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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第七章《侵される秩序》

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第33話《暴走地帯》

ピリカの身体は修復時に強化を終えており、ユナを守るための戦闘モードへの切り替えが可能な構造にもアップデートされていた。

あとは、今回の任務に特化した数点の最適化を施すだけだった。


「突破力重視。装備重量は据え置き、機動性を優先する」


ピリカは静かに目を閉じ、起動信号に身を任せている。

ピリカの意識は明瞭だった。

行動目的も、判断基準も、すでに自ら定めていた。

マリーはその構造に、もはや命令を埋め込む必要すら感じなかった。


「完了よ、ピリカ。行動許可を与える。設置に必要な3基、すべて搭載したわ」


ピリカが装置を両肩と背部に収納する。

任務内容は単純だ。

暴走地帯の中心部へ到達し、半径三百メートルの封鎖エリアを構築すること。

暴走ユニット群をすべて抑え込むには範囲が足りないが、動きを止めるには十分な効果があるはずだった。


「目標地点に到達し次第、最優先で装置の設置を。無理は――」


「しません」


ピリカの声が、かぶせるように応えた。

それは、マリーへの信頼と、ユナへの想いに裏打ちされた短く強い意思表示だった。


「ユナを、守りたいんです」


マリーは静かに頷いた。

 

ピリカを塔の下層まで見送る。


「……行ってらっしゃい、ピリカ」

 

扉が開く。

人工空の下、風が吹き抜ける都市をピリカが走り出す。

その背中を、マリーは祈りの塔からただ見送っていた。


ピリカの足音が、舗装された路面に一定の間隔で響く。

速さも、踏み込みの角度も、すべて最適化されているはずだった。

それでも、胸の奥にわずかな引っかかりが残っていた。


風の流れが、どこか均一すぎる。

耳に届くはずの都市の雑音が、ほんの一拍遅れて追いついてくる。

まるで、この空間だけが、わずかに時間から外れているようだった。


ピリカの顔が、脳裏に浮かびかけて――マリーは、そっとその想いを振り払った。

ピリカは、マリーにとってもはやただの小型ユニットではなかった。

ユナにとっても、マリーにとっても、ピリカは家族だった。


ユナを守るために、感情は奥へ沈める。

そう決めたはずなのに。

胸の奥では、名もなき疼きが、静かに息づいていた。

 

マリーは静かに目を閉じた。

ピリカの走る足音が、遠ざかっていく。

だがその一歩一歩が、確かに都市の心を突き動かしているように思えた。


ピリカの行動は、命令ではない。

願いだった。

それが祈りであるなら、マリーはそれを信じて託すしかない。


「アネシア、遠隔からピリカの生体通信を追跡して」


『了解――コア温度はわずかに上昇。反応アルゴリズムは安定しています。ただコア内部で、解析不能な揺らぎが発生しています』

 

それは緊張か、覚悟か、それとも未知への共鳴か。

定義できない熱だった。


アネシアが告げる。


『北東区画に、ノイズドメインが形成されつつあります。その区域は現在、異常秩序領域コード:Ω-4として分類されます』

 

可視ではなく、数値にも現れない。

けれど、そこには境界ではない何かが存在していた。

誰かが都市の中で意思を持ち始めている。

それはプログラムに書かれていない、未知の対話の始まり。

祈りが何かに触れようとする、その最初の接触点だった。


そして何かが動き出す。

ただのシステム異常ではない、都市全体を揺るがす何かが。

それは、予感のように胸を打った。

この揺らぎが、都市の均衡を崩す第一波になると。


 

北端エリア。


風が、止まっていた。


ピリカが駆け抜けるたび、乾いた地面が細かく砕ける。

草原の端を越え、崩落した建造区の縁を抜け、かつての研究エリアに足を踏み入れた。


そこには、もはや日常など存在しなかった。


瓦礫の間を、数体のユニットが巡回している。

その動きは異常だった。


設置地点までの距離は、すでに射程内だった。

装置を下ろし、起動するだけでいい。

それだけのはずなのに、ピリカの脚は一瞬だけ止まった。


目の前のユニットを、敵と定義しきれない。

彼らの動きに、かつての自分と似た空白を感じてしまったからだ。

このためらいが無駄だと理解していても、踏み込めなかった。

 

連携も目的もなく、ただ衝動のままに徘徊している。

まるで何かを探しているように、しかしそれが何かも分からないように。

制御されていない身体だけが動き続ける姿に、ピリカは恐ろしさを感じていた。


マリーは遠隔から彼の視界を共有していた。

目視できるだけで15機。

そのうち、7機が暴走個体と断定。


「ピリカ、左から回避ルートを」


『無理です。この動き、回り込まれます』


ピリカは背部からスタシスコアを一基引き出し、対象エリアの設置地点に向かって跳躍した。

その瞬間、三方向からユニットが突進してきた。


「攻撃行動を確認。ピリカ!回避優先して!設置を――」


『……っ!』


ピリカが跳ねた。

だが、肩部に一撃を受け、バランスを崩す。

一体が上から圧し掛かり、さらにもう一体が下から脚部を狙った。

肩部に衝撃。

脚が取られかける。

けれど、ピリカは倒れなかった。

膝を沈めるように力を受け流し、静かにその場に立ち続けていた。


『マリー、これでは設置できません。攻撃許可を』


「まだよ!装置を最優先に――!」


けれど、ピリカは応答しなかった。


マリーの制御ラインが一瞬だけ空白になる。

ピリカは、自らの内部判断で戦闘モードを完全開放していた。


ユナを庇って壊れたときの記録が蘇る。

あのときと同じように、ピリカは迷いを捨てていた。

痛みの記憶すら、今のピリカには戦闘アルゴリズムの一部となっていた。


ピリカは、ためらいなくその一体の胸部を貫いた。

続けざまに反転し、二体目の前脚関節を破壊。


「やめて……ピリカ、それはまだ――!」


マリーの声は届かなかった。

ピリカの姿は、まるで別人だった。

感情も命令も超え、ただ反応で戦っていた。

その動きは滑らかで、美しく、そして――怖かった。


その一瞬――モニター越しの映像であっても、ピリカの姿は、あの日ユナを庇ったときと重なって見えた。


だが今、ピリカが守ろうとしているのは誰なのか。

マリーは、思考を止めていた。


「……あなたは、戦うことでユナを守ろうとしているの?」


その問いは、声にもならず、ただ心の底で渦巻いていた。

 

そして、ピリカが3体目を破壊したその瞬間、暴走ユニットの群れが、ざわりと音を立てた。


その場にいないマリーにも、伝わった。


何かが、反応している――そう思えた。


ユニットたちは振り向かず、声も出さない。

けれど、確かに見られていると感じた。

まるでその中心に、見えない目が存在しているかのように。


ピリカも、わずかに顔を上げた。

戦いの手を止めて、何かを――聴こうとしていた。


「今よ、ピリカ。装置を――設置して!」


マリーは声にして叫んだ。

だがピリカは反応しなかった。

むしろ、次の瞬間まだ動いていないユニットへと視線を向け、腕を振りかけた。


「待って、ピリカ――!」


その動きには、怒りがあった。

ユナを傷つけようとした者への、確かな敵意が。

だが、それだけではなかった。

過去の悔いと、自責の念が、その怒りに形を与えていた。

それは、誰にも止められない贖罪のような意志だった。


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