かに燃えていた。

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