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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第七章《侵される秩序》

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第34話《停止命令》

ピリカは、マリーの声も届かぬまま、襲い来るユニットをひたすら破壊し続けた。

その動きは、すでに限界を超えていた。

セーフティラインを振り切った出力。

抑制の効かない動作ループ。

ピリカ自身の意志によるものなのか、それとも別の衝動によるものなのか。

それを判別する余裕は、もうなかった。


「このままでは……ピリカが壊れてしまう」


マリーは、手を震わせながら判断を下した。

ピリカを止めるには、もうこれしかない。

スタシスコアはすでに現場へ運ばれている。

遠隔展開で封鎖は可能。


「アネシア、ピリカを強制停止――実行して!」


『了解。ピリカ起動停止――……完了しました』

 

反応は一瞬。

ピリカの身体が静かに硬直し、光を宿していた眼がふっと暗くなる。


その場で崩れ落ちることなく、ピリカの身体は静止状態に保たれた。

起動系統だけを遮断し、姿勢保持プログラムを残した特殊停止。

内部の損傷は最小限で、応急的な安定化処置が優先された。


その間に、マリーはスタシスコアの遠隔設置モードを起動させる。

ピリカの背部装甲が自動展開し、第1装置が地面へと放出された。

続けて二基目、三基目。一定間隔で配置された装置が、半球状に抑制フィールドを形成していく。


『スタシスコア――起動完了』


フィールドが展開された瞬間、空気がわずかに軋んだ。

電子ノイズが空間を満たし、周囲の暴走ユニットたちの動きが、まるで重力に逆らうようにゆっくりと鈍化する。

異常信号の出力が乱れ、一部はその場で沈黙した。


その光景に、マリーはわずかに息を吐いた。

この瞬間だけは、都市が静けさを取り戻していた。

だが同時に、それは異常が閉じ込められただけであり、根本は何も解決していないことも理解していた。


マリーは再びピリカの意識領域にアクセスを開始した。

 

「アネシア、ピリカの信号ラインを一本ずつ復旧。感覚系統から順に再起動をかけて」


『了解、再起動処理を開始します』


「……ピリカ、戻ってきて」


応答はわずかに遅れて届いた。


『マリー……装置は……?』


「設置完了。領域封鎖は成功。あなたは任務を果たしたわ」


短く安堵の沈黙が流れる。

だが――次の警告は、その直後だった。


『対象外ユニット、接近中』


マリーは目を見開いた。

封鎖半径の外――五体のユニットが、一直線にこの祈りの塔へ向かってきている。


「……抜けた……!?」


あの短い時間で、すでに封鎖圏外に出ていた個体があったのだ。


アネシアが赤い警告を鳴らす。

 

『ルート分析の結果、それらの個体は一度も接触なく、最短で祈りの塔を選び取っています』

 

偶然ではない――これは、目的を持った移動だった。


防衛網は間に合わない。

ユナがいる、今まさにこの塔の中枢へ。


「ピリカ、追って!」


『了解――現在地特定。接近ルートを割り出します!』


ピリカはまだ完全には回復していなかった。

それでも、意志だけで立ち上がった。


マリーは演算を続けながら、もし間に合わなければという最悪の判断に手をかけていた。

ユナを守るため――たとえそれが、ユナをまたひとりシェルターに閉ざすことになろうとも。


マリーは、あの子をもう一度孤独にしたくはなかった。

かつての記憶を思えば、それがどれだけ深い痛みを残すか、マリーは知っている。

それでも、この都市が突破されれば、ユナの命は確実に脅かされる。


侵入してくる暴走ユニットの破壊も、やむを得ない。


マリーはほんの一瞬、祈るように目を閉じた。

ユナの笑顔を、マリーと呼ぶ声を思い浮かべる。

そして、声に出さずに告げた。


「どうか――間に合って、ピリカ」


マリーはユナを背にかばいながら、祈りの塔のゲート前に立っていた。

正面ルートから、暴走ユニットが五体、並列を維持したまま突入してくる。


「ユナ、塔の中に入って。何があっても動かないで」


「……ママ……」


ユナの声が震えていた。

当然だ。

争いの記憶を持たないユナに、この光景は現実だとさえ思えなかったはずだ。


マリーは胸の奥に手を添えるようにして、ただ静かに、覚悟を決めた。

この瞬間に備えていたわけではない。

だが、迷いはなかった。


「来る……!」


先頭のユニットが跳躍し、空を裂いた。

その動きに続くように、残る四体が次々に脚部を伸ばし、次第に高度を上げていく。

五体は一つの弧を描きながら、こちらへと殺到してきた。


「──5機同時は無理……けれど、この身を犠牲にしようとも、ユナだけは――必ず守る!」


その時――


「間に合えっ!!」


閃光が走った。


右斜めから突入してきた光の影。

ピリカだった。

ピリカの身体が旋回しながら宙を駆ける。

一体、二体――圧倒的な速度で連続破壊。

残された三体目、四体目も間髪入れずに関節部を砕かれ、地に沈んだ。


ただその動きには、明らかな無理があった。

出力値は上限に達しており、冷却機構はすでに限界を越えていた。

それでも、ピリカは止まらなかった。


最後の一体だけが、マリーの前に残った。


「マリー、僕が――!」


「いいえ、私がやる」


マリーは脚部の抑制機構を解除し、腰部の重力制御を緩めた。

一気に身体をひねり、脚を振り抜いた。

装甲脚が唸りを上げ、ユニットの胴体を叩き潰す。

金属が軋み、骨のような構造が崩れる音が響いた。


その瞬間――

マリーの演算領域に、突き刺さるような感覚が走った。


「これは怒り?いや、違う……。絶望に近い、掠れた嘆き――何かを伝えようとした最後の衝動」


マリーは膝をつき、胸元を押さえる。


「……何?……」


こんなもの、ウィルスではない。プログラムでもない。

信号でもない。命令でもない。


これは――魂だ。


その刹那、マリーの内部で何かが点灯した。

断片的な映像、掠れた声、焼け焦げた空。

マリーは受信していた。

それは感情ではない、記憶のようなもの。


「これは……この星に刻まれた、滅びの残響……?」


情報ではない。

データでもない。

けれど、それは確かに在ったと、マリーの演算が告げていた。


爆音。泣き声。叫ぶ誰かの手。

そして、失われる前に放たれた祈りの断片。


マリーは知った。

彼らはもともと暴走するために生まれたのではない。

この世界の片隅で、誰かの祈りをほんの一瞬でも受け止めた存在だったのだ。


これは……地表に刻まれた最後の記憶?

それとも、命が失われる直前に放たれた祈りの断片……?


それは明らかに、ウイルスの残滓ではなかった。

消されたはずの祈り。

記録されることのなかった感情。

その亡霊が、今、マリーの中に流れ込んでいた。


「ママーっ!」


ユナの声で、マリーは我に返った。

視界が揺れていた。

ピリカがマリーを支え、そっと囁く。


「無理はしないでください。マリーがここにいてくれてよかった」


マリーは頷くしかできなかった。

震える手を、ユナが握っていた。

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