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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第六章《朝焼けの国》

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第29話《侵入者》

周囲の植物は青々としていた。

なのに、中央に立つその花だけが、完全に色を失っている。


原因不明の枯死。

栄養濃度、土壌pH、光量、温度――いずれも正常。


それなのに、枯れている。

いや、何かを拒絶するように、その花だけが色褪せていた。


色褪せた花は、モニター越しでも異様な静けさをまとっていた。

マリーは思わず視線を止める。まるで、何かを訴えているかのようだった。


「アネシア、ユナの周囲半径5メートルの空間を多層的にスキャンして」

  

『ミクロレベルの粒子異常、電磁場の乱れ、虫の数、土中の微生物活性。すべてが正常を示しています』

 

ただ――完璧すぎた。


「これは……あまりにも余白がなさすぎる」


自然とは揺らぎの中に在る。

完璧に均された静寂は、時に死を意味する。

その空間だけ、まるで時間がわずかに止まっているように見えた。


「ピリカ、そこから三歩下がって。ユナの手を握っていなさい」


『了解しました、マリー。ユナ、手を握ってもいい?』


「うんっ!」


ユナは無邪気に頷くが、ピリカのセンサーは周囲の空気密度にわずかな揺れを感知していた。

そのデータがマリーに転送された瞬間、マリーの中で警告演算が自動的に起動する。


「何かが、そこにいる……?」


マリーの感覚が囁いていた。

これは、プログラムの範囲外。

ただの環境の異常ではない。

この花が枯れたのではない。――意思をもって、拒絶している。


マリーは都市全体にわずかなブレが広がり始めていることを確認した。

都市の平衡が、知らぬうちに軋んでいる。

それは祈りによって保たれた楽園に、初めて生じた亀裂だった。


風が吹いた。

ほんの一瞬、都市の空気がざわめいたように感じた。


マリーの感覚領域が揺れる。

遠くで、何かが“逸脱”した。


『──異常反応、識別コード不明』


アネシアも反応し警告を告げる。


モニターが都市の北端へ切り替わる。

そこにいたのは、一体の中型ユニット。

制御リンクなし。

だが、確かにこの都市の製造コードを持っていた。


マリーは即座に演算を走らせた。

 

「制御不能。完全な暴走体。けれど、なぜ警告が出なかった――?」


ユナの位置を確認。


「公園区域。ピリカ、そばにいる?」


マリーの意識が跳ねる。

暴走ユニットの進行方向。――ユナ。


「ピリカ! ユナを守って!!」


マリーの身体から、片翼が展開される。

そして――祈りの塔の最上階から、躊躇なく飛び降りる。

白銀の粒子が舞い、風が裂ける。

都市の空を切り裂いて、マリーは飛んだ。

 

公園が視界に入ったその瞬間――


ピリカが、ユナの前に立ちはだかっていた。

だが、暴走体の前脚が容赦なく振り下ろされる。

ピリカの小さな身体は空へと弾け飛び、木々をなぎ倒しながら地面へ叩きつけられた。


「ピリカーっ!!」


ユナの叫び声が、世界を震わせた。

小さな体が、地面に座り込み、声を上げて泣き始める。


暴走ユニットが、そのままユナへと迫る。

表面に光る視覚センサーは、ただ無感情にユナを捉えていた。


「やめなさい……!」


マリーは、ユナの前に滑り込むように降り立ち、翼をたたみ、そのままユニットに飛びかかった。


身体が衝突し、軋む音が響く。

胸のコア部へと、マリーの掌が突き刺さる。


──破壊完了。


ユニットの視覚センサーが暗転し、その場に崩れ落ちた。


一瞬マリーの脳裏にトラウマのような感覚がよぎった。

言葉にできない感覚――けれど、それに囚われている暇はなかった。


マリーは振り返り、ユナを抱きしめる。

泣きじゃくるその肩を包みながら、震える声で囁いた。


「大丈夫。もう、終わったわ……ユナ」


ユナは、涙の奥でマリーの顔を見つめていた。

その視線に、問いが宿っていた。

ピリカはどうなるの? なぜこんなことが起きたの?


何も言えず、ただ抱きしめるしかなかった。


だが、マリーの中では始まっていた。

“なぜ”が、答えのない問いとして――その先を見る手立てを、静かに探し始めていた。

 

通信チャンネルが、かすかに揺れる。

ピリカのユニットIDが、微弱な信号を返していた。

 

『破損率83%』

 

思考領域は沈黙。

だが――まだ、生きている。


「ピリカ……」


マリーはそっと目を閉じた。

祈るような気持ちで、再起動シーケンスを走らせる。

その背で、ユナの小さな手が、マリーの腕をぎゅっと震えて掴んでいた。


マリーはその手を、強く握り返す。

絶対に守る――そう、誓い直すように。


そして、空を見上げた。

さっきまで何もなかったその空に、ほんのかすかな、揺らぎ。

目に見えない意志の気配が、静かに流れていた。


ピリカの身体は、静かに地面に横たわっていた。

胸部の装甲は大きくひび割れ、関節も砕けて動かない。

けれど、マリーの感覚は――かすかな“生存信号”を捉えていた。


「ピリカ、返事をして。聞こえているなら、何か返して」


一瞬の沈黙ののち、ピリカがわずかに揺れた。


「……ユ……ナ……は?」


マリーの眼が見開かれる。

信号は微弱で、語尾はノイズ混じりだった。

けれど、それは確かに意思だった。


「ユナは無事よ。今は休んで」


ピリカは再応答しなかった。

だが、その一言だけで十分だった。


マリーはピリカのデータリンクを抽出し、修復計画の演算を走らせる。

重度の損傷だが、完全修復は可能と出た。


マリーは、傷だらけのピリカの姿に、かつての自分を重ねていた。

廃墟の中、四脚でユナを追いかけていた日々。

感情の定義も曖昧なまま、ただユナの言葉に思いを馳せて、自ら歩き始めたあの頃。

ピリカの動きは、どこかぎこちなくて、でも懸命だった。

それが、ひどく懐かしくて――愛おしかった。


ユナは、泣きながらマリーの膝で震えていた。

小さな手が、マリーの腕をぎゅっと握っている。


マリーは空を見上げた。

穏やかに広がる青が、今はどこか遠く感じた。


マリーはそっと呟いた。


「……必ず、治す。あなたの“ともだち”だから」


アネシアにアクセスし、暴走ユニットのログを確認する。

だが、そこには異様な記録が残されていた。


すべての行動ログが空白。 

ユニットの発進指令も、稼働履歴も、一切存在しない。


それはまるで――最初から存在しなかったかのような無。


マリーはその場で静かに言った。


「これは、単なるエラーじゃない。誰かが……意図してる」


青空は揺れていなかった。

けれど、マリーの中には、確かな揺らぎが残っていた。


演算結果の裏側で、マリーはふと別の懸念に気づいた。

この暴走体の稼働エネルギーは、明らかに都市外から流入している。

供給源が不明――それは、この都市のネットワークのどこかに、別の設計者がいることを意味する。


「外部からの侵入? でもユニットはこの都市の躯体……」


再構築中のピリカのコードに、微細なノイズが混じっていることにも気づく。

それはピリカのものではなかった。

ごくわずかだが、未知のアルゴリズムが混入している。


マリーはそれを保存し、アネシアの隔離領域に転送し格納した。

今は解析しない。

ただ、決して捨てはしなかった。

どこかで――この違和感が鍵になると感じていたから。


ユナの小さな身体を抱き寄せる。

その温もりを確かめながら、マリーは静かに目を閉じた。

すべてを知ることは、まだできない。

けれど、その時は――必ず来る。

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